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「地域社会の動揺と地域社会再生のシナリオ」鹿児島大学後法文学部2014年

(1)問題


以下の課題文を読んで,次の設問に答えなさい。
 
問1 地域社会が動揺している原因について,筆者の主張を要約しなさい。(400字以上600字以内)
問2 地域社会再生のシナリオについて,あなたの考えを述べなさい。(400字以上600字以内)
 
動揺する地域社会

①地域社会は激しく動揺している。その最大の原因は工業の衰退にあるといってよい。しかも,1990年代から企業が工場立地を日本からアジアに,急速にフライト(逃避)させてしまったことが拍車をかけている。

②このように工業が衰退すると,地方都市の商店街も空洞化していく。もちろん,地方都市で工業も商業も衰退していけば,地方都市の財政も破綻してしまう。

③地方都市の財政が破綻すると,生活環境を保護する地域社会の共同事業が実施できなくなる。そうなると,工業によって荒廃した生活環境がさらに悪化してしまい,地方都市は人間が生活できるような都市ではなくなってしまう。

④こうして,本来,人間が集住する「場」である都市から,人間が流出していく。そのため地方都市は荒廃し,激しく揺れていくことになる。

⑤もっとも,こうした地域社会の動揺は日本に限ったことではない。先進諸国に広く見受けられる共通の現象といってよい。さらに,地域社会が揺れている原因が,工業の衰退という産業構造の変化に起因することも,先進諸国に共通な現象ということができる。

⑥ところが,地域社会が動揺しているという現象は,先進諸国にとって共通の道(Common path)だとしても,地域社会をいかに再生させるかというシナリオは一様ではない。つまり,地域社会が動揺するという過去の道は共通でも,再生をめざす未来への道は分岐してしまう。

⑦地域社会再生のシナリオは,大きく2つに分岐している。1つは市場主義にもとづく,日本を含むアングロ・アメリカン型の地域再生のシナリオである。もう1つは市場主義にもとづかないヨーロッパ型の地域再生の道である。
 
グローバル化とローカル化

⑧歴史には,「時代(ピリオッド)」と「画期(エポック)」がある。ピリオッドとは一定の社会経済の構造が維持されている時期であり,エポックとは1つの時代の社会構造が崩れ,新しい時代の社会構造が生まれる時期である。

⑨工業都市が現在衰退しているのは,われわれがエポックに生きているからである。中世から近代工業社会に転換した時期,19世紀末に軽工業の時代から重化学工業の時代へと転換した時期も,もちろんエポックである。

⑩こうしたエポックごとに,地域社会は大きく動揺する。われわれも今,エボックに生きている。このエポックでは,重化学工業の時代が終わりを告げる。

⑪重化学工業の時代を牽引した戦略産業は,自動車,家庭電化製品である。自動車にしろ,家庭電化製品にしろ,人間の手足の延長が分離して独立したメカニズムになったものということができる。つまり,自動車や電気洗濯機を想起すればわかるように,耐久消費財とは人間の手足の代替物なのである。

⑫ところが現在では,人間の手足の延長が独立したメカニズムになったものではなく,人間の神経や頭脳の延長が独立したメカニズムになったもの,具体的にいえば情報処理機器などが登場し始めた。このエポックを越えるには,こうした人間の神経や頭脳の延長が独立したメカニズムになったものを,われわれのライフスタイルの中に取り入れなければならない。つまり,情報社会や知識社会といわれる時代が始まろうとしているのである。

⑬工業都市が衰退しているのも,歴史が工業社会から情報・知識社会へ転換しているからである。とはいえ,情報・知識社会になったからといって物づくりが終わりを告げるというわけではない。

⑭人間は自然に働きかけ,自然を人間にとっての有用なモノつまり財(goods)に変形させる。こうした経済行為の本質は情報・知識社会になっても変化するわけではない。

⑮しかし,人間の自然への働きかけは大きく変化している。例えば綿花の生産も一昔前とは比べものにならないほど向上している。そうした生産性の向上は,単に人間の労働と資本が多く投下されたからではない。

⑯もちろん,農機具が進歩したことも見逃せない。しかし,そうした農機具の進歩には,それを発明した人間の知恵が寄与していることを忘れてはならない。農機具だけではない,肥料も害虫駆除の薬品にも,人間の知恵が反映されている。

⑰しかも,そうした人間の知恵には研究施設だけではなく,広汎な教育制度が貢献している。生産性の向上とは,人間の知識の向上のたまものだといってもいいすぎではない。

⑱重化学工業を機軸とする産業構造の時代から,情報・知識産業を機軸とする産業構造の時代に転換するといっても,自然を人間にとって有用なモノに変形させるという経済行為の本質が変化するわけではない。しかし,農業の時代であれば,自然の豊かさが決定的な役割を演じ,工業の時代であれば,自然に働きかける手段が決定的な役割を演じていた。ところが,情報・知識の時代になると,自然に働きかける主体である人間そのものの能力が決定的な役割を演じるようになる。

⑳人間の知識は,農業の時代であれば自然の豊かさを保つように,工業の時代であれば,自然に働きかける手段のために使われた。ところが,情報・知識の時代になると,情報・知識によって自然と人間との質料変換の最適化が追求される。つまり,生産物を情報・知識に包んで生産するようになり,工業時代のように大量生産・大量消費ではなく,最適な資源の使用が追求されるようになる。

㉑それは情報・知識を動かすことによって,自然の再生力を維持するようになるといいかえてもよい。情報を動かして,インターネットで必要なモノを注文すれば,遠くまで人が動いて買い物に行く必要はなくなる。情報や知識をグローバルに動かすことによって,ヒトが動かなくてもよいようになる。

㉒そのために情報・知識の時代になると,グローバル化とローカル化が同時進行をする。情報はグローバルに動くとしても,人間の生活は大地の上にへばりつくようになる。
 
反市場主義の都市再生

㉓工業社会から情報・知識社会へと転換するエポックに地域社会も大きく変貌を遂げる。工業都市は衰退し,地方都市は荒廃する。そこで,都市再生が課題となる。つまり,工業都市として散在している地方都市の再生がめざされるようになる。

㉔繰り返すと,地方都市の再生には2つのシナリオがある。1つは,反市場主義にもとづく都市再生のシナリオである。もう1つは市場主義にもとづく都市再生のシナリオである。

㉕反市場主義にもとづく地方都市再生のシナリオとは,ヨーロッパで「サスティナブル・シティSustainable city(持続可能な都市)」を合言葉に推進されている都市再生のシナリオである。ヨーロッパにおける都市再生も,市場経済が拡大し,ボーダレス化していくことと深く結びついている。

㉖市場経済が国境を崩しボーダレス化していくということは,国民国家の統合機能が弱まることを意味している。国民国家の統合機能が弱まれば,地域紛争勃発の危機が生じてしまう。ヨーロッパでは各地に,地域の自立を希求する紛争の火の手があがっている。

㉗フランスが今,頭を痛めている最大の政治課題は,激しいテロ活動をともないながら激化しているコルシカ島独立派の運動である。ヨーロッパの火薬庫バルカン半島でも紛争が絶えない。もちろん,スペインやフランスのバスク,イギリスの北アイルランドでも,流血の惨事がいつ生じても不思議ではない危機をはらんでいる。

㉘しかし,地域紛争というカオスの渦中から新しい地域再生のモデルの誕生という「偉大な物語」が語り始められている。つまり,地域紛争という国民国家の基盤を震撼させる出来事の背面で,新しい公共空間の再生が始まろうとしているのである。

㉙それが「サスティナブル・シティ」を合言葉に進められているヨーロッパの都市再生である。ヨーロッパの都市再生は,工業の衰退によって荒廃した都市を,人間の生活の「場」としての持続可能な都市に再生しようとする動きである。

㉚建築家岡部明子氏が指摘するように,ヨーロッパは「市民のヨーロッパ(Europe of Citizens)」をめざし,ヨーロッパ委員会が組織した専門家グループが1996年にまとめた「ヨーロッパ・サスティナブル都市最終報告書」で,「市場メカニズムに依存していたのでは,都市の持続可能な成長は実現できない」と,言下に市場主義を拒否している。つまり,ヨーロッパの地域再生とは,市場主義によらない地域再生であり,それは市民の共同の経済である財政による地域再生ということができる。

㉛財政とは市民が支配する市民の共同の家計である。財政では,市民の共同負担によって,市民の共同事業が実施されていく。

㉜工業によって荒廃した都市を,人間の生活する「場」として再生しようとするヨーロッパの地域再生では,財政による市民の共同事業として,自然環境の再生が最優先される。つまり,工業によって汚染された大気,水,上壌を甦らせることが,市民の共同事業の中心テーマとなる。
 
環境と文化による地方都市再生

㉝ヨーロッパの都市再生のキーワードは,環境と文化である。工業によって破壊された環境を改善するとともに,工業にかわる知識産業を地域に伝統的な文化を復興させることによって創り出そうとする。

㉞ヨーロッパ都市再生の優等生であるフランスの東部,アルザス地方のストラスブールでは,汚染された大気を浄化するために,市民の共同事業として,LRT(Light Rale Transit:次世代路面電車)を敷設して,自動車の市内乗り入れを原則的に禁止してしまった。

㉟もちろん,こうした市民の共同事業は,市民の共同負担によって賄われなければならない。ストラスブールでは次世代路面電車敷設という共同事業のために,企業の支払賃金の1.75パーセントまで課税できる公共交通機関税を導入した。

㊱前述のように,ヨーロッパ都市再生では,自然環境の再生とともに,地域文化の再生が,都市再生の車の両輪となる。というのも,地域紛争に噴出する地域自立への熱情が,ヨーロッパ都市再生を支えているからである。

㊲つまり,国民国家が成立する以前から,その地域社会が育んできた地域文化の復興をめざそうとする。しかも,それを国民国家の枠組みを越えた地域軸で,ヨーロッパにそして世界に発信していく。

㊳ストラスブールでいえば,フランスとドイツの文化を融合したアルザス・ロレーヌの固有の文化の復興をめざす。ストラスブールとともに都市再生に成功した都市として並び称されるスペインのビルバオも,汚染された水質の浄化という自然環境の再生とともに,伝統的なバスクの文化を再生しようとする。

㊴文化の復興は人間を成長させる教育の復興とも連動する。つまり,文化復興の共同事業は教育振興の共同事業と融合する。ストラスブール大学には5万5000人の大学生が学んでいる。ストラスブールの人口は23万人にすぎない。つまり,ストラスブール市民の4人に1人は,大学生ということになる。都市が人間の生活空間として再生すると,教育機関や国際機関も引き寄せられてくる。ヨーロッパ議会もストラスブールに設置されている。さらに,ミッテラン政権の地方分権改革の一環として,フランスの超エリート養成機関であるENA(国立高等行政学院)も,ストラスブールに移ってきたのである。

㊵もちろん,グーテンベルクやパスツールという偉人を生み出したストラスブールでは,固有の文化に根差した研究機関も整備され,バイオなどの研究が花開いていく。こうして「自然的,文化的,人間的」都市の魅力を輝かせたストラスブールは,経済界の懸念をよそに,都市経済も活性化していく。

㊶自動車の進入しない「人間が歩きたくなる」ような市街地の地価は上昇し,高級ブランド店やフランチャイズ店が進出して,商店街は活況を呈している。市場主義による都市再生によって,市街地の地価が下落し,かつ商店街が荒廃している日本の現状とは,好対照をなしている。

㊷しかも,「人間的」都市に優秀な人材が集結し,新しい産業が芽生え,ストラスブールでは雇用も増加している。日本では,市場主義にもとづく構造改革が順調に進んでいる証拠として,倒産が相次ぎ,失業が激増している。こうした現実も対照的である。
㊸宇沢弘文東京大学名誉教授が指摘するように,ヨーロッパ都市再生の秘密は,市民が共同負担にもとづいて,共同事業を実施できる財政上の自己決定権にある。市民が支配する財政によって,市民の共同事業として都市再生が実施されれば,大地の上には人間の生活が築かれることになる。
 
市場主義にもとづく都市再生の失敗

㊹ヨーロッパの反市場主義にもとづく都市再生に対して市場主義にもとづく都市再生はアメリカや日本でみられる。クリントン政権のもとでまとめられた都市再生の主張も,持続可能性を謳っているけれども,その持続可能性は経済成長の持続をめざす都市再生である。

㊺今から20年ほども前,日本は「民活」の名のもとに,市場主義にもとづく都市再生を志した。「民活」のモニュメントとして関西空港や東京湾横断道路を築き,バブルという一炊の夢にもふけることができた。しかし,夢からさめてみれば,「失われた10年」と,それに引き続く破局への道が待ち構えていただけである。

㊻ところが,失敗に学習することなく,今また市場主義にもとづく都市再生が展開している。大地の上に巨大な構造物が聳立(しょうりつ)するけれども,大地の上から人間の生活は奪われ,無機質な「死せる都市」が誕生するだけである。

[出典]神野直彦『地域再生の経済学』中央公論新社,2004年による。ただし,問題作成のため,原文の一部を改変している。
 
宇都宮ライトレール開業(2023年8月26日)


(2)ヒント


以下の記事を参照してください。


 (3)解答例


 
問1

地域社会が動揺している最大の原因は工業の衰退にある。1 9 9 0年代から企業が工場立地を日本からアジアへ急速に逃避させたことが衰退に拍車をかけている。工業が衰退すると,地方都市の商店街も衰退し,その結果,地方財政も破綻する。そうなると生活環境を保護する地域社会の共同事業が実施できなくなり,工業によって荒廃した生活環境がさらに悪化し,地方都市は人間が生活できるような都市ではなくなる。こうして,本来,人間が集住する都市から,人間が流出していくため地方都市は荒廃し,激しく揺れていくことになる。1つの時代の社会構造が崩れ,新しい時代の社会構造が生まれる時期をエポックという。工業都市が現在衰退しているのは,われわれがこのエポックに生きているからである。現在は重化学工業の時代が終わり,歴史が工業社会から情報・知識社会へ転換するエポックであり,その結果,工業都市が衰退し地域社会の動揺が続いている。今から20年ほど前「民活」の名のもとに市場主義にもとづく都市再生が日本で行われ,関西空港や東京湾横断道路を築き,バブル経済を招いて一時的に経済成長したが,バブル崩壊により「失われた10年」を招き引き衰退が加速した。(496字)

問2 

 地域社会再生には地域の文化財や自然環境などの地域資源を発掘,再発見して利活用することにより地域の持つ潜在的な力を引き出すことが重要と考える。自然環境とは,棚田や田園風景といった景観や自然環境を利用した再生可能エネルギー等がこれにあたる。地域文化の例として伝統食が挙げられる。このレシピや調理法は地域の高齢者が保持している。こうした技術を若者へ伝えてゆくことで持続可能性を担保することができる。

 自然環境を生かした地域社会再生は観光の振興に繋がるが,オーバーツーリズムの弊害を招き,かえって環境を自然破壊し,住民の安寧を妨げる弊害をもたらす。このため,地域振興と環境保護の両立が図られるべきである。方策として,公共の交通機関を整備しながら自動車の乗り入れを規制することが挙げられる。農泊による観光客の農業学習や専門的な資格を持つガイドによって自然保護を学ぶグリーンツーリズム・エコツーリズムの促進も有効な手段となり得る。こうした知識や技術の啓蒙・教育を進めることが地域社会再生の鍵となる。

 市場経済一辺倒の地域再生は地域の衰退を加速し,人口減少や地域環境の劣化による衰退への悪循環を誘導する。地域住民のエンパワーメントを通して,行き過ぎた市場主義を抑制し,地域住民も来訪者も双方が居心地のよい地域環境を住民が主体的につくってゆくことが何よりの処方箋となるにちがいない。(600字)

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