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【農業とテクノロジー②ゲノム編集ほか】 東京農業大学小論文の勉強法(第7回)

キーワード:遺伝子組み換え作物,ゲノム編集


(1)はじめに

2020年のノーベル化学賞はゲノム編集の技術を開発した2人の女性科学者が受賞しました。ゲノム編集は遺伝情報を自由に書き換える画期的な技術で、「現代の生命科学における三大発明の一つ」という評価(分子生物学者の福岡伸一)もあります。一方で、この技術を応用する際には、生命倫理の観点や安全性の問題への配慮が必要不可欠となります。

東京農業大学応用生物科学部のバイオサイエンス学科のや分子生命化学科推薦入試を受ける受験生は、ゲノム編集技術については入学後に学ぶこととなるが、今から頭の準備体操として、こうした最新のバイオテクノロジーを学ぶことは無駄にはならないことでしょう。

もちろん、入試小論文の課題として、出題される可能性も大きいことは疑いないと思います。

(2)生命倫理(バイオエシックス)

科学技術、とくに遺伝子や細胞を扱うバイオテクノロジー(生命科学・生物科学)は近年、めざましい発展を遂げた。このバイオテクノロジーは新薬の開発や遺伝子組み換え作物などに応用されています。

人間が遺伝子を操作して、新しい生命を誕生させたり、まったく新しい生物をつくり出したりすることが可能となります。

生命体の生物活動の仕組みを解明し、工業的に利用しようというバイオテクノロジー(遺伝子操作の技術)は、1953年、アメリカのワトソン、クリックの遺伝子構造解明により、1970年代以降、飛躍的発展を遂げ、遺伝子組み換え、細胞融合(ゆうごう)などの工業技術を生みだしました。

 バイオテクノロジーは、既に医薬品や農業や水産業、畜産業などの各産業分野に応用されています。クローン技術によって同じ遺伝子を持つ肉質の良い同品質の牛が育てられ、加工肉が人々の食卓にあがり、私たちの生活に大きな恩恵をもたらしているのです。

それでは、こうした技術が私たちの生活に役に立つからといって、人間が生命や遺伝子に対して無制限に手を加えることが許されていいものでしょうか? 人工授精や遺伝子治療はどこまで許されるのでしょうか?

 特に人間の遺伝子や受精卵にバイオテクノロジーの技術で手を加えることは、従来は治療できなかった遺伝病やガンなどの深刻な病気の治療に役立ついっぽう、人権侵害や家族や社会に与える影響があまりにも大きく、さまざまな問題が含まれています。

このような、生命科学についての倫理的な問題を考える学問を生命倫理(バイオエシックス)といいます。

農業分野においてもこのようなバイオテクノロジーが応用されているが、動物愛護の立場と、食の安全・安心の観点から、生命倫理に配慮した研究開発が求められます。

東京農業大学入試小論文では、バイオテクノロジーについては実用面からの便益に留まらず、倫理上の問題の両面からこの問題を考えることが必要であることは言うまでもありません。


(2)バイオテクノロジーの現在
 

①遺伝子組み換え作物

内容:病気や虫害、農薬に強い遺伝子を大豆・とうもろこしなどの農作物の遺伝子に組み込む.日本にもアメリカ・カナダなどからこうした農作物を大量に輸入している。

問題点:安全性、環境に与える影響、アメリカの穀物メーカーによって穀物市場が独占されている。

対策:遺伝子組み換え作物は味噌、しょうゆなどの加工品であっても表示が義務づけられている.

②ヒトゲノムプロジェクト

ヒトゲノム:ヒトのすべての遺伝子情報を含んだ染色体の総体。

内容:ヒトの遺伝子構成をすべて解読し、遺伝病の予防や治療などに役だてる.2003年にはヒトゲノムの解析の完了が宣言された。

問題:アメリカはヒトの遺伝子情報の特許権を取得し、独占しようとしている。また、ヒト遺伝子の解読により、遺伝病の因子の保有が明らかになると、差別など様々な人権侵害の問題が指摘されている。

(3)遺伝子組み換え技術

①遺伝子組み換え技術の開発

利点は効率がいいこと。バイオテクノロジー(遺伝子工学)の力を使って植物細胞に強制的に入れ込むことで、植物細胞の中で組み込んだ遺伝子が計画した通りのタンパク質を作ってくれる。これにより、思わく通りの形質が植物体で現れる可能性がある。

②遺伝子組み換え作物の登場

1)今日では、ダイズ、トウモロコシ、ワタ、ナタネなどの遺伝子組み換え作物が製造・販売されている。このうち、トウモロコシは飼料としてアメリカ・カナダから多く日本へ多く輸入されている。

2)遺伝子組み換え作物は、除草剤への耐性や、害虫に対する抵抗性が付与された品種という特長を持つ。遺伝子組み換え作物の栽培は、この20年で、世界196か国に広がる。

3)遺伝子組み換え技術の医学への応用例:大腸菌が持つプラスミド(自立的に増殖する小型の環状DNA)に、ヒトのインスリン生産に関する遺伝子を組みこんで医薬品の大量生産が行われている。

③遺伝子組み換え作物の問題点

1)本来その作物にない様々な機能を持つ外来遺伝子を導入することにより、食品としての安全性が懸念される。

2)環境への悪影響(生態系が破壊される)。

3)米国の種子メーカーが世界の農業市場を独占支配。国際的な農薬メーカーで、自社の除草剤と、その耐性作物の種子をセット販売している。

④遺伝子組み換え作物の安全性に対する配慮

現在、商業栽培されている遺伝子組み換え作物(ダイズ、トウモロコシ、ナタネなど)については、欧米の主食であるパンの原料となるコムギや、アジアでの主食であるご飯(イネ)は含まれていない。

⑤遺伝子組み換え作物の対策

1)カルタヘナ議定書(2000年)

遺伝子組み換えがなされた生物を規制する国際法。遺伝子組み換え生物の無秩序な利用が野生動植物の急激な減少などを引き起こし、生物の多様性に影響を与える可能性や、人の健康に与える危険性を考え、遺伝子組み換え生物の取り扱い、輸送および利用について取り決めている。遺伝子組み換え作物の作付面積が大きい米国、アルゼンチン、カナダなどはカルタヘナ議定書を批准していない。

2)カルタヘナ法(2003年)

生物多様性への悪影響を未然に防止するため、遺伝子組換え生物等を使用等する際の規制措置を講じることを目的とする。例えば、遺伝子組換えトウモロコシの輸入、流通、栽培など、遺伝子組換え生物等の環境放出を伴う行為については、使用に先立ち、遺伝子組換え生物の種類ごとに、予定している使用によって生物多様性に影響が生じないか否かについて審査を受ける必要がある。審査の結果、問題が無いと評価された場合のみ承認を受けることができ、使用が可能となる。

3)遺伝子組み換え作物を使用した食品の表示義務

(4)ゲノム編集

① ゲノム編集とは

ゲノム上で任意の遺伝子を改変する技術。人工ヌクレアーゼというDNA切断酵素を用いて、目標とする遺伝子を破壊したり、挿入したりすることを指す。遺伝子治療や農畜産物の育種に応用する研究が進められている。

②遺伝子組み換えとの違い

遺伝子組み換えは、特定の遺伝子のみを「組み込む」技術。ゲノム編集は、特定の遺伝子のみを「編集する」技術。

遺伝子組み換えとは、両親を丸ごと掛け合わせて交配を繰り返すのではなく、特定の遺伝子のみを組み込む技術です。また、全く類縁関係ではない遺伝子を組み込むという点も、従来の品種改良とは違っています。自然界で発生しない現象を実現できるのが、遺伝子組み換え技術です。

ある生物が持つ全遺伝情報を、その生物の「ゲノム」と言いますが、近年、多くの生物のゲノムが明らかにされています。重要な遺伝子が特定され、その働きなども分かってきています。その情報を利用するのがゲノム編集で、遺伝子を切ったり繋げたりするので「編集」と言われています。狙った性質の遺伝子だけを編集することができるため、優れた特徴を持つ品種に新たな性質をピンポイントで追加可能です。自然界でも起こりうる突然変異を意図的に起こさせるものだとも言えます。

(5) ゲノム編集のメリット

人と環境への悪影響が少ないこと、短期間で品種の確立が可能であること、生産者・消費者が利益を享受できること。
ゲノム編集により得られる結果は自然界でも起こりうること、という点と密接に関係しているのですが、摂食した人の健康や環境に対して、悪影響を与える可能性が低いのが最大の長所です。ゲノム編集により生まれた作物は、従来的な手法で生まれた作物と区別がつかないという事実もあり、ゲノム編集された作物は相当程度に安全であると考えています。
またゲノム編集では、従来手法とは比較にならないくらいに短期間での育種が可能となります。種苗業界では「1品種10年」という言葉があるくらい、品種の確立には時間が掛かります。ところがゲノム編集は極めて確実性が高い技術なので、1年や2年といった短期間で品種を作出できると考えられています。短期間で優れた品種を続々と生み出せれば、当然のことながら生産者にとってもメリットが生まれますし、それによる恩恵は消費者の方にも届くはずです。
Agui journal」2018/12/26より引用
https://agrijournal.jp/renewableenergy/42835/2/

(6)ゲノム編集の応用

①養殖業

天然のものよりも肉身の厚いマダイ(マッスルマダイ)を人工的に生産できる。

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下が通常のマダイ、上がゲノム編集した「マッスルマダイ」。こちらは背中や腹の盛り上がり方が大きく、全体に丸みを帯びている

写真は『京都大学広報誌 紅萠』より引用した。

②農業

血圧を下げる効果のあるGABA(ガンマアミノ酪酸)を多く含むヘルシートマト

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写真は下記のサイトから転載させていただきました。

2)毒の成分を作らないジャガイモ

(7)ゲノム編集の課題

①表示の義務はない

こうしたゲノム編集でできた食品の安全性に関して、厚生労省は「ゲノム編集は従来の品種改良でできた食品と差がないため、国への届け出は必要だが、安全性の審査は不要」との判断を示した。また、遺伝子組み換え作物とは異なり、表示の義務も課していない。

しかし、オフターゲットの危険性が指摘されている。

②オフターゲットとは何か

狙った塩基配列に似た配列を誤って切ってしまうケースが生じることがある。狙った的をはずして、遺伝子を切るため、オフターゲットという。これは意図した遺伝子の改変とは異なる変化をもたらし、生物の本体に少なからぬ影響をもたらすことが懸念されている。

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(8)問題・東京農業大学応用生物科学部推薦入試2017年バイオサイエンス学科

「動物(人でも良い)と植物に関して、生命科学の発展が近未来に起こすと思われる奇跡をそれぞれ記しなさい(動物と植物に関してそれぞれ同じくらいの分量を記述すること)。」


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