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【あずきバーと不思議な世界】 第二回現代語俳句の会


第二回現代語俳句の会のまとめです。

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続々と収録されてまいります。

今回の作品は聖剣あずきバーさんの俳句からインスピレーションを受けた作品をお楽しみください!








あずきバーと不思議な世界



いいかい、少しでいいんだ。僕の話を聞いてくれるかい?

なんでもない一日のはずだった。でもそれは一瞬にして崩れ落ちたんだ。

いつものようにコンビニであずきバーを買った。いつものように硬く冷えたあずきバーはいつものように美味しかった。でもそこで気づいたんだ、今日のあずきバーはこしあんだって。そんなバカな、そう思うだろ?でもこれは本当のことだった。僕は目と舌で何度も確認した。ひょっとしたら視力が落ちているのかもしれない、そんなことも思ったからさ、片目ずつ確かめた。それでもこのあずきバーはたしかにこしあんだったんだ。

すぐに電話をかけた。どこにだって?そんなせっつかないでくれ、僕だってまだ完全には理解できてないんだから。とにかく僕は電話をかけたんだ。でも正直にいうと最初にかけたのは木村屋だった。あのあんぱんの木村屋さ。いかに動揺していたかがよくわかるだろ?そしたら木村屋の人が内線で井村屋に回してくれたんだ。少し動悸がした。だって木村屋がどうやって井村屋まで内線で繋げてくれる世界があるって言うんだ?でもそこに出たのはいつもの井村屋のお姉さんだった。間違いない。何十回と聞いた声だよ、間違えようがない。そうさ、だから僕は素直に今日のあずきバーがこしあんであったことを伝えた。一字一句噛み締めるように。こしあんとはっきり言った。

そんなに長い話じゃないんだ。でもせっかくの機会だから話しておきたいと思って。もう少し聞いてくれるかい?

驚いた様子だった。電話の向こう側はしばらくなんの音も聞こえなかった。少しして向こう側の世界が急に真っ白な空間で拡大されていくのをなんとなく感じた。そして「あずきバーの未来はあなたに託されました。」そう聞こえた。「浜川崎駅」そう続いて電話は切れた。

1週間後、僕は浜川崎のホームに立っていた。小豆色の段平に身を包み立っていた。ホームに立つ柱の全てに【はまかわさき】と書かれたプレートが掛かっていて、それを見ながら改札へ進む道はまるで暗示をかけてくるように感じたよ。変わった駅だった。

陸橋の階段を登ると不思議な場所に【関係者以外立ち入り禁止】と書かれたプレートをみつけた。途中で見た外の風景にもプレートがたくさんあった。プレートだらけの駅に人影はなく僕はとても不安を覚えた。そして不思議と確信を抱いていた。この立ち入り禁止の先に立ち入るのだ。僕はそうせねばならない。そう思った。

僕は助走をつけてプレートをブチ破り外に飛び出した。その時だよ。本当に不思議な体験だったんだけど、目の前に突如巨大な生八つ橋が現れたんだ。


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生八つ橋はそのサイズを無視して言えば間違いなく通常の生八つ橋だった。と同時にこの生八つ橋を通常の生八つ橋と隔てているものもそのサイズだ。高さはともかく幅が3mはあったのではないかな。その桁外れなサイズだからね、ニッキの香りも強烈でその姿はまるで和を感じさせるラフレシアのようだった。

「立ち去れ…」生八つ橋がゆっくりと口を開けた。正確に言えば餡を包む餅の部分を開けた。その奥にはたっぷりの粒あんが詰まっているのが見えたものさ。この生八つ橋のためにいったいどれだけの粒あんが必要だったのだ、そう考えると怒りで肩が震えた。間違いない。こいつの仕業であの日のあずきバーは仕方なくこしあんで作らざるを得なかったのだ。

なんだろう、変な使命感が湧いてきて「粒あんを返してもらいにきた!」そう告げた。すると生八つ橋が空気を噴き出しながら宙に浮き襲いかかってきた。

びっくりした。サイズからは想像もつかないほどのスピードで円盤のように回転しながら僕に向かって迫ってくる。なんとか避け続けるがいつまでもうまくいくようには思えなかった。ほんの一瞬草に足を取られ体制を崩した。その一瞬だ。生八つ橋は僕の下腹部に餅の部分をぶち当て、僕は後ろ向きに転倒してしまった。

もう一度生八つ橋は空高く待った。あそこから勢いをつけて今度こそ僕にとどめをさしにくるだろう。ああ、もうだめだ、観念した僕は最後に家族へメッセージを送ろうと思い右のポケットに手を入れた。そこにはあの日のあずきバーの木の棒が入っていた。

木の棒を取り出し僕は最後の力を振り絞って立ち上がった。そして天に向けて木の棒を掲げてできる限りの声で叫んだんだ。

「世界中の粒あんよ!今こそ立ち上がれ!聖剣あずきカリバーー!!」

木の棒は光を放ち巨大なあずきバーとなった。自然界最高硬度を誇るいつものあずきバーだ。「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」僕はそれを振り上げ向かってきた生八つ橋に精一杯叩きつけた。生八つ橋の餅が剥がれ、中に詰まっていた粒あんと餅を分離させることに成功した。

限界だった。もう動くこともできない。そう思った時に何かが動く音がした。生八つ橋の餅の部分だ。生八つ橋の餅の部分が立ち上がり仲間になりたそうにこっちを見ていた。

少し話をした。奪った粒あんは井村屋に返すとのことだった。疲れ果てて動けない僕に自身をお食べよと餅を分けてくれた。柔らかでおいしい餅だった。ちぎった部分が笑顔の口のようで僕らは少しの間笑った。

生八つ橋の餅の部分は粒あんを抱えて今から井村屋に向かうとのことだった。少し離れた場所にバンを駐車しているとのことだったが僕を浜川崎の駅まで送り届けてくれた。ありがとう、僕はそう言い、生八つ橋の餅の部分もありがとうと返して別れた。電車の中で目を閉じる。なんだか別の世界の出来事のように感じた。服が埃だらけなのに気づいて右手で少し払った。するとニッキの甘い香りがしたんだ。


以上だよ。これが僕の体験したこと。なぜ自分にそんな話を?そんな顔してるね。簡単なことさ。世界には粒あんが溢れてる。実際に今君も粒あんを使った商品をカゴの中に入れてお会計をしようとしてる。簡単なことさ。粒あんを使った商品が粒あんであればいい。そんな簡単なことさ。でももしその当たり前が君に訪れなかったらその時はこの話を思い出してほしい。君がまた世界を繋ぐんだ。

さあ、お会計も終わったよ。君のあずきバーは程よく柔らかくなって食べごろだ。今日もありがとう。いってらっしゃい。


よく喋る店員さんだったなぁ、独言ながらスマホを見る。袋を開けてあずきバーを取り出した。うん、ちょうどいい硬さだ。初夏のあずきバーは風情がある、そんなことを思っていると少しの異変を感じた。まさか、そう思いあずきバーをよくみるとそれはこしあんでできていた。ひょっとしてこれは、僕はすぐに井村屋に電話をかけてしばらくすると繋がった。

「毎度ありがとうございます。木村屋です。」

そう聞こえた。あのコンビニのお兄さんの話を鮮明に思い出していた。振り返る。まだ100mくらいしか歩いてないと思う。ここはどこだ?いったい僕はどこにきてしまったのだ?知らない場所に梅雨の合間の高い空が見えた。生暖かい風が僕の横を通り過ぎる。溶けたあずきバーが地面に垂れて焼かれたアスファルトの上にシミを残した。シミを眺める。するとそのシミが広がってきたように思えた。「粒あんを、粒あんを……」そんな声が聞こえて周りを見渡すも誰もいない。青い空、風が早い。シミが広がり「粒あんを、粒あんを…」と音を出す。膝をついた。リフレイン、それは僕の中から繰り返される。


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【おしまい】







本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。