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「科学の細分化が引き起こす問題」産業医科大学2016年

(1)問題

次の文章を読んで、下記の設問1、2に答えなさい。

①  「科学」は「科挙之学」がその語源と言われている。「科挙」とは前近代の中国で実施されていた官吏登用試験のことで、科目ごとの試験がとり行なわれた。したがって、「科挙之学」としての「科学」は「個別学問」という意味を持つ。明治維新後、我が国の近代化が進むにつれて「科挙之学」としての「科学」は近代自然科学の意味合いをもつものとして定着した(佐々木力「科学論入門」)、ここで科学の語源に言及したのは、科学が個別化、専門化、細分化の傾向を内包していることを言いたかったからである。この傾向は近代自然科学が徹底して還元主義を貫いてきたことと無関係ではない。現在、我が国で活動中の自然科学系の学会の数がどれだけあるのか、筆者自身正確に把握しているわけではないが、学会の前段階の研究会などや技術系のそれらの数を合わせると、相当な数になる。この趨勢は、上述の科学の成り立ちからすれば、当然の成り行きに思えるが、現在の科学は細分化、専門化、個別化が進み過ぎているのではなかろうか。細分化そのものに問題がある訳ではないが、細分化が進むあまり、個々の領域内で議論が閉じてしまうことが問題なのである。領域内で固有の専門用語や言い回しが多用されて、あたかも門外漢を門前払いしているかのようである。この専門用語は、言葉そのものから意味を汲み取ることが不可能なアルファベット略号、カタカナ、造語がその典型である。科学の信頼性を保ち、科学を進化させて来た要素の一つが、カール・ポパーの言う「反証可能性」(falsifiability) *1である。これを保証するには、科学の領域が開かれたものでなければならない。その専門化が昂じて、領域外の科学者を阻害・排斥・除外するようなことはこれに逆行する。このような偏狭な領域が、島嶼(とうしよ)(離ればなれの島々)である。島嶼に閉じこもる科学者は、自分の島嶼外の科学者を正当に評価することができない。彼らは業績内容とは無関係なインパクト・ファクター*2や競争的資金*3獲得額をもって研究者の能力・将来性を評価するしかない。

②  筆者の描く自然科学は自然科学大系と呼ばれる大きな大陸を作っていて、その中に入る様々な領域は、独立した個別の島嶼の集団ではなく、高い山や、低い山、谷があるけれども地続きになっていて、自由に行き来ができる。「科学(者)は島嶼にはあらず」なのである。この考えは、「遺伝子は島嶼にはあらず」(“No gene is an island")という警句に相通じる。この警句が正確に誰の発案によるのか筆者は知らないが、生物進化、遺伝子進化を言い得て妙である。ご存じの方も多いと思うが、この警句は中世イングランドの詩人ジョン・ダン(John Donne)の詩の冒頭の一節“No man is an island"(「なんびとも一島嶼にてはあらず」)を洒落たものであろう。この詩の最後の一節にある“For whom the bell tolls"(「誰がために鐘は鳴る」)は、アメリカの文豪ヘミングウェイの不朽の名作の標題である。拙稿の標題もこれを真似たもので、“No science/scientist is an island"という英訳になる。すべての人が全人類という大陸を作っていて互いに繋がり合い、連帯し合っているのと同じように、一つ一つの遺伝子は孤立した島嶼ではなく互いに繋がり合って大陸を作っている。科学(領域)、科学者も孤島の集まりではなく全体として大陸を作っていて、自由に行き来し、互いに連携連帯していなければならない。科学(者)が島嶼を作るとすれば、それはあるべき科学(者)の姿には遠い。したがって、科学の大陸のどこかで起こる不幸な出来事(たとえば原発事故)は、「自分とはかけ離れた離島の出来事であるから、自分には無関係である」とは言えず、その大陸の住人(科学者)一人一人の問題でもある。また、科学(者)が立ち向かわねばならない地球的規模の諸問題(エネルギー問題、環境・気象問題、感染症問題、食糧問題、人口問題など)の解決には、広い科学的視野・素養が求められる。しかも、これらは互いに複雑に絡み合っていて、島嶼に閉じこもる科学(者)がいくら集まっても太刀打ちはできまい。同じように、科学の最前線に残された未解決の問題の解決も、島嶼の住人には歯が立つまい。

(三浦汐 著「科学(者)は島嶼(とうしょ)にはあらず」生化学86巻第3号(2014)。301頁より引用、一部改変〕

 

注釈*1反証可能性(falsifiability) ある仮説に対し、実験や観察によってそれが間違っていると証明できる(反証できる)かどうか、という概念。反証可能でない命題は非科学的命題である。カール・ポパーに従えば、真なる科学的命題とは、たえず反証可能性にさらされながらも、これまで反証されないで生き残っている命題である。

*2インパクト・ファクター 文献引用影響率、ある特定の学術雑誌に掲載された論文がどれくらい頻繁に引用されたかを示す尺度、この値が高いほど、影響カの大きい学術雑誌とされ、掲載された論文も学術的価値が高いとされる。

*3競争的資金 研究課題などを募集し、評価づけして、採用された研究課題に対して配分する研究資金。

設問1 下線部についてなぜ問題なのか、200字以内で説明しなさい。

設問2 地球規模の諸問題の解決には科学はどういう姿勢で対処したら良いか、あなたの考えを400字以内で述べなさい。

(2)考え方

設問2

地球環境問題のなかでも気候変動(地球温暖化)を例に挙げる。

この問題を考える際のアプローチをさまざまな角度から考え、学知と結びつける。

直接的には、気候学や気象学、地球物理学などの分野がこの問題を扱う。

温暖化の原因はCO2の増加にあり、CO2は化石燃料(石炭・石油)の燃焼によって発生する。

特に自動車の内燃機関や火力発電による排出量が大きい。

そうなると、機械工学やエネルギー工学の分野にすそ野が広がる。

自動車の信号待ちでエンジンをふかした状態のアイドリングや交通渋滞が排気ガスを排出し、CO2を増加させる。

こう考えると、信号待ちを少なくするための交通システムの構築といった都市設計などの建築学の知見も必要となる。

ことは理系のみにとどまらず、クールビズ、ウォームビズなどを考えると、服飾などのデザインにも範囲が広がり、さらには、自動車や服などの生産や消費をコントロールする経済学へと思考の対象はどんどん発展してゆく。

このような分野横断的、学際的な取り組みが気候変動の解決につながってゆく。

文章をまとめるときに、分野横断的という言葉を用いること。



(3)解答例

 設問1 

「反証可能性」が科学の信頼性を保ち、進化させて来た。これを保証するには、科学の領域が開かれたものでなければならない。しかし科学の専門化が昂じて、領域外の科学者を阻害・排斥・除外するようになる。このような偏狭な領域に閉じこもる科学者は、自分の専門外の科学者を正当に評価することができず、業績内容とは無関係なインパクト・ファクターや競争的資金獲得額をもって研究者の能力・将来性を評価するしかないから。

(198字)

 

設問2 

  気候変動の原因である温室効果ガスが地球温暖化に及ぼす影響は化学や気象学の研究課題である。しかし、この問題を解決するには、理系分野の研究者だけに限らない。温室効果ガスの主な成分はCO2であり、これは石炭・石油などの化石燃料の燃焼によって生じる。これは発電や自動車の内燃機関などを原因とする。温暖化の対策を講じるには、エネルギーや交通などの政治や経済の問題と合わせて考えなければならない。それだけにとどまらず、人々の行動変容まで期待しなければならない。

 ことは自然科学のみの領域だけでなく、政治学や経済学、心理学といった社会・人文科学の分野に渡る学際的な協力を仰がなければ、この問題の解決に向けた道筋は見えてこない。

 このように、地球環境問題は学問の領域を超えた横断的な知の結集が求められる。いまこそ、研究者は島嶼間に橋を架けて、国際的な協力体制を構築してこの問題に取り組まなければならない。(388字)

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