ドクター・マーティン シーズン1・1話より。うまい演技とその演技の作りを推考

1.ドラマの脚本(映像から起こしたもの)から演技を予想する

 「人の血を見るのが突然怖くなってしまった気難しい外科医の男が、都会に見切りをつけ、町医者になる。ところが、この海辺の町も、かなりおかしな人達ばかり…」

 気難しいマーティンと、チャラい恰好の、チャラい態度の受付係候補エレイン(27設定)とのやりとりがおもしろい。このエレイン受付係候補は元あった診療所の受付で、新しい先生がやってきて、自分が雇用されるのが当然、という態度。元いた先生は亡くなってしまい、そこの後任として、マーティンは応募し、町に受け入れられた、という形です。
 上下関係ちぐはぐにする構成がうまい。受付係、さらに雇用される側、という意味では完全に「下」のエレインですが、よそ者に限りなく不寛容に見える田舎町で小さい頃から住んでいるという意味では完全に「上」。これは脚本家の腕です。

 ドラマではマーティンの演技が一番好きですが、最初はこのエレインの芝居を褒めます。

 だいたい始まって8分あたりです。
 マーティンが古いボロボロの診療室で必要な機器を準備する手配をするよう、エレインに指示しています。エレインは途中からその辺にあった紙きれにメモを始めます。診療用の照明、血圧計装置……「他にある?」と聞くエレインに「今はそれだけだ」とマーティンが応える。エレインは、自分が走り書きしたメモを、はい、と紙きれをマーテインに渡し、そそくさ去ろうとする。メモを見ると、ミルクとビスケット、と書いてある。マーティンをM、エレインをEとします。(翻訳が結構意味を変えているので英語表現になるべく忠実にしてます。説明の為なので、日本語のセリフのリズムが変になってもいいですよね)

M「ミルクにビスケット?」
E「ついでに買っておいて、備品を色々揃える時に……あ! ゴシップ誌も!」
Mが言葉を失っていると
E「書き足して」と促すエレイン
M「私は君の買い物係ではない、君に備品の供給者を探して欲しいんだよ」
E「ロンドンでそうやって人を扱ってたのね。ここに逃げてきたのも不思議じゃないわ」
と、エレインはメモを取り、診療室を去っていきます。残されるマーティン。

 はい。では。どうやってエレインの演技を作りましょうか。
 まず、このシーンの役割を考えます。1話完結の不思議な村人の病状を解明、解決していく、という大きな流れの中で、第一話でそれぞれのキャラクターの状況や特徴が説明されていきます。精神的テーマとして、いかにロンドンから来た堅物が田舎の町になじむ事がいかに大変か、があります。最後の二人のセリフが大事です。始まって8分ですが、既にお互いに相手の態度にイライラしていましたが、あえて衝突はしていません。マーティンが初めて率直な要求を現したのがこのセリフです。
 それに対する最後のエレインのセリフの言い方が問題です。まず、良く見るやつを挙げて見ましょう

〇 キっとマーティンを睨み付け、ドラマティックを促す為に、激しく睨み付けて言い、去っていく。
〇 心の構成物は好奇心だけ、という面持ちで50歳のおばさんの風に関心しながら言い、去っていく。

 我ながら、見る見る、と思います。何がいけないの? シンプルでいけない? テーマを邪魔してないでしょ? 作品のテーマに沿っているならばいいじゃないの? このレベルで考えるのをやめる役者さん達が多い。

 お金を効率よく稼ぐために「面倒を避けてシンプル」な表現が多すぎる。考えれば考えるほど「時給」下がるから、そこで考えるのをやめたんですね、としか言いようがない。人をシンプルに表現するだけで悪い影響がある。(詳しくは「12.自分の住む世界に作用していくこと。表現の喜びと責任 」)「表現」を担う役者として、プライドと大きな責任を持って、活き活きと本当の意味で楽しく仕事してくださいと言いたい。そういう人間にしかみえない程度に雰囲気を纏うまで工夫を重ねて下さい。

 表面時な事だけでも多くの表現ができます。歩き方。メモを取るタイミング。セリフを言うタイミング。

2.実際の演技を確認し、その効果を理解する

 受付係エレインの出番は、だいたい1話45分の中で5シーンくらい。正確に計算していませんが、45分の中で5分くらいの時間です。その中で1話目として、演出、役者はエレインの性格をきっちり示しておきたい所です。できれば自分の演技を作ってから、実際どうやって演じられているか確認して見てください。

 言葉で説明したくないですが、動画を見る事ができない人に伝えるならこんな感じ。
 驚き、怒り、マーティンを蔑んではいるが、それでもメモを受け取りいかなきゃならない屈辱、その全てを「にくったらしい笑顔」で表現しています。「ロンドンでそうやって人を扱ってたのね」のセリフの初めから終わりまでを、ヤンキーが威嚇するように近づいてきたと思えば、メモをひったくって踵を返し、後ろ向きに微妙に顔を見せながら「ここに逃げてきたのも不思議じゃないわ」と顔の角度や歩き方で自分が負けている悔しさを隠しているようにも見えるのが少し滑稽です。歩き方も普段からそう歩いているようにしか見えない嫌な感じです。

 ああ、うまい。

 動きも良く考えられています。役者さんは動きを考えるのは自分の仕事でないと思っている人も多いかもしれませんが、そんな事はありません。まず、カメラに向けて顔を見せよう見せよう、って人がほとんどです。それが表現を狭めているのなら一度忘れてください。
 「メモをマーティンからひったくる」のト書きがどの位置に入ってるか確認したかったので脚本を探してみたのですが、残念ながら私のリサーチ能力では見つけられませんでした。どなたか見つける事ができたら教えて下さい。脚本の指示の可能性もあります。

3.演技の作り方を推考する

 さて。ここで終わっては、ああ、すごかったね、の鑑賞で終わってしまうので、一つ、やり放題にやってみ見たい事を。

 この演技をはっきりと確認できたので、演技=「返り値」複雑な人間としての役者=「関数」、そしてその「関数」にどんな「引数」入力したのか考えみませんか。ここで言う関数は役者自身の歴史、価値観で、人それぞれですので、ここではそれについて触れないでおきます。

 我ながら自分の趣味に偏った表現なので

 努力してシンプルに、美しく言えば、
「咲いた花を眺めながら、土壌や種や成長過程の天候を経る前の種を考える事」
 汚いけど、もっと、わかりやすく言えば
「そのうんこを眺めながらその人が食べた物を考える事」
 全部解明しようとするとパンクしそうに時間がかかるので一番肝のキャラクターの「目的」に焦点を絞ります。目的を割り出すと、他もだいたい見えてきます。また、食べた物が推考できれば、自分もそれを食べてみて、どんなうんこが出るだろうか、と小さな実験ができるはずです。

 もういやだ、こんな話、ついて行けない、という人は、ここまででも読んでいただきありがとうございました。また心の体力がある時に覗きに来てください。

 キャラクターを作る上で、大事な事はまずは何をおいても、物語の中でのキャラの役割知っている事。エレインの役割はマーティンが狭い世界に入ってくる時の「数々の邪魔の一部」になる事です。他のキャラクターがマーティンにとってどんな邪魔になっているか確認しその上でエレインの役割を読み取ります。

 演技の作り方の書籍などで軽く触れられるだけの事でも、私個人の考えとして重要だと思っている事があります。(話を作る側の頭で少し違う角度から見ているからだと思います)役を作る時、キャラクターの目的と障害を明確に、という説明があるのですが、これは脚本の基礎でもあります。さらに、脚本を作る時に大切な事、それはキャラクター同士の目的と障害がこんがらがるように構成します。それがドラマの燃料を生む装置として必要だからです。
 難しそうですが、実はシンプルです。(組み立てる労力は大変ですが)例えば、A子の好きな男(目的)CとB子の好きな男(目的)Cがぶつかり合っているだけで一つ話ができます。簡単に言えば、Cを手に入れたいAとBのライバル関係です。AとBはお互いがお互いの「障害」です。

 つまり、キャラクターの目的を「3つか4つ決め、試す」(by イヴァナ・チャパック)のは当たり前ですが、その時、自分の役だけで決して考えない事。自分の役を物語に役に立つ魅力的なキャラクターにするために、主要なキャラクターの目的や障害もきちんと把握した上で、それを「指標」とししながら、自分のアイデアの選択していく事をお忘れなく。

 エレインの場合、マーティンの孤独感を増す為に脚本家が作ったキャラクターの1人です。そしてマーティンの1話の目的を「医者としての自分の尊厳を取り戻す為に、早く町になじみ順調にスタートを切りたい」とすれば、エレインの目的を「前任者のように新しいボスにも自分を丁重に扱わせる」はどうでしょう。お互いが障害になり「感じ悪い」やり取りが成立するかもしれません。
 少し堀りますが、エレインのマーティンに対する憎悪表現を調節する時、「死んでしまった前任者」に対する愛着から考える手もありますが、これをやると、エレインの未熟な感じが消えてしまう可能性があります。(誰かを好きというだけで見てる人は好感が湧いてしまう)そうするとすぐに話が通じそうなキャラクターに見えて、おもしろくない。自己中心的な人物に徹するように「前任者は自分をこのように扱っていたのに」という角度からのみ掘り下げて作っておくと、このシーンのエレインのようなリアクションに通じる感情が生まれる可能性があるのかな、と思いました。

 食べ物がなんとなく見えましたか。見えたら、さあ、どうぞ食べてみてください。あなたの身体からどんな表現が生まれそうですか。

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