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BUoY Radio #2 Ursonate

BUoYで収録した音を公開するBUoY Radio、2回目は樋口鉄平氏によるクルト・シュヴィッタースの音響詩「ウルソナタ」の朗読を公開します。

今回の企画者である岡千穂さんからコメントを頂いています。

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 Bluetoothイヤホンが普及したことにより、誰もが「結構やばく」見えうることに気づき始めた。私たちは、パブリックな場にいる人間は、誰か他の人間と喋り、そうでないときは沈黙していると思いこんでいる。しかし、公共の場で、Bluetoothイヤホンを使って通話をしている人間は、誰も他の人間がいないのに喋り続ける「結構やばい」人間のように見えている。そしてたまに私たちは、見えない誰かとBluetoothイヤホン無しで話している人間を見つけ、「公共の人間は誰かと喋り、そうでないときは沈黙している」というのが勝手な思い込みだと知るのだ。さあどんどん見えない誰かと話そう!

 樋口鉄平とは誰なのか?作曲家、コンポーザーパフォーマー…いろいろあるけど、友達というのが最も的確である。彼は私の、そしてこのカセットテープを作った全ての人たちの友達だ。

 彼は2020年の秋、久しぶりに日本に帰ってきた。彼は私の住むシェアハウスに何ヶ月か滞在していたが、毎日のはじめに友達に投げかけるのは、「今日は何して遊ぶ?」という質問である。そのうち彼には、「今日は〇〇しなきゃ…」という義務感がほぼないことがわかってくる。「今日は何をして遊ぶか」、それが生活において最も重要なのである。2020年のわたしには、「今日は〇〇しなきゃ…」がくそ多かった。だから「今日は〇〇しなきゃ…」と答えると、彼は「じゃあ今日は遊べないね」と穏やかに返し、自室に戻って詩を朗読し始めた。

 そんな彼にもかろうじてある唯一の「〇〇しなきゃ」について。それは海外でのロックダウン生活の中にあった。本当に一人も話し相手がいなくなった沈黙のロックダウン中、彼の「〇〇しなきゃ」とは、「(誰もいなくても)喋らなきゃ」だった。それによって彼の日課になったのが、クルト・シュヴィッタースの長い長い音響詩「ウルソナタ」の朗読である。私はこの日課を初めて耳にした時、このごく私的な遊び、一人ぼっちでも健康でいるためのことがらに、いつでも耳を傾けられるようにしておきたい、私たちの健やかさのために。と、思ったのだった。

 実は、これを聞きつけて、恐らく苦情を言いに隣人が訪ねてきた。これに樋口が対応した。しかしその時、樋口はなぜかスーツ姿であり、かつオノ・ヨーコを目指した長髪姿だったことも相まったのか、隣人はあからさまな苦情を言わないまま、「あれは新興宗教の何かですか?」などと、得体のしれない言葉や音へ想像を巡らせた結果を恐る恐る報告したらしい。まあこの話は書いときたかっただけです。

 加えてこの朗読の特に重要な部分は、日本語を母語としながら英語圏、ドイツ語圏を含む長い海外生活によって構築されてきた彼なりの声、音で詩の全体が繋ぎ合わされたり、破壊されたりしているところでもある。

 わたしが日々を過ごすうちに感じる「正常さ」には、冒頭に書いたような「公の人間は社交と沈黙を使い分ける」という思い込みが含まれる。そして、「私たちは純粋なものだ」という思い込みも。「私は純粋な日本に生まれ、純粋な日本語を話し、純粋な日本文化に触れながら、純粋に日本で育ってきた」。そんな者の誰もが、正しい外国語を発音したがり、正しい欧米文化を学びたがり、日本はアジアになく、日本は欧米にあると思いこむことさえある。言ってみれば、ウルソナタも欧州のまっとうな芸術なのだろう。だからこそ、彼の様々な出自が連合してできた声や音は、ウルソナタ…原ソナタに割り込む必要がある。これも一つの健やかさである。

 ということで、彼のウルソナタ朗読を、友達と寄ってたかって、BUoYで録音することができました。これをカセットテープにします。私の「2020年、今日は〇〇しなきゃ…」の連続のおかげで、絶賛製作の進行は遅れに遅れていますが、まだ春と言えるころにはリリースができるかなと思っています。今のところ、2テイク中1テイクをサイトで聞くことができるので、行ってみてください。アートワークは、詩のデジタル・コラージュをテーマに制作活動をしているJasmin Meerhoffさんにお願いしました。ご協力の皆さんありがとうございました。ご協力の皆さんありがとうございました。気長に待ってもらえるとうれしみです!!

文: 岡 千穂

Performance: Teppei Higuchi
Recording: Yoshiki Masuda
Artwork: Jasmin Meerhoff
Special Thanks: Mai Kobayashi, Kota Sakamoto, Suzuka Sato, Chinatsu Oka, BUoY Kitasenju

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BUoY Radio 次回は4月下旬公開予定です。

BUoY スタッフ 増田

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