私の戦争論~朝日新聞にも歴史修正主義にも違和感
(1)大学入試では政治的、党派的な立場を問う問題は出題されない
いつも「OK小論文」を読んでいただき、ありがとうございます。
大学入試小論文では、政治的、党派的な立場に直結する問題は評価が難しいために出題されません。
結論がリベラル、保守という大きな立場に分かれる問題は出題される可能性が皆無ではありませんが、政府に対する支持・不支持というような政局にかかわる問題は避けられる傾向にあります。
私自身の価値観や政治的な立場はややリベラル寄りを自認していますが、だからといって保守的な立場を忌避したり、批判したりする意図はありません。
自分にも大切な何か(地域や伝統文化)を守るという、保守的な一面があることを否定できないからです。
(2)小論文の答案は政治的な立ち位置がなければ書けない
小論文では、政治的、党派的な立場に直結する問題は出ないと言いました。
けれども、これから検討する青山学院大学総合文化政策学部総合文化政策学科の小論文2015年の問題のように、日韓・日中の微妙な外交問題にかかわる問題が出題されることがあります。
この問題の背景には、日韓・日中の領土問題や太平洋戦争に対する歴史認識や従軍慰安婦問題や戦後補償などといった、微妙で難しい外交課題があります。
小論文の答案を書くにあたっては、こうした問題の評価に言及する必要はありません。
しかし、戦争と平和の問題や、太平洋戦争をめぐる評価がどうしても答案の行間に現れてくることが避けられません。
ここが、あいまいだと、一般論に終始した平凡な内容になってしまい、高い評価がもらえることが難しい、ということになるからです。
そこで、あらかじめ私の政治的な立場を表明しておく必要が生じたので、今回、このようなテーマで筆を起こしました。
(3)戦争と平和について
私は戦争に反対します。いかなる戦争にも反対します。
自分が人を[殺す/殺される]という究極の選択に追い込まれることは絶対に避けなければならないと考えています。
自分は非力で無能なので、たぶん、[殺す/殺される]の立場に立たされたら、きっと殺される側になるでしょう。
仮に殺す側になったとしても、その悔恨は一生ついて回ると思います。
だから、国際紛争に対しては戦争になる前に、あらゆる外交努力を尽くしてこれを回避するべきだと考えています。
戦争反対の理由としては、いかなる理由があっても人の命を奪うことは断じて許されないという原則を私は持っています。
これに対して「お前は原理主義者だ」、「戦争をしてでも守らなければならない、自分の命よりも大切なもの(国や家族)がある」と言って批判する人もいるでしょう。
そういう人に対しては、私はこう反論します。
「戦争は割に合わない」
戦争は多大な資源(人的資源・経済的資源)を消耗し、勝っても負けても国家の利益にならない。
これはアメリカのトランプ大統領の考え方ですが、私はこのようなリアリズムに賛成します。
なぜなら、私のような人道主義や生命第一主義をひたすら主張するだけでは、戦争賛成論者を説得することができないからです。
しかし、だからといって私は平和主義ではありません。
口で平和を叫んだところで、戦争をなくすことはできないからです。
戦争をなくす署名活動を街頭でしているのをたまに見ますが、私は興味を持ちません。
世界史を見ても戦争がない時代は珍しい。人はいつも誰かと、どこかの国や部族、民族、宗教集団と闘っています。
繰り返しますが、個人的には戦争は絶対反対です。
しかし、戦争は個人の倫理観や思いだけでは抑止することができない。
個人の力だけではどうすることもできないのが戦争です。
むしろ「戦争をなくすことは極めて困難である」「戦争は起こるものだ」という認識から出発しなければ、戦争と平和の問題は解決できないとさえ考えています。
ここまでは総論になります。
以下の各論を書くにあたって具体例を挙げます。
いまでもその評価をめぐって論争が絶えない、太平洋戦争に対する評価の話題を例にとります。
太平洋戦争について考えるときに必要なことは、誰かを糾弾したり、断罪したりして事足れりとするのではない。
(戦争責任の問題を考えることは必要であるし、これを無意味とも思いません)
大切なのは、太平洋戦争の前史として中国との戦争があったという点をはじめに確認することです。
途中で停戦期はありますが、満州事変、日中戦争、太平洋戦争は一連のものとして連続しているという視点が重要になります。
哲学者の鶴見俊輔は満州事変から太平洋戦争までを「十五年戦争」と呼んでいます。
太平洋戦争では多くの戦死者を出しました。
日本310 万人、中国1321 万人、アジア諸国で912 万 5000 人(うち朝鮮20 万人)、連合国ではアメリカ29 万人(第2次世界大戦での戦死者)といったようにとてつもない人的被害です。
戦争は起こすのは容易だが、止めるのは難しい。
どうして広島・長崎の原爆被害が出る前に止められなかったのか。
これが「十五年戦争」で得た教訓と課題です。
このような文脈で考えると、「十五年戦争」をもっと早い時期に終わらせる方策はあるはずだ、戦争被害の拡大を食い止めるために、「十五年戦争」のいつ、どのようなタイミングで、どのようにして戦争を止めることができたのか。
その可能性を探るのが歴史学の使命であると考えます。
太平洋戦争をめぐっては、侵略戦争だ、いや、自衛のための「正しい」戦争だという議論をしている人が未だにいます。
このようなことを議論するよりも「いったん起こってしまった戦争をどうすれば止めることができる(できた)か」を考える戦争学がこれからの時代には必要になると確信しています。
戦争学は倫理の問題ではなくて、シビリアンコントロールといった制度設計や国際政治論や地政学からのアプローチが有効であると考えます。
ただし、過激なことを書くと、戦争の抑止は平和憲法だけでは難しいと考えています。
歴史上で一番民主的といわれたドイツのワイマール憲法下でファシズムが起こり、ナチスが政権を取ったことを忘れてはいけません。
私は朝日・岩波系のように護憲一点張りで戦争抑止を主張するのは限界があると考えます。
戦前の大日本帝国憲法下でも天皇機関説という解釈によって大正デモクラシーという民主的なムーヴメントを起すことができる。
憲法は条文の内容よりも解釈や運用で現実の政治が動いているという厳然たる事実を護憲派は軽視しすぎていると思います。
(4)領土問題について
戦争はしばしば領土問題を背景にして引き起こされます。
竹島や尖閣諸島問題はいますぐ戦争につながることはないと思いますが、50年、100年単位で考えると、この問題が将来の日韓、日中間の戦争の遠因になる可能性を排除することはできません。
戦争を論じるにあたって、遠い未来に起こる戦争の火種となるかもしれない領土問題について触れる必要があるでしょう。
領土問題は外交問題ではなく、実は裏返しの内政問題なのです。
各国の為政者は国民の不満を外に反らすために、外敵をつくり、領土問題を利用します。
(日本史でいうと、明治初年に起こった征韓論がそうですね)
だから、私たちに求められているのは、こうした為政者の誘導や、めくらましに乗らない冷静な態度を保つことです。
政治や国家経営が安定すれば、為政者は領土問題に代表されるようなポピュリズム的な手法を取らずに政権運営をこなすことができます。
領土問題に代表される外交問題は、初めからそこにあるのではありません。
意図的につくられるのです。
為政者が外交問題を口にするようになったら、国政に重要な危機が生じていると思って間違いない。
だから、外交問題がきな臭くなったら、あえて論点をずらして内政問題を考える。巧みに隠された問題の本質を直視し、白日の下に晒すのが本筋となります。
韓国の李明博大統領のやり方(竹島上陸)を見ればことの本質がわかることです。
中国や韓国を敵視するのではなく、むしろ中国や韓国の人々と連携して問題解決をはかる方法を模索することが私たちにできる賢いやり方だと言うことができます。
そして、領土問題の対策を具体的に書くと、これを棚上げすることが最善だと考えます。
尖閣諸島の問題は、1978(昭和53)年に中平和友好条約を調印した際、あえて明文化しませんでした。
領土問題に言及をすると、問題がこじれてまとまるものもまとまらなくなる。
日中両首脳はこのことをよく知っていたから、この問題をあえてあいまいにして、友好関係の構築を優先させたのです。
沖縄の帰属や千島・樺太、台湾など領土問題の決着は最終的には戦争で帰趨が決まっています。
決着をつけるのは、最後は力、武力になるのは歴史が語る事実です。
どこぞの国会議員はこれを公言して党を除名されましたが、国会議員がこれを言ってはさすがにダメだと思います。
私がこの話を持ち出したのは、領土問題は戦争で決着させるのがいい、というのではなく、逆です。
領土問題を深追いすると戦争になる。だから、最悪の事態を回避するためにもあえて先送りするという裏技もある、ということが真意です。
こうした困難な問題に対して脱臼させる方法を採ることが、私たちが取ることができる知的でおとなの対応になる。
この結論で本稿をしめくくりたいと思います。
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