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「スローリーディングの意義」富山大学人文学部後期2017年

(1)問題

次の文章は読書におけるスロー・リーディング(遅読)ついて述べたものです。文章を読み,設問に答えなさい。
 
①  読書の面白さの一つは,読んだ本について,他の人とコミュニケーションが取れるということだ。

②  相手がその本を読んでいないときには,是非にと推薦する楽しみがある。自分の感動したものについて,それを誰かに教え,その人にも同じ感動を味わってもらいたいという気持ちを抱く人は多いだろう。

③  また,すでに読んだという人と,感想を語り合うことも,もちろん楽しいことだ。見ず知らずの人とでも,同じ本を読んでいたというだけで,仲良くなれることもある。同じ感想を抱いていれば,それで大いに盛り上がるだろうし,違っているなら,どう違うのかを話し合うことで,自分の考えの幅を広げることができるだろう

④  黙読の習慣が広く一般化したのは,近代になってからだと言われている。19世紀のヨーロッパ絵画の中には,読書する女性の姿がしばしば見受けられるが,そんなふうに家で一人で女の人が本を読んでいる姿が,当時としては新鮮だったのであろう。現代では,読書は完全にプライヴェートな趣味となったが,しかし,読書という行為は,読み終わった時点で終わりというのではない。ある意味で,読書は,読み終わったときにこそ本当に始まる。ページを捲りながら,自分なりに考え,感じたことを,これからの生活にどう生かしていくか。――読書という体験は,そこで初めて意味を持ってくるのである。速読は,読書を読み終わった時点で終わらせてしまう読み方である。しかし,スロー・リーディングは,読書を読後に生かすための読み方である。

⑤  ザッと目を通したという程度では,人と語り合う際にも,曖味で,どことなく自信なさそうな語り口となってしまう。相手に話をふられても,「うん,ちゃんと読んでないんだけど……」だとか,「細かいところは,覚えてないんだけど……」などと,不本意な言い訳をしなければならなかったという経験は誰にでもあるのではないだろうか? そうすると,相手は,この人は,本を読んでも,何も感じない,自分の意見一つ満足に持てない人なのだと見なしてしまうものだ。普段,よく会話をする友達ならともかく,初めて会う人は,そうした言動から相手を判断するしかないのである。

⑥  見方を変えれば,読書は,コミュニケーションのための準備である。自分の考えをうまく人に伝えられないと悩む人は多いが,いきなり人前に出て,考えてもみなかった事態に対して,何か意見を言ってくれと言われても,難しいのは当然である。読書は,そうした現実に備えて,様々な状況を仮想的に体験させてくれる。そして,スロー・リーディングを通じて,そうした中で,自分だったら,どう感じ,どう行動するかをじっくりと時間をかけて考えておけば,思いがけない事態に直面したときにも,気負わず,普段,考えている通りのことを言えばいいのである。一冊の本を読むという体験は,誰にとっても同じものではない。独善的にならず,まずは作者の意図を正確に理解し,その上で,自分なりの考えをしっかりと巡らせることができれば,読書はその人だけの個性的な体験となる。スロー・リーディングは,個性的な読書のために不可欠な技術である。
平野啓一郎『本の読み方スロー・リーディングの実践』(PHP新書,二〇〇六年)より
出題の必要により,引用文は一部書き改めたところがある。
 
問1 著者が傍線部分で「読書は,読み終わったときにこそ本当に始まる」と主張する理由を二〇〇字以内でまとめなさい。

問2 速読とスロー・リーディングについての著者の考えを踏まえたうえで,読書はどうあるべきか,あなた自身の読書体験に照らして八〇〇字以内で論じなさい。

(2)考え方

速読とスローリーディングとの特徴を要約する。

①速読
読書を読み終わった時点で終わらせてしまう読み方である。
人と対話する際に,曖味で自信なさそうな語り口となってしまう。その結果,相手からは,本を読んでも,何も感じない,自分の意見一つ満足に持てない人なのだと見なされる。

②スロー・リーディング
独善的にならず,作者の意図を正確に理解し,その上で,自分なり思考を巡らせることで読書は自分だけの個性的な体験となる。この体験を通して他者とのコミュニケーションに生かすことができる。


 

(3)解答例

問1 
読んだ本を相手に推薦し感動を分かち合い,感想を語り合う。同じ感想を抱いていれば盛り上がり,違っていれば,話し合うことで自分の考えの幅を広げることができる。このように本を通して他者とコミュニケーションが取れる。また,読書は自分なりに考え,感じたことを,これからの生活にどう生かしていくかを仮想的に体験させてくれる。人前で想定外の事態に対して意見を求められたときに読書を通して考えたことを発言できるから。(200字)

問2
 クラスメートのSさんは大変な読書家である。Sさんから推薦された本を読むと、常に新しい知見が得られて視界が開ける。推薦された本には、地球環境問題や多文化共生など、現代の困難な課題を切り開く上での重要なヒントが毎回隠されている。このような経験が度重なると、私のSさんに対する見方が違ってきた。知の最先端を行く時代の開拓者。このようなSさんに対する評価が私の中で確立した。

 推薦された本に対する意見をSさんと意見交換するなかで、作者が前提とする思想や先行研究や、逆に本の作者の掘り下げが足りない新たな課題などが明らかとなり、次に読むべき本のリストが浮かびあがってくる。

 このように、スロー・リーディングは質的に中身が濃い読書の時間を生き、他者との間でその時間の一部を共有できるうえ、過去から現在、未来にかけての知の導きを得ることができるという楽しみがある。これに対して速読は本の大略はつかんでも、細部に隠された重要な論点をスルーすることになり、レトリックの妙をじっくりと味わうという喜びにも欠ける。他者との会話でも、単に同じ本を読んだか否かを確認するだけに終わり、ともすると読書量を競い合ったり、いわゆる文豪の書いた本や世界文学を読んだという事実だけを誇示したりするだけという結果になる。こうした読書は単に人との競争に勝つことや優越感に浸ることに読書の意味を見出すという空しさしか残らない。これでは、濃密な人間関係を築く触媒としての読書の働きは不十分となる。

 スロー・リーディングは速読とは異なり、読書そのものの楽しみに加えて、同じ本を通して人との交流や知的刺激を喚起することでこの世界をさらに探求したいという、知の喜びをもたらす。このような意味で人生の愉悦を二重三重に味わうことができる至高の営みである。(784字)

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