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【治験と臨床試験】医歯薬看護系小論文演習問題

(1)問題

①発病とは、健康な人が、ある日具合が悪くなり、病気になることを意味する.しかし、一 部の人は、生まれた直後から症状がでて、深刻な状況になってしまう.このような場合は、しばしば染色体や遺伝子の問題が原因となっている.全身の細胞の染色体に異常があることで多くの遺伝子が正常に機能できないため、あるいは重要な役割を持つ遺伝子に変異があるために、臓器あるいは体全体がうまく機能しないのだ.前者を染色体異常、後者を遺伝 子疾患と呼び、命に係わることもある.これらのケースは、発病したというより、むしろ病気を持って生まれ、ほどなくして発症したということだ.

②重症の先天性遺伝子疾患の場合でも、食事内容を管理したり、屋外活動を控えたりといった大きな制限の下で、疾患の原因である遺伝子が作るはずだった正常な機能を持つタンパク質を薬として一生投与し続ければ、生きていけることがある.しかし、このような対処では、患者の自由が奪われ、またその人生の質は大きく下がってしまう.

③そこで、遺伝子そのものを操作することで、そうした患者の治療をめざすのが「遺伝子治療」だ.患者の体細胞のゲノムに正常型の遺伝子を組み込み、タンパク質を作れるようにする.明快な治療コンセプトだ.薬剤であれば、最終的には体内で分解されて排出されてしまうため、一度の服薬では短期的な効果しか望めないが、遺伝子治療であれば長期間の効果がえられる可能性がある.うまくいけば、先天性の遺伝子疾患の患者が初めて健康となることができると期待されている.(中略)

④さて、従来の遺伝子治療にせよ、ゲノム編集注.1治療にせよ、さらにはその他のあらゆる治療方法や新薬、医療機器にせよ、それが実際に多くの患者に用いられるためには、研究室で開発された後に何段階もの人での試験を行い、有効性や安全性が確認されなければならない.なぜなら、人体への医療介入は、直接あるいは間接的に、一定のリスクを伴うためだ.安全性が未検証なまま、新しい医療を全国の病院で多くの患者に用いてしまえば、社会的な大問題に発展する恐れがある.

⑤実験室でつくられた新薬候補物質や医療機器の試作品は、まず動物実験で安全性と有効性が評価される.この動物実験で有望と判断されると、医療現場で本格的に用いられる前に、数人から数百人規模の患者、場合によっては健常者の協力を得て試験が行われ、そこでさらに安全性や有効性の評価がなされる.

⑥日本において、人を対象とする医学研究には、大きく分けて3体系ある.

⑦「臨床研究」は、医師が臨床現場において行う研究で、既に行われている治療の効果や予後を観察する研究のほか、実験的な治療を行う研究がある.

⑧「臨床試験」は、臨床研究の中でも、特に医療介人(予防、診断、治療)の方法の安全性と有効性を評価することを目的とする.実験的な新しい医療が有効か試され、かつ、客観的評価される点が特徴である.

⑨「治験」は、臨床試験の中でも、国に新薬や医療機器の製造販売の承認申請を行うことを目的としており、実施者は医師の他、製薬会社となっていることもある.新薬や医療機器が販売承認されれば、一般的に使われることになる.つまり、「治験」は「臨床試験」に含まれ 、「臨床試験」は「臨床研究」に包含される関係だ.臨床試験や治験は、通常、健康な人(あるいは患者)の協力を得て、安全性や体内動態を中心に調べる「第一相試験」、患者の協力を得て安全性を確認しつつ有効性を評価する「第二相試験」、得られた有効性・安全性をより多くの患者の協力を得て検証する「第三相試験」に分類され、通常この順番で進行する .第一相から第三相に展開するにつれ 、被験者の人数はおよそ数十人→数百人→数千人と 多くなっていく.また、新薬などが市販となった後には「第四相試験」が行われ、有効性と安全性にかかわる情報がさらに収集される.

⑩臨床試験は、実施前に審査にかけられる.これは、被験者をできる限り守るためだ.この審査の体系は、第一次世界大戦後の1947年にまとめられた「ニュルンベルク綱領」(人対象とした試験の10か条)を基礎としている.その筆頭にくる条項は、「実施に先立ち、被験者の自発的な同意を必ず得ること」だ.また、「医学的意義があると判断できる試験のみ実施が許される」とし、動物実験の結果に基づく合理的設計の試験であることを求めている.

⑪1964年、この綱領をベースにまとめられた医学研究のルールが「ヘルシンキ宣言」であ り、人を対象とする医学研究の倫理規範として、これが事実上の世界標準となっている.順次改訂が行われ、最新版は37条からなっている.

⑫ニュルンベルク綱領との大きな違いの一つは、第23条の「研究倫理委員会」の条項だ.人を対象にした試験研究の計画は、事前にこの倫理委員会の承認を得る必要があるとしている.倫理委員会は、人間を対象とする医学研究の目的の重要性が被験者のリスクおよび負担を上まわるか、リスクを最小化させるための措置が講じられているか、リスクは継続的に監視・評価・文書化されるようになっているか、慎重に審査することになっている.倫理委員会が問題ないと判断した場合、その臨床試験は実施できるが、審査の結果、計画を変更するよう指示がなされたり、場合によっては実施不可とされたりすることもある.

⑬倫理委員会は、医学部が設置されている大学や医療機関に設置されている.通常は第三者委員会であり、委員は、医師、生物医学者など専門家だけでなく、生命倫理研究者、法律家や患者団体関係者などを含み、かつ男女比なども考慮される.

⑭新しい医療の場合に大切なのは、リスクがどの程度明らかになっているか、そしてその想定されるリスクの程度は、期待される利益と比べてどうかを慎重に推し量ることだ.

⑮リスクを評価する際にはまず、試験で対象とする患者の要件が重要となってくる.系統、週齢や性別などを容易にそろえることができる実験動物と違い、患者は老若男女いろいろだ.同じ病気の患者でも、重症の人から軽症の人まで様々であり、また病歴も人によって異なる.

⑯また、リスク評価においては、人体への介入方法がどういう内容かも重要だ.薬剤の場合、 体内に吸収され、分解、代謝、尿などに排出される.そのため、体内にある期間を中心に予後注.2を見て、介入した効果を評価することになる.手術の場合には、予後のほか、手術を行う医師の技量や術の難易度もまた、リスクを左右する要素になる.なかでも臓器移植手術の場合には、臓器提供者と移植を受ける患者の双方に介入が必要であり、移植を受けた患者については、移植による拒絶反応を薬剤できちんとコントロールできているか、移植臓器が機能しているか、長期のフォローアップが必要だ.(中略)

⑰さて、倫理委員会での承認を得た後、医師らは臨床試験を開始できるが、被験者として参加する、しないは個々の患者の自由であり、誰の影響も受けてはならないことになっている.入院している病院で研究募集案内をみて、新しい医療を試すチャンスとして話を聞いてみた上で断ってもいいのだ.断ったとしても、入院している病院で、きちんと医療が受けられなくなるなどの不利益はあってはならない.また、患者がいちど同意しても、後でよく考えて、その同意を撤回するのも自由だ.患者が未確立の医療の副作用で死亡したり、重大な後遺症などを負ったりするような事故を未然に防ぐことが最優先なので、こういうルールになっている.

⑱とはいえ、どんなに配慮しても、人体への介入にはリスクがある.その臨床試験を受けることで得られると期待される利益だけでなく、想定しうるリスクを、その程度も含めて患者によく説明し、理解してもらい、そして自発的な同意を得ることが最重要なのである.
(出典 石井哲也『ゲノム編集を問う』岩波新書、2017年)


1. ゲノム編集
ゲノム上で任意の遺伝子を改変する技術。人工ヌクレアーゼというDNA切断酵素を用いて、目標とする遺伝子を破壊したり、挿入したりすることを指す。遺伝子治療や農畜産物の育種に応用する研究が進められている。
2. 予後
今後の病状についての医学的な見通し。病気の進行具合,治療の効果,生存できる確率など,すべてを含めた見通し。これから病気が良くなる可能性が高いか,悪くなる可能性が高いかの見通しを指す場合もある。


問題1 臨床試験や治験にとって注意すべき点は何か。200字以内で書きなさい。

問題2 この参考文を踏まえて、医療従事者の倫理について書きなさい。

(2)考え方

問1 要約するときには要旨にかかわる重要な部分にアンダーラインを引き、キーワードにマルをしながら読むこと。

以下、重要な文章を抜き出しました。

・安全性と有効性が正しく評価されること。⑤

・実施に先立ち、被験者の自発的な同意を必ず得ること⑩

・医学的意義があると判断できる試験のみ実施が許される⑩

・目的の重要性が被験者のリスクおよび負担を上まわること⑫

・リスクを最小化させるための措置が講じられること⑫

・リスクがどの程度明らかになっているか、そしてその想定されるリスクの程度は、期待される利益と比べてどうかを慎重に推し量ること⑭

・人体への介入方法(薬剤、手術、臓器移植手術)ごとにリスク評価する⑯

・患者が臨床試験や治験を断っても、不利益を受けない⑰

・患者が未確立の医療の副作用で死亡したり、重大な後遺症などを負ったりするような事故を未然に防ぐこと⑰

・臨床試験を受けることで得られると期待される利益だけでなく、人体への介入に伴って想定されるリスクを、その程度も含めて患者によく説明し、理解してもらい、そして自発的な同意を得ること⑱

この文章のキーワードは「安全性」と「有効性」になります。

治験イラスト

(3)解答例


問1

患者が未確立の医療の副作用で死亡したり、重大な後遺症などを負ったりするような事故を未然に防ぐことが求められる。このようなリスク評価を人体への介入方法ごとに明確にし、これを最小化させるための措置が講じられること。期待される効果が想定されるリスクと比べて上回るか否かを慎重に考量すること。そしてリスクを、その程度も含めて患者によく説明し、理解してもらい、そして自発的な同意を得ることが重要である。(196字)

問2

 薬剤や手術などによって患者の心身に直接働きかける医療行為は、ともすると患者に深刻な副作用や後遺症をもたらし、場合によっては生命の危機に直面させることもある。したがって、医療従事者はその処方や施術の安全性と有効性を正しく評価し、インフォームドコンセントを徹底させたうえで処置を行なうことが課せられる。これは患者の知る権利と自己決定権に基づくものである。

 医師は処方や施術について丁寧な説明に努める一方,リスクや苦痛を伴う治療法を伝える場合,予想される患者の精神的負担についても十分に配慮する必要がある.看護師や薬剤師、カウンセラーやなどの組織的な協力を仰ぎ,きめ細かなケアを通してチーム医療の精神で職務にあたるべきである.
現代では患者中心主義の医療が求められている。医療従事者は患者の生命と人権を守って業務を遂行する上で医療倫理の確立は最重要課題であると考える.(391字)

(4)解説

医療行為は侵襲という特徴を持つ。侵襲とは、身体に及ぼす物理的な影響のことで、手術の際の切開や、放射線の照射、薬物の投与などが侵襲にあたる。

これは患者の治療という医療の目的があるから許される行為であり、この目的以外の侵襲は犯罪になる。

医療目的であるとはいえ、侵襲は身体に一定のダメージを与える。患者の年齢や病状によっては、手術などに耐えられず、医療行為が患者の生命に危険を及ぼすこともある。

このような理由により、侵襲による治療効果と身体へのダメージをはかりにかけて、前者が後者を上回るときに初めて侵襲は医療行為として許される。

医療行為で100%安全性が保障されているものはないが、上記のことを衡量し、なおかつ治療の安全性に最大限配慮することが求められる。

さらに、医療費は保険料と患者の負担から拠出されるが、そのうち国庫負担の占める割合も高率となっている。

高額の医療費を支払っても、まったく効果が見られない場合には、費用と時間と労力の無駄になる。

したがって、医療行為には有効性もこれが許される重要な条件となる。

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