わが青春想い出の記 38 忘れ得ぬ人1 

 
  翌日、洋子が葬られているという墓地に行った。場所はすぐ分かった。
 新しい墓標。墓標には川島洋子とは書かずに佐々岡洋子と書かれていた。そのことが耐えられない悲しみを与えた。最後となった手紙には「妻」と書いてあったのを思い浮かべると耐えられなかった。自分がここから去りかねていると、佐々岡がやって来た。
「君のところに行ったら留守だったので」
と、佐々岡は言った。
「本当に可哀そうな奴だ」。
佐々岡は墓標に水をかけながら言った。2人は泣いた。
「2人で泣けるだけ泣いてやろう」
佐々岡が言った。
「こんなことになろうとは全く想像しなかった」
自分もそう言った。
2人は恥も外聞もなく泣いていた。
 
「あんなに丈夫で、オテンバ娘だったのに、どうしてあっ気なく死んだのか。本当に何ということが起きたのだ」佐々岡はなお一人言のように言っていた。
 
「洋子は自分では死ぬとは思っていなかった。苦しい中でもすぐ治ると思っていた。私、今どんなことをしても死ねないわ。川島さんにお逢いしないまま私は死ねないわ。兄さん、私大丈夫、死ぬようなことはないから心配しないで。と言ったこともあるが、私大丈夫、死ねないわ。今死んじゃあ川島さんにすまないわ。そんなことも言っていた。
又、私、川島さんに逢いたいわ、もうすぐ逢えるわね、帰ってくる靴音がするような気がする。今に逢えるわね。とも言っていた。その内一時、具合がよくなって元気になった。夜が明けたら家に帰ろう、などと話したりしていた。実際、俺もそう思っていたし、洋子も大変気持ちがよくなったわ、私嬉しいわ、と言っていた。だがその直後息を引き取った。急変したのだ。医師もいろいろと手を尽くしてくれたがとうとう死んでしまった」。
 
佐々岡は泣くのをやめていた。
自分はその話の一言一言を聞くと、ますます洋子が可哀そうで仕方なかった。
佐々岡は言った。
「僕は妹が可哀そうで可哀そうで仕方なかった。残念でならない。悔しい。しかし、死んでしまえばあらゆるものから開放されて楽になると思っている。僕はそう考えることで、妹は今は不幸でも悲しんでいないと思い、心を慰めることにしている」。と。
 
 

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