わが青春想い出の記 21 海を隔てた手紙1
「東京から出した初めての手紙がやっと着きました。このお手紙が来るのをどんなに待ったことでしょう。もう東京に着いた筈だ。それから十日もすれば遅くても来る筈だ。もっと早く来てもいい筈だと思い、ここ2、3日、一日に何回も郵便受を見にゆきました。でもそのたびにがっかりしました。しかし、いくらがっかりしても、またすぐに見にゆかないと落ち着かないのです。
兄にも笑われたり、「何と書いてあった?」、などと聞かれました。私が日に何度も郵便受を見にゆくものだから、手紙が来たと思ったらしいのです。でもこれからは聞かずに済むと言うのです。手紙が来た日、私は機嫌がいいので兄は私の顔を見て手紙が来たか、来ないか判ると言います。機嫌が良い日には「何と書いてあった?」などと聞きます。それがまたよく当たるのです。そのかわり、手紙が3、4日も来ないと気難しくなるらしく、家族の皆は、手紙の話や郵便の話、旅の話など一切口にしないで腫れ物にさわるようにしています。
兄は時々、気を引き立てようと思うのか、それとも歯痒いのか、私が何度も郵便受けに通うのを見て
「そんなに早く来るもんか」
などと言います。
「知ってるわよ」
私も言ってやります。
「知ってるなら、そう何度も通う必要はあるまい。郵便だって遅れることもあるんだよ」。
「知ってるわよ。そんなことぐらい」。
「知っていて何度も見にゆくのか」。
「見たいから行くのよ」。
「だからお前はいつまでもまだ子供だと言うのだよ」。
「そうねー、兄さんはご立派な大人ですものねー。私はそんなご立派な大人は大嫌いです」
などと、わけの分からないことを言いながら、怒ったような顔をしてまた郵便受を見にゆくのです。やっぱり来ていません。
でも今日は実に愉快なことがありました。郵便受けを見て戻る所を兄に見られたのです。私がショゲているのを見て手紙が来てないことを察したのか、兄は黙っていました。部屋に入ってぼんやりしていると、お嫂さんが来て、
「一緒にお茶でも飲まない?」と、言うので
「頂くわ」と、言って居間にゆきました。するとまた郵便受を見に行きたくなったのです。何げなく立ち上がると、兄はすぐに察して
「たった今、見て来たばかりでもう見にゆくのか」、
と、笑いました。私はそれには答えずに見にゆきました。したら、兄への手紙に混じって、あなたが東京に着いて最初に出した手紙が入っていたのです。私は嬉しかったがその手紙を懐に入れ、わざとしょげた顔をして、
「あーあ、つまんない」
と、言いながら、兄への手紙をわたしました。そして兄が何か言ってくれるといいなあーと思い、期待していたら、兄が言いました。
「いくら川島君だって、東京に着けばいろいろと忙しいから、手紙などすぐには書けないよ」、と、言った。そこで私は
「そうねー」、
と、言いながら、すました顔で懐からあなたからの手紙を取り出し封を切りました。すると
「な―んだ、きていたのか」。だって。
私は跳んで自分の部屋にゆき、
「ヤッター」と、言いながら、3度も宙返りしてしまいました。そして壁に貼ってあった丸を五個消すことができました。
バンザーイ。
3月30日ですね。勿論私は那覇まで迎えに行きます。私は思わず涙が出てきました。3月30日よ早くおいで。それまでは一日の長さが一秒の単位で過ぎて欲しいと思います。そし二人が会ったその後の一日は、一日が一ヶ月の長さにのびて欲しいと日の神様にお願したいと思います。
3月30日、私どんな服を着て迎えに行こうかと今からドキドキしています。3月30日。なんと3月30日と言う日がこんなにすばらしい日だったとは、今まで思ってもいなかった。私は嬉しさのあまり、兄の部屋に跳んで行き、兄に「3月30日に那覇に着くんだってよ」、と言いました。
兄は黙って考えていたが、「3月30日か、あと六ヶ月余もあるなー。なあーんだ、随分と先の話ではないか」と、言うのです。私は兄がこんなに馬鹿だったとは、今の今まで知らなかった。お嫂さんの方がもの分りが良く、
「3月30日ですって?、お楽しみねー、すぐに来るわよ」
と、言ってくれました。だから私はお嫂さんが大好きなのです。
私の生活に一層目標が出来ました。3月30日、何度考えても3月30日と言う日、何と好い日でしよう。私はそれまでに料理、裁縫何でもよく勉強します。そしてあなたが帰って来た時に驚かしてやろうと決めました。
私の写真、入り口のドアー、押入れの戸、それから机の上に置いて下さったのね。そしてもう一枚はあなたのからだにベッタリとくっついて東京の街中を歩いているのね。でも私には東京の街が見えません。きっとあなたの誠意が足りないからだと思います。でも嬉しいわ。いつも一緒にして下さるんですもの。
いつか一緒に那覇を見せたいと書いてありますが、私はどちらでも一向に構いません。あなたが連れて行ってくれる所ならどこにでも喜んで行きます。では3月30日に」。
私の愛するあなた様 洋子
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