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「人文社会系大学の知は社会で役に立つか」愛媛大学法文学部後期2018年

(1)問題


次の文章を読んで,あとの設問に答えなさい。

 

①  大学の知が「役に立つ」のは,必ずしも国家や産業に対してだけとは限りません。神に対して役に立つこと,人に対して役に立つこと,そして地球社会の未来に対して役に立つこと――。大学の知が向けられるべき宛先にはいくつものレベルの違いがあり,その時々の政権や国家権力,近代的市民社会といった臨界を超えています。

②  そしてこの多層性は,時間的なスパンの違いも含んでいます。文系の知にとって,三年,五年ですぐに役に立つことは難しいかもしれません。しかし,三〇年,五〇年の中長期的スパンでならば,工学系よりも人文社会系の知のほうが役に立つ可能性が大です。ですから,「人文社会系の知は役に立たないけれども大切」という議論ではなく,「人文社会系は長期的にとても役に立つから価値がある」という議論が必要なのです。

③  そのためには,「役に立つ」とはどういうことかを深く考えなければなりません。概していえば,「役に立つ」ことには二つの次元があります。一つ目は,目的がすでに設定されていて,その目的を実現するために最も優れた方法を見つけていく目的遂行型です。これは,どちらかというと理系的な知で,文系は苦手です。たとえば,東京と大阪を行き来するために,どのような技術を組み合わせれば最も速く行けるのかを考え,開発されたのが新幹線でした。また最近では,情報工学で,より効率的なビッグデータの処理や言語検索のシステムが開発されています。いずれも目的は所与で,その目的の達成に「役に立つ」成果を挙げます。文系の知にこうした目に見える成果の達成は難しいでしょう。

④  しかし,「役に立つ」ことには,実はもう一つの次元があります。たとえば本人はどうしていいかわからないでいるのだけれども,友人や教師の言ってくれた一言によってインスピレーションが生まれ,厄介だと思っていた問題が一挙に解決に向かうようなときがあります。この場合,何が目的か最初はわかっていないのですが,その友人や教師の一言が,向かうべき方向,いわば目的や価値の軸を発見させてくれるのです。このようにして,「役に立つ」ための価値や目的自体を創造することを価値創造型と呼んでおきたいと思います。これは,役に立つと社会が考える価値軸そのものを再考したり,新たに創造したりする実践です。文系が「役に立つ」のは,多くの場合,この後者の意味においてです。

(中略)

⑤  つまり,目的遂行型ないしは手段的有用性としての「役に立つ」は,与えられた目的に対してしか役に立つことができません。もし目的や価値の軸そのものが変わってしまったならば,「役に立つ」と思って出した解も,もはや価値がないということになります。そして実際,こうしたことは,長い時間のなかでは必ず起こることなのです。

⑥  価値の軸は,決して不変ではありません。数十年単位で歴史を見れば,当然,価値の尺度が変化してきたのがわかりますしたとえば,一九六〇年代と現在では,価値軸がすっかり違います。一九六四年の東京オリンピックが催されたころは,より速く,より高く,より強くといった右肩上がりの価値軸が当たり前でしたから,その軸にあった「役に立つ」ことが求められていました。新幹線も首都高速道路も,そのような価値軸からすれば追い求めるべき「未来」でした。超高層ビルから湾岸開発まで,成長期の東京はそうした価値を追い求め続けました。ところが二○○〇年代以降,私たちは,もう少し違う価値観を持ち始めています。末長く使えるとか,リサイクルできるとか,ゆっくり,愉快に,時間をかけて役に立つことが見直されています。価値の軸が変わってきたのです。

出典 吉見俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』集英社新書,二〇一六年

設問 著者は大学の知が「役に立つ」ことの意味を論じています。著者の見解をまとめた上で,文系学部で学ぶ意義に関するあなたの考えを五〇〇字以内で述べなさい。

(2)考え方

要約
 
段落ごとに要旨をまとめる。

①  ・②
大学の知が「役に立つ」対象には多層性があり,時間的なスパンの違いも含む。人文社会系の知は工学系よりも中長期的スパンで役に立つ可能性が大きい。したがって,「人文社会系の知は役に立たないけれども大切」という議論ではなく,「人文社会系は長期的にとても役に立つから価値がある」という議論が必要である。

③・④「大学の知が役に立つ」とは,理系の目的遂行型と、文系の価値創造型がある。


長い時間のなかで目的や価値の軸が変わることは必ず起こるので「役に立つ」と思って出した解の価値がなくなる事態となる。


二○○年代以降,社会の価値観は変わり始めている。

要約

 大学の知が「役に立つ」対象には時間的なスパンの違いがある。人文社会系は工学系よりも中長期的スパンの可能性が大きい。大学の知は理系の目的遂行型と文系の価値創造型がある。長いスパンで目的や価値の軸が変わることは必ず起こり2 0 0 0年代以降社会の価値観は変化している。従って「人文社会系の知は役に立たないけれども大切」という議論ではなく「人文社会系は長期的にとても役に立つから価値がある」という議論が必要である。
(200字)

(3)解答例

 

 大学の知が「役に立つ」対象には時間的なスパンの違いがある。人文社会系は工学系よりも中長期的スパンの可能性が大きい。大学の知は理系の目的遂行型と文系の価値創造型がある。長いスパンで目的や価値の軸が変わることは必ず起こり2 0 0 0年代以降社会の価値観は変化している。従って「人文社会系の知は役に立たないけれども大切」という議論ではなく「人文社会系は長期的にとても役に立つから価値がある」という議論が必要である。

 近年、気候変動による自然災害の増加や原発事故、遺伝子組み換え作物など人々の安全と安心を脅かす事態が頻発している。さらにワークライフバランスの見直しにより、人々の生活は趣味や家庭での時間に比重が強まっている。社会の価値観は安全・安心の担保と快適な生活という新たな価値観が従来以上に重要視されている。大学での人文科学の学びは人々の要望に応える形で、リスクマネジメントを取り入れ、さらにはアメニティの充実という観点から、公衆衛生、歴史・自然環境の保存、コミュニティの形成を視野に入れた新しい知を創造しつつある。新型コロナウイルス感染拡大に怯える社会に対して文系の知は新しい価値を提供できるものと確信する。(500字)

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