見出し画像

「エスカレーターの利用方法と法規制のあり方」新潟大学法学部2020年後期

<1>問題


近年、鉄道会社は、利用者に刑し,駅構内のエスカレーターでは片側を空けずに両側に立つよう,呼びかけを行っている。しかしなから,このような呼びかけは必ずしもうまくいっておらず、今もなお多くの場合,駅構内においてエスカレーターの片側を空けて立ち,空いているもう一方を急ぐ人が歩いている。このような中,国会議員であるAは,駅構内のエスカレーターでの歩行を禁止し、違反者に科料を課すように法律で定めることを考えた。このようなAの考えについて,あなたはどのように考えるか。駅構内のエスカレーターでの歩行を禁止することの是非も含めて1000字以内で論じなさい。

(※)科料…刑罰の一種で,罰金より少額のもの。法律により,1,000円以上1万円未満とされている。

<2>考え方


(1) 駅の持つ意義を考える。


① 具体表現⇔抽象表現 の転換

【approach】

駅は具体表現(具体例)。それでは、何(抽象表現)の具体例かを考える。

【answer】

公共空間

【定義】不特定多数の人々が行き交い、その中には弱者(高齢者・障害者・子どもなど)も多く含まれる。

※「具体表現⇔抽象表現 の転換」「定義を立てる」の技法については、以下の記事で解説しています。

(2) エスカレーターでの行動規範

【問題提起】

公共空間(駅のエスカレーター)で人々はどのような行動をとることが望ましいか。

【answer①】

他の人に迷惑をかけない。

  →この答えは多くの受験生が思いつくもので、平凡で、「迷惑」の意味が曖昧。

  さらに踏み込んで考える。

  →「迷惑」を定義する。

 【answer②】

「迷惑」の定義:他の利用者に精神的・物理的苦痛・損害を加えない。

         (苦痛・損害を受ける可能性も含む)

(3) エスカレーター上の歩行が迷惑行為にあたる理由


① 他の利用者、特に弱者に対して精神的・物理的苦痛・損害を与える可能性がある。

② 歩行者と接触して転倒・転落して怪我を負わせるリスクがある。

③ 歩行者自身もリスクがある(自らの転倒・転落や他の利用者に負わせたことにより損害賠償を請求される)。

(4) 公共空間での人々行動に必要なもの。


①公共空間において人々は(他の利用者に精神的・物理的苦痛・損害を加えないよう)マナーを守る。

②「駅のエスカレーターを歩かない」がマナーにあたる。

(5) マナー(モラル、倫理・道徳)と法律との共通点と相違点


○共通点

 ともに社会規範として、人々の指針となり、行動を規制する。

○相違点

 ①マナー

1) 内面の良心が働きかけるもので、人々がこれを守る強制力はない。

2) これに違反した場合の罰則もない。

②法律

1) 外部の国家権力が国民や市民に働きかけるもので、原則的に人々にこれを守らせる強制力を持つ。

2) これに違反した場合の罰則を持つ場合がある。


(6) 社会規範を守る主体と責任


① 個人

個々人が道徳心で社会規範を守り、これを逸脱した結果生じるトラブルについては自己責任で応じる。

② 駅を管理する鉄道会社

駅構内(エスカレーターも含む)での事故やトラブルを防止し、利用客の安全・安心を守る管理責任がある。

③ 行政(国・自治体)

公共施設(駅)の管理者に対する法規制や指導を通して国民や市民の安全・安心を担保する責任がある。


(7)整理


①従来、駅のエスカレーター歩行の是非やトラブルが起こった際に生じる責任は、個人(利用者)や鉄道会社に任せられてきた。

②マナーを守らせる方法も個人の道徳心に委ね、鉄道会社の利用者に対する注意喚起

(ポスター・張り紙やアナウンス)に留められてきた。

③こうした状況下で新たに法律によって駅のエスカレーター歩行を禁止するには、従来の管理方法が不十分である事由と国が法規制する必要性を示さなければならない。

④ 法律で規制するにしても、駅のエスカレーター上の歩行に対して罰則は設けずに努力義務を課す方法もある。この方法を採らずに違反者に科料を課す理由も考える。

⑤ さらにエスカレーターを歩行する利用者の立場に立って利用者の事情を考察する

視点も必要。エスカレーターを歩くのは急いでいるから。急いでいる理由は電車や飛行機に乗る時間に遅れないよう、出社や登校時間に遅れないよう、何かの緊急事態に間に合うよう、など。こうしたエスカレーターを歩行する利用者に対する配慮も必要。

⑥ 上記の考察で国の法規制に対する十分な根拠が得られない場合には、駅構内のエスカレーターでの歩行を禁止することに反対して書くことになる。

<3>解答例


 駅のエスカレーターでの歩行を禁止する法律に対して反対である。理由としては、なぜ今このような法律を制定しなければならないかという根拠が不明確であることに加え、駅などの公共空間での人々の行動についてはマナーに委ねるべきであると考えるからである。

 まず公共空間の定義から始めたい。不特定多数の人々が行き交い、その中には高齢者・障害者・子どもなどの弱者も多く含まれる。この定義に照らすと駅と付属するエスカレーターも公共空間に含まれる。公共空間では、迷惑行為(他の利用者に対して精神的・物理的苦痛・損害を与える行為)を防ぐためにさまざまなマナーが要請される。エスカレーターでの歩行は、他の利用者と接触して転倒・転落して怪我を負わせるリスクがある。したがってこうした迷惑行為を防止するために、駅施設の管理責任者である鉄道会社はポスター・張り紙やアナウンスなどによってマナーを遵守するよう利用者に注意喚起し個人の道徳心の涵養に努めてきた。これによって、電車内の携帯電話の使用自粛など、ある程度守られてきたルールもあるが、エスカレーター上の歩行についてはあまり効果が見られない。

 だからと言って、いま新たに国が過料を伴う法律を制定してこれを禁止するには、国民の合意を得るために説得力のあるデータを示す必要がある。例えば、最近エスカレーターの歩行による接触事故が顕著に増えてきたことを示す事故件数や負傷者の統計資料がこれに該当する。こうした資料がない場合、国があえて法規制を行うことに国民は納得しない。

 当然、公共空間で弱者の人権や生命を守ることは国だけでなく私たち国民に求められる重要な責務である。しかし、その一方で、急ぐ人の事情にも配慮するべきである。交通の遅れで約束の時間に間に合わず、重大な損害が生じる場合に駅のエスカレーターを歩くのはやむを得ない。新型コロナウイルス蔓延時の緊急事態宣言下に強いられた不自由な生活を思い起こせば、通行の自由は自由主義を支える市民の重要な権利となっている。これをまた法律で規制することを許せば、公権力が私たちの生活深くに浸入し、これが危険な全体主義が繋がる兆候を見逃すことになる。

 以上述べたように、私は駅のエスカレーターでの歩行の是非については、従来のように個人の道徳のレベルで判断すべき問題であると考え、国家権力による法律で強制することに対しては強く反対する。

(992字)

👇オンライン個別授業(1回60分)【添削指導付き】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?