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【今日コレ受けvol.010】2235年の月食

毎朝7時に更新、24時間限定のショートエッセイCORECOLOR編集長「さとゆみの今日もコレカラ」。これを読んで、「朝ドラ受け」のようにそれぞれが自由に書く「遊び」を集めたマガジン【今日コレ受け】に参加しています。


「213年後も、きっと僕は生きている」と息子は言った。

昨年11月8日、地上300メートルで夜空を見上げていたときのことだ。場所は、関西で一番高いビル「あべのハルカス」のヘリポート。皆既月食の鑑賞会が開かれていた。少し冷たい風が吹いていたが、ダウンを着たことを後悔するぐらい、思ったよりも温かい夜だった。

その日は、息子と、東京からたまたま出張に来ていた姉と3人連れ。眼下に広がる大阪の街の灯りは、まだコロナ禍を引きずっていたのか控えめで、静けさをまとっていた。

鑑賞会は入れ替え制で、私達の順番が回ってきた20時半頃は、月はすでに全て地球の影に隠れていた。「赤銅色」と呼ばれる赤みを帯びた色に見えていて、望遠鏡で見ると、クレーターでゴツゴツしている。

赤い月からは、なんだか心がざわざわするような、不穏な空気を感じた。一瞬、墓場から死人たちが次々に蘇る「スリラー」のPVを思い出し、ブルッと震えがきたくらいだ。


日本書紀の昔から、月食は不吉なものとされていたという。月食のメカニズムを解き明かした江戸時代の書物でさえも、

「万さわりなし、とはいうものの、しないでよいことはせず、物事に慎む方がよい(悪いものではないが、あえて見ないにこしたことはない)」

太玄斎著『こよみ便覧』より

と書かれているそうだ。
昔の人も赤い月を見ると、気持ちがざわざわしたり、落ちこんだりしたのかもしれない。

そんなことを考えていたら、天王星食がはじまった。天王星食とは、月と天王星の位置が重なり、地球から見えなくなる現象のことだ。豆粒のように小さな天王星の青い光が、巨大な赤い月に隠れ、すぐに見えなくなった。

鑑賞会を手伝っていた大学生のお兄さんが、「天王星食自体は珍しくないのですが、月食と同時に起こることはかなり珍しいんです。特に皆既月食と同時に起こるのは、次は2235年。今から数えると213年先です」と教えてくれた。

213年先! 私と姉はもちろんだが、息子ももう生きていないだろう。そう思うと、目の前の光景が、213年先の景色に見えてくる。息子の子供と、その子供がそこに立っている姿を想像してみた。
時を越えて、彼らの息づかいが聞こえる気がする。

すると突然息子が、「213年先にもきっと僕は生きている」と言ったのだ。


いや、そうかもしれない。
人生100年時代と言うけれど、飛躍的に寿命が伸びる技術が開発されて、彼が213年先にこの光景を目にできる可能性はゼロではない。
そのとき息子は222歳。キリもいい年齢じゃないか。

でも果たして、人が200年生きられる世界は、人にとって、ほかの生きものにとって、地球にとって、幸せなんだろうか。

頭にかすめた疑問は、赤い月をより不穏に見せた。


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