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偶然 5

偶然 5
 
フランス料理か、いや、やはり和食?‥うーん寿司屋かなぁ‥
そうだ、今更格好つけてもしょうがない。
熟慮の末、駅前の焼鳥屋に決めた。
かれこれ、10年以上通っている店である。
暖簾は焼鳥「とり勝」とあるが、焼鳥以外の品書きの方が多い。
それに盛り付けは華やかではないがめっぽう美味いので、気に入っている。
店内は調理場を囲むようにぐるりとカウンター席がある。20人以上は座れるだろう。
それに6人ほど座れる小上がりが3卓ある。
焼鳥屋にしては結構な広さだ。
いつも店内は賑わっているので、カウンター席でも意外に会話を他人に聞かれることはない。
こういう雰囲気の店は他人の会話などに関心はないのである。
山森はカウンターの一番奥まった席を予約した。
 
「すてき、私こんな雰囲気のお店好きです。
てっきり肩の凝るようなお店を予約されるんだろうなぁと思ってました」
「がっかりしたんじゃないかな?」
「とんでもないです。リラックス出来て嬉しいです」
山森、内心ガッツポーズである。
ねぎま、豚バラ、つくね、ぼんじり、ホルモン、ミニトマトのベーコン巻きとこの店自慢のポテトサラダを予定通りオーダーする。
もちろん、予め頼んである。
「大将、それではお願いします」の一言で済む。
「おいしーい。最高です。
この日本酒もすごく美味しいです」
「あまり、有名ではないのですが僕は気に入ってます」
そうこうしているうちに、彼女は問わず語りにこれまでの人生をポツリポツリと話し始めた。
山森は、これまでの人生で鍛え抜かれた聞き上手という能力をフルに発揮する。
相槌も、全国民謡大会の合いの手かと思わせる完璧な呼吸である。
聞いている間も絶妙のタイミングで次々と料理が運ばれてくる。早過ぎず、遅過ぎず‥
酒の勧め方もパーフェクトと言っていいだろう。
なにしろ40年近くも営業一本で登り詰めたのである。
しかし、彼女の話を聞いているうちに、ある事に気が付いた。
「これって、俺の事を言ってるんじゃないか?」
結婚する。子供が産まれる。出世し始める。仕事一辺倒になる。家庭は完全に妻任せになる。ひたすら家庭の為だと思い仕事一筋になる。おかげで人並み以上の経済力を身に付けることが出来たと自負する。しかし、その間妻が何を考えてどう生きてきたのかは、考えてみた事も無かった。
と彼女、
「もちろん、主人には感謝してるわ。
でも、子供が一人前になった時に、私、言ったの」
山森は、あまりにも身につまされ、次に彼女が言う台詞は想像出来た。
「今まで有難う。そしてお疲れ様でした。
でも、これからはお互い自由に生きていきましょ。お互いに束縛しないで残りの人生をご褒美として‥」
山森、
「それが、離縁されちゃったの‥理由
だったんだね」
彼女、適度にアルコールがまわり益々潤んだ目で、
「はい‥」
山森
「すごく勉強になりました。ありがとう」
彼女
「お礼は私ではなく、後ろの方に言って下さい‥」
山森、彼女に向きっぱなしだった姿勢から振り返る、
「れ、玲子‥」
その隣には娘が座って、手を叩いて喜んでいる。


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