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パート2 結局、脚本解釈ってなんだろう(カレーライス脚本解釈術7)

2. 「ホンが読めない」の意外な正体 読まないと何が起こるか

 デッサンの勉強をしている時「形を捉えるのが難しい時は周りに四角い枠を想像して空白の形を眺めるといい」と教えてくれました。「ない方」の形を見るんですね。そうすると、確かに。形をうまくとらえる事ができました。 

「ホンが読めない」の正体

 この役者、ホンが読めない、と思われるのは、いつ発現するでしょう。演出が演技を見た時に「イメージと全然違う」と思われるのは良い時も悪い時もあります。むしろイメージと全然違う、が楽しみな人も多いと思います。「ホンが読めない」は表現やテンションに「ズレ」があった時に発せられます。「ホンが読めない!」という切ないゴールに達するには具体的に二つのコースがあると考えます。

 演技を作るまでの脚本解釈は一般的に大きく二つ、物語解釈と役解釈です。

「ホンが読めない!」までの道、一本目

 まず、一つ目、物語解釈について考えてみます。短編「ビオトープ」を読んでください。親子の小さな話です。10分程度で読めます。

 おかえりなさい。読み終えたら、最後の女優さんの長いセリフのイメージを作ってみてください。

 できましたか。どんな風に読みましたか?

 これは私が一番最初に撮った自主映画の脚本です。テレビのドキュメンタリーや旅番組の演出は経験があったせいで、なぜか、分野が違うにも関わらず、初めての演技演出をものすごく甘く見ていました。そして愚かな事に、遠慮してこの女優さん(舞台俳優)と本読みの準備をしませんでした。

 本番前のリハーサルで、その長いセリフを女優さんはしんみり「感情的」に読み上げました。皆さんが作ってみたイメージはどんな言い方でしたか。

 思ってたのと全然違う。私にはズレて感じられたのです。頭の片隅にもない表現だったのでものすごく驚きました。しかも本番直前のテストで。咄嗟にやっと言ったのが「今日牛乳が安くて178円だったの、って感じにしてください」と言いました。我ながら根本的な解決には程遠い。そして、何より、テストの段階で根本的な方向転換をさせてしまって準備をしてくれていた女優さんの気持ちを萎えさせてしまったに違いありません。悪い事しかありません。

 でも、よく考えると、女優さんが全面に表現したかった「しんみりした感情」は、ホンの「事実」に沿ってだけ見れば選択肢として特別おかしくないのです。

 例えば、「怒り」を「喜び」の解釈を間違える人はほとんどいない。そんな事を間違えていたら、我々一般人が読書を楽しむ事が出来る訳ない。そうであれば、それは演出との感覚の違いじゃないか、解釈が恣意的すぎるじゃないか、という人もいるかもしれません。演出が準備段階で説明すれば済むじゃないか、それも間違いではない。

 でもホンが計算されて組み立てられているかぎり、最低限選択肢は絞り込めます。あり得ない選択は排除しておけます。

 これが自分でできる人とできない人で差がつきます。ずっと言ってられますか。「自分、説明されたらできるんです」と。あり得ない選択を排除しておく事は「自分の分のライスを持って行く」事です。

 個人で各々与えられた仕事を進めていれば、作品がもっと遠くまでたどり着くんです。あなたが脚本解釈をしないという事は、同じ船に乗ってあなたのオールだってあるのに、漕ぐのは監督と他のできる役者にお任せ、というくらい恥ずかしい事です。楽できてよかったね! でも次の仕事はもっと一緒に漕いでくれる人に頼むかも! という結果にもなりかねません。

 では、このお母さんのセリフ、どうやって組み立てたらよかったのか。軽くやってみます。

 まず、どんな話か考えます。なるべく短く、どんな誰が何をして、どうなる話かまとめます。

 この話は、母親と口を利かない女子中学生が変なおっさんによってちょっと心の向きを変える話。(お母さんによって、じゃないとこが大事です)同時におっさんが女子中学生によって、あれ? となる話。

 物語全体の主人公の心情の一番大きな転換点はどこか。

 女の子の「お母さんに見捨てられたくない」のセリフ、もっと言えばそのセリフの直前に変身ポイントがあります。そうすると、転換点後にお母さんが深々と心を込めてセリフを言うのは邪魔になります。どうしてかわかりますか。

 彼女は自ら物語上の最大の変化を遂げた後だからです。お母さんの役割は少しだけ開いた女の子の心に少しだけ水をそそぐような事です。だから軽やかである必要がある。いつもなら上滑りするだけの水が少しだけ彼女に浸み込む、ような。

 単純ですが、お母さんが主役で「ない」事を忘れてはいけません。お母さんが主人公以上に変身を遂げる事はこの短い物語の言いたい事の妨げになるのです。

 「演技のテンションを決めるのはカセ」という言葉に出会った時は、なるほど! と膝を打ちました。説得力あります。突貫工事で現場で急いで仕上げる時は効果的だと思います。細かい事を言えば「目的」でもテンションは大きく左右されます。が、そのずっと以前に全て物語全体の構造ありきです。他、「役にとってどれくらい大変な出来事か、がテンションを決める」という表現も見た事があります。間違っていませんが、単体で見ると誤解を招く表現だと思います。どれくらい大変か、と考える前に物語の構成を考慮にいれなくてはいけないからです。

 例えば、もしこのお話がお母さんと娘のダブル主演として書かれた2時間モノであり、お母さんの葛藤や奮闘が十分に描かれた後であれば、同じセリフでも、もっと言えば、シーンまるごと同じであっても、表現の選択肢は全く変わります。お母さんは「やっとたどり着いた場所」としてしんみり、感情的に、という選択肢もあり得るかもしれません。

 物語の構成、主人公の転換点が他の役者の演技の選択、他の役のテンションを決める要素の一番大きい所です。事実だけでは足りない、を心に留めておいてほしいのです。おもしろいですね。

一つ結論。「ホンが読めない!」までの道、一つ目は物語の構造を確認しない事。

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