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「分かち合いと社会サービス」慶應義塾大学経済学部2020年

(1)問題

次の課題文1,2を読んで,設問A,Bに答えなさい.

[課題文1]
① 北方地域において,狩猟対象動物となる獲物の大群の出現は季節的である.したがって,北方狩猟採集民の一年は夏と冬という規則的にくり返されるリズムにより特徴づけられる.一夏,トナカイは出産のためツンドラヘと北上する.そして,冬になると,越冬のためタイガヘと南下する.繁殖活動は秋に行われ,トナカイは南下の途中,川や湖を泳いで渡り,ツンドラとタイカの境界にあたる森林限界周辺に集まる.そして川や湖が結氷すると,群れは森林の中へと移動する.


② インディアン(注)は夏と冬のキャンプを設営する.夏のキャンプは漁撈活動の,冬のキャンプはトナカイ狩猟と民猟のためである.秋には,インディアンは南下してくるトナカイを迎え撃つため北上する.したがって,インディアンとトナカィはそれぞれ夏と冬に,南と北という反対の方向に移動することになる.冬には両その活動窄トトは重なり合い.ここでインティアンがトナカイを狩猟する.すなわち.インディアンとトナカイの生態的関係は,毎年の規則的な空間-時間リズムによって特徴づけられるのである.

③ しかし,狩猟者と動物との間の生態的リズムは,永久に不変でもなければ保障されているものでもない.トナカイの移動路は年ごとに大きく変わる.また,群れの大きさや越冬地域は,積雪状況や森林火災の範囲に応じて変化する.インディアンは秋になるとトナカイを待つためにキャンプを設営するが,彼らが毎年.同じ場所でトナカイに出合える保証はない.もしトナカイが現れれば大量の肉が得られるが,もし現れなければ人びとは飢えることになる.北方狩猟採集民にとって飢餓は稀なできごとではない.

④ 狩猟活動そのものにおける不確定性も一般的に見られる.狩猟活動とは狩人による動物の探索,追跡,接近,あるいは待ち伏せ,屠殺,解体,運搬という一連の行動により構成される.狩人は動物の生態や行動に対応した狩猟活動の調整を行うが,それは必ずしも常に成功するとはかぎらない.狩猟の失敗,あるいは事故がその結果を不確定なものにしている.すなわち,北方狩猟採集民は動物に大きく依存しており,狩人と動物との生態的関係は規則的な時間―空間リズムを形成してはいるが,同時にそこには不確定性が見られるのである.

⑤ もちろん,インディアンは人間と自然との関係の不確定性に対応する社会的・生態的調整も行う.彼らは,森林限界の近くにキャンプを設営する.一つのキャンプと別のキャンプとの距離は時に100キロメートルも離れていることがある.もし,キャンプの設営地の近くで季節移動してくるトナカイが水を渡れば,インティアンは殺せる限りのトナカイを狩猟することができる.これらの肉は後に移動路にあたらなかった場所でキャンプしていた人びとにも分配される.人びとは肉がなければ,トナカイの狩猟に成功した者から肉を自由に得る.狩人たちはお互いのキャンプを訪れて,トナカイの現れた地点に関する情報を交換する.また.最初のトナカイが得られると,この情報は他の人びとにも伝えられる.

⑥ 私は,アンばあさんの夫で71歳になるジョンじいさんが,この冬における最初のトナカイを狩猟したことを人びとに伝えるためだけに,キャンプから75キロメートル離れた村まで大儀で往復するのを見た.彼の養子である少年は,この老人が「そうすることが好きだから」行くのだと説明した.ジョンじいさんは若い時にはいつもたくさんの肉をキヤンプにもたらした腕のよい狩人だと人びとにいわれていた.また,現在もそういわれるとジョンじいさんは笑って喜んでいるように思われた.したがって,ジョンじいさんの行動は,彼が腕のよい狩人だという成信を示すためと考えることもできる.

⑦ しかし,同時に彼の行動は生態学的に見ると,生存のための戦略的行動としての役割をも持つ.すなわち,移動するトナカイの位置に関する情報の速やかな伝達は,すべてのインディアンの狩人によるトナカイの生産量を最大化する.またその結果,肉の分配を通して他のキャンプの人びとの飢餓を防止することにもなる.すなわち,情報と肉の分配機構は空間的-時間的に不均一に分布している大量の資源の獲得における生存戦略となっている.

(熊本孝著.『こころの人類学――人間性の起源を探る」ちくま新書.2019年より抜粋.なお,一部の漢字にふり仮名をつけた.(注)は出題者による.)
(注)ここでインディアンとは,カナダ先住民であるカナダ・インディアンのうち,カナタ亜北極の北方アサパスカン語族に属する北方狩猟採集民のことを指している.

[課題文2]

① 過去の成功や失敗に学びながら,目指すべき米水のヴィジョンを構想する時に,「分かち合い」の思想が重要となる.それは,既に紹介した私の大好きなスウェーデン語,つまり「社会サービス」を意味する「オムソーリ」の本来的意味である「悲しみの分かち合い」に学ぶことである.人間は悲しみや優しさを「分かち合い」ながら生きてきた動物である.つまり,人間は「分かち合う動物」である.人間に対するこの見方は,アリストテレス(Aristote1es)の「人間は共同体的動物(z5onpolitikon)である」という至言にも通じている.人間は孤独で生きることはできず,共同体を形成してこそ生存が可能となる.「分かち合い」によって,他者の生も可能となり,自己の生も可能となるのである.

② 「社会サービス」をオムソーリだと理解すると,社会の構成員は自己の「社会サービス」のために租税を負担するのではなく,社会全体のために租税を支払うということになる.しかも,「分かち合い」は他者の生を可能にすることが,自己の生の喜びでもあることを教えている.人間の生きがいは他者にとって自己の存在が必要不可欠だと実感できた時である.「悲しみの分かち合い」は,他者にとって自己が必要だという生きがいを付与することになる.
<中略>

③ 生命を維持する活動である生活の場では,「分かち合い」の原理,つまり協力原理にもとづかなければ成り立たない.そのため生命を維持する生活活動は,家族やコミュニティに抱かれて営まれる.つまり,「分かち合い」の原理にもとづく相互扶助や共同作業で営まれる.

④ したがって,市場社会で生産活動が競争原理にもとづく市場経済で営まれるといっても,生活活動は家族やコミュニティという協力原理にもとづく「分かち合い」の経済で営まれている.農業を基盤とした市場経済以外の社会では,生産活動も共同体の協力原理にもとついて営まれていた.生きている自然に働きかける農業は,自然のリズムに合致する共同体の原理で営まれる必要があるからである.

⑤ ところが,農業の副業から誕生する工業が分離して自立的に営まれるようになると,生産活動が競争原理にもとつく市場経済に包摂されるようになる.工業は農家の副業としての家内工業から生まれてくる.それが都市に,立地されるようになると,要素市場において土地,労働,資本という生産要素の生み出す要素サービスを取引することで,工業が自立してくる.農業が生きている自然を原材料とするのに対して,工業では死んだ自然を原料とする.綿工業であれば,農業が生産した綿花という死んだ自然を原材料として綿糸を生産する.しかも,工業では農業のように生命をうむ大地という自然に働きかけるのではなく,人間が製造した機械に働きかけ,機械のリズムに合わせて生産活動が営まれる.

⑥ このように,人間を創造主とする対象に働きかける工業では,人為的行動として生産活動を完結できる.そのため工業では生産と生活を分離することが可能となり,競争原理にもとづく生産活動と協力原理にもとづく生活活動が分離していくことになる.
(神野直彦著,『「分かち合い」の経済学』岩波新書,2010年より抜粋.なお下線は出題者による」).

[設問]

A. 「分かち合い」は,人間にとってなぜ必要であると考えられるか.ニつの課題文に共通する必要性を200字以内で答えなさい.

B. 課題文2の下線部に「社会サービス」とあるが,これからの社会において,本文の意味での「社会サービス」の重要性は増すべきか,減るべきか.また,なぜそのように考えるのか.筆者たちの考えにとらわれず,あなたの考えを400字以内で自由に述べなさい.

(2)考え方

[設問]

A.

項目を立てて、参考文のロジックを構造的に浮かび上がらせる。要約するときには、キーワーワードを必ず入れること(太字で示した).また、「肉」といった具体表現は使わず、「資源」という抽象表現に置き換えること。

(1)人間の存立条件

①共同体の形成

・人間は孤独で生きることはできず,共同体を形成してこそ生存が可能となる.~[課題文2]①段落

・生命を維持する生活活動は,家族コミュニティを構成して営まれる.~[課題文2]②段落

②人間と自然との関係

・人間と資源の生態的関係は,規則的な空間-時間リズムによって特徴づけられる~[課題文1]②段落

・情報と資源の分配機構は空間的-時間的に不均一に分布している~[課題文1]⑦段落

(2)「分かち合い」をする個人的な動機

・「分かち合い」は他者の生を可能にすることが,自己の生の喜びでもあり、他者にとって自己の存在が必要不可欠だと実感できた時であり、「分かち合い」は,他者にとって自己が必要だという生きがいを付与する~[課題文2]②段落

(3)まとめ

相互扶助共同作業で営まれる「分かち合い」は、大量の資源の獲得における人間の生存戦略となっている.

B.

[課題文1]では、狩猟経済の段階での議論をしている。

[課題文2]では、農業(第一次産業)や工業(第二次産業)での発展段階に移行している。

設問は「これからの社会において」とあるから、第三次産業である商業やサービス業での「分かち合い」の可能性の有無について論じること。

サービス業のなかでも、情報・金融・旅行・運送・介護などの各分野で考えること。

「『社会サービス』の重要性は増すべき」の立場で書くほうが書きやすい。

スクリーンショット (1266)

(3)解答例

A.
狩猟や農業は自然に働きかける性格を有し、人間と資源の生態的関係は自然の規則的なリズムによって特徴づけられる.こうした生活は協力原理に基づかなければ成り立たず、そのため人間は家族やコミュニティを形成する。大量の資源の獲得の際の「分かち合い」は自己の存在が必要不可欠だと実感できた時、自己の生の喜びや生きがいを付与する.「分かち合い」による相互扶助や共同作業は人間生存のための戦略的行動として必要あるから。

(200字)

B.
 進展するグローバリズムの下、世界規模で市場競争が激化している。これにより国際間
や国内の格差が拡大し、貧困や飢餓の問題が世界的な課題となっている。このような国際競争に敗れ、取り残された人々を支援し、格差を是正し、貧困や飢餓に苦しむ人たちを包摂する手立てはある。
 バングラデシュのムハマド・ユヌスが設立したグラミン銀行は、担保を有さない貧困層に融資する活動によりノーベル平和賞を受賞した。グラミン銀行を嚆矢とするマイクロクレジットは世界に拡大している。他にも環境・福祉・教育などの分野で「分かち合い」と助け合いの活動を行うソーシャルビジネスは日本国内でも多く見られる。インターネットを利用すれば募金活動は国際規模の支援を取り付けることもできる。
 現在、深刻化する格差を是正し、人間の尊厳を取り戻すために「社会サービス」の重要性は増すべきである。(390字)

(4)解説

Bの解答例は金融の例を挙げて書いたが、ほかには、クラウドファンディングの例でも書くことができる。

サービス業のほかの例では、情報(災害時の避難情報などのユーザー同士のやり取り)、旅行(シェアハウス)・運送(シェアカー)・介護(ボランティア)などの各分野で考えられる。

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