7-2. やりたくなるような演技の練習を一つ提案

 ジャッジに振り回されない、かつ、他人に見てもらう時のやり方を私から提案します。素晴らしい本にも演技の練習の仕方が紹介されていますが、練習しなければならない初心者にこそ、とにかくハードルが高すぎます。実践している人も少ない役者の知人の中では見た事がありません。そこで、楽しく続けられそうな練習方法を一つ考えてみました。

 無論、演技の作り方(6.トリセツ読まずに旅客機飛ばします?演技の創作方法を学ばないと始まらないの。で触れてます)をある程度学んだうえで実践してください。実践していく中で難しい部分も身体で理解できる部分も増えると思います。

 「はあっていうゲーム」をご存じですか、最近知って、よくできてるな、と感心しました。

今言った「はぁ」は、なんの「はぁ」?
感心の 「はぁ」、怒りの「はぁ」、失恋の「はぁ」・・・etc.
「はぁって言うゲーム」は与えられたお題に対して、各プレイヤーが割り当てられたシチュエーションを“声と表情だけ"で演技し、当て合うゲーム。

 おもしろそうでうす。ただ、ゲームになると相手にわかりやすく伝えなければ点数になりませんので、いわゆる「ステレオタイプ」な演技になります。例えば「キザに『大丈夫』」「詐欺師が言う『大丈夫』」を再現するのですが、実際の作品でそんなシンプルな演技は使ってはいけません。(実際のドラマがこのレベルで作られている事も度々ですが)

 私が考えていた誰とでもできる演技の練習と似ていました。
 せっかくなので「大丈夫」を拝借して作ってみます。
「1時間前に死ぬのをやめた詐欺師が、やはり詐欺をするしか自分の道がなく、人生でたった一人だけ信頼できる妹を騙す決心をする。絶対に気づかれないように言う『大丈夫』」
「新しいバイトの子が自分と仲の良い後輩に少々強めに当たられているを見て、ふざけてやんわりと後輩の行為をやめさせた後、後輩の見ている前で新しいバイトを気遣う『大丈夫』」
くらい条件を重ねましょう。
 使えるのは、仕草、顔の筋肉、視線の細かい動き。の大きさ、発音の程度、スピード、高低。忘れがちですが、小道具。表現は無限です。これをやるだけでもあらゆる準備が必要です。相手が受け取ったものを聞いてみてください。また自分が込めたかったニュアンスを告げ、改めて感想を聞いてみてください。また、設定の一部を変えて、どう印象が変わったかも聞いてみてください。「妹」を「母」に替えたり、「先輩」「後輩」を入れ替えたり。具体的な演技に具体的な感想をもらえば、妙な評価に振り回される事なく、自分の実力が分かると思います。

 できるだけスマホで録画してもらうのもいいかと思います。スポーツでもよくありますが、自分がおもいもよらないフォームである事がよくあります。演技で言えば、顔の筋肉の方が大きいかもしれません。顔が怖すぎる、と思うかもしれません。意図しない表情になっていないかチェックが必要です。顔の筋肉も、声のトーンも自分の「吐き出した」ものをまっすぐ受け止めて下さい。
 ちなみに、気軽に何度もやれるようであれば、既に圧倒的に準備不足です。天才以外。この2行の芝居をくそ真面目につくれば、集中してゆうにプロでも45分はかかるはずです。初めて作るなら1時間半くらいはあれこれ格闘してください。上記のように状況のパターンを変えるのであれば一項目10分はかけてほしい。
 以前読んだ本の中でモスクワ芸術座2時間の演技を作るのに半年間、演出、役者、スタッフでのテーブルリーディング(台本の話し合い)に半年費やす、とありました。理にかなっていると思います。一方、日本のサスペンス1時間ドラマ、上位の番手で台本の話し合い時間はどれくらいかわかりますか。考えてみてください。……。決めました?

 正解は

 0分です。

 もし、あるとすれば、せいぜい衣装合わせの時にちょっと会話を交わすぐらい。業界の「常識」で、アマチュアには「異常」としか思えません。この条件下で何かを成し遂げた場合、むしろ「え」となる。
 少し前に「不倫」で大騒ぎがありましたね。この時の誘い文句が「(休日)本読みしよう」だったの事には苦笑いしかありません。若い女の子にはまっとうな誘い文句に聞こえるのは無理もないかもしれません。(ちなみに大半の演出家は役者だけで本読みしてほしくありません、下心優勢が見えたらそれを理由に断りましょう)

 ここで特に映像制作独特の困難に触れておきます。

 あらゆる訓練の結果、イメージ通り、楽器を弾けるようになったとします。誰にでも身に覚えがあると思いますが、条件が変わると緊張で身体が心の言う事を聞かなくなります。
 慣れないうちは、いつも撮影現場は心身緊急事態みたいな状態です。動悸はコントロールできません。それでも、もし、ピアニストなら過酷な練習の成果を自分以外邪魔される事なく自分のペースで披露するチャンスがあります。ところが映像作品の場合、どんなに偉くなっても、演技順でさえ、天候、他の役者のスケジュールなどで簡単にめちゃくちゃに分解されます。 「この流れの中のこの一音だけください」と言われても、了解、と最高のパフォーマンスで出していかなければなりません。心を使って感覚で演技したくとも、撮影の時には「このスピードで歩いて(別の撮影と合わせる為)」「右手でなく左手でそれをとって、カットがつながらない」と言われます。「ここで止まって、照明から出ちゃうから」と言われます。心の準備が整って、いましかない、という時でも「太陽が雲から出るまで待って」「ヘリコプターの音が遠ざかるのを待って」無数の現象で自分のペースは乱されまくります。リハーサルがほとんどない為に相手の役者が予想外の動きを繰り返すかもしれません。重圧と制約の中で自分の身体と脳内の複雑なパフォーマンスができるまでには相当の訓練と場数が必要になります。訓練なしに実現不可能です。……人によっては何年もかかるかもしれません。

 つらく楽しい練習で自分という楽器をチューニング、演奏可能な技術を身に着けた所で、いよいよ、次回から、仕事(脚本)をもらった時から作業について、触れてみたいと思います。

 と、ここで一つ、お知らせです。次回から3回にわたって、役者行の具体的な仕事部分に触れようと思うのですが、我ながら役者業によほど興味が湧かないと読みにくい可能性があります。他にもいろいろ考えました。

詳しくはこちらへ。

 そんなわけで次回から三回分に関して特別扱いをします。また、3回分を読まずとも読みモノとして成り立つ構成にしますので、役者をやりたいわけではないけど、続けて読んでいただいてくれた方は第11項目「役者業の痛み」を是非読みに来てください。

つづく

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