【本】「マーケット感覚を身につけよう」「ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」」「セーラが町にやってきた」

FacebookもLINEも、どうも好きじゃない。Twitterだけはアクティブに使っていたけど、「自分の思考の発信用」という意味合いが強く、コミュニケーション用ではなくなっていたし、今ではほとんど見ていない。

多くの人々は今、「繋がること」に大きな価値を求めているように思う。「繋がっているという状態」に、そして「そのことを常時確認し続けられる環境」に、安心感や人間的な親しみを覚えるのだろう。

しかしやはり僕は、「繋がった上でどうするのか」という点が大事に思えてならない。それは、ビジネスだけに限らない。歴史や芸術や伝統の継承という点でも、国際化が叫ばれる世の中では諸外国との関わり方という点でも重要だし、日常生活の様々な点で関わってきもするだろう。

繋がった後のその先のステージを感じさせる3冊です。

ちきりん「マーケット感覚を身につけよう 「これから何が売れるのか?」わかる人になる5つの方法」

「おちゃらけ社会派ブロガー」としてネット上で良く知られているちきりん氏が、これからの世の中を生きていくのに必要だと主張する「マーケット感覚」について、それがどんな能力でどう身に付ければいいのかなどを指南する本だ。

本書で「マーケット感覚」とは、こんな風に定義されている。

【商品やサービスが売買されている現場の、リアルな状況を想像できる能力】
【顧客が、市場で価値を取引する場面を、直感的に思い浮かべられる能力】

これだけだと少し伝わりにくいだろう。分かりやすく伝えるためにちきりん氏は冒頭で、「ANAのライバルは?」という問いを読者に投げかける。この事例は、非常に面白い。まさに「リアルな状況」「価値を取引する場面」を思い浮かべられるかが重要になってくる問いで、すぐ答えを見てしまうのではなく、自分で考えて答えを出してみてほしい。

モノでもサービスでも、何かを「売る」「提供する」という立場にいる人には是非読んで欲しい一冊だ。あらゆる業界でモノやサービスが売れにくくなっているように感じられるが、しかしそれでも、突出して売れている状況も存在する。それは企業であったり個人であったりするが、意識的にせよ偶然にせよ、それは「マーケット」から受け入れられた証である。日本は「良いモノを作ること」に長けていると言われるが、「マーケットに受け入れられるように提供すること」はあまり上手くない印象がある。そのための感覚をどう磨いていくかが本書の大きな焦点の一つだ。

「マーケット感覚」の一側面として、「価値に気づく能力」がある。ちきりん氏は本書の中でこんな風に主張する。

『どんな分野であれ10年も働いたら、「自分には売れるモノなど何もない」なんてことはありえません。もしそう感じるのだとしたら、その人に足りないのは「価値ある能力」ではなく、「価値ある能力に、気がつく能力」です』

価値を持っているのに、持っていることに気づいていない人が多くいる。価値に気づけなければ、それを売ることも当然出来ない。
それは専業主婦でも同じだ。日本のキャラ弁は世界的に高いクオリティと認められているし、キャラ弁までいかなくても、ごく一般的な主婦の調理能力でも、外国人向けに料理教室が開けるほど、日本人の料理の能力は高いのだ、と。

また、「価値ある能力に、気がつく能力」に近いけれども、「誰にとってどんな価値があるのか、見極める能力」も、「マーケット感覚」の一側面である。ちきりん氏は、自身がブログ上で薦めた電気毛布について、「家の中をずっと歩きまわっている人(小さな子供を抱えた主婦)には役に立たない」という反応を受け取った。それによってちきりん氏は、「同じ場所にずっと座っている受験生やプログラマにオススメです!」という宣伝文句を思いついた、という事例を挙げている。

自分にどんな価値があり、そしてその価値がどんな人に有益なのかを考えること。これはまさにコミュニケーションと言っていい。「売る」というだけでなく、いかに「繋ぐ」かということに主眼をおいた時、それまで見えてこなかったやり方が見えてくる。「マーケット感覚」という概念をしっかり捉え、訓練によって伸ばすことによって、情報や物事の受け取り方が大きく変わっていくだろう。

高瀬毅「ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」」

長崎には、原爆の歴史を色濃く残すような遺構が存在しない。

原爆投下から10年後、爆心地近くで生まれた著者は、母から繰り返し被爆体験を聞いた。しかし、「浦上天主堂」という存在についてはまったく知らなかった。浦上天主堂は、原爆によって半壊し悲惨な姿のまま廃墟となったキリスト教の教会である。長崎に住む者でも、浦上天主堂について知っている人は多くはないという。何故広島の原爆ドームのように保存されなかったのか。
そこには、江戸幕府によってキリスト教が弾圧された際、隠れキリシタンにとっての聖地であった浦上という特殊な土地柄と、アメリカの遠大な世界戦略の存在があった。

当時長崎大司教区のトップだった山口大司教、医学博士でもあり、「長崎の鐘」という本で一躍時の人となった永井隆、そして当時の長崎市長であった田川市長。主にこの三人の動向を丹念に追うことによって、浦上天主堂が解体されてしまった歴史を辿っていくことになる。

隠れキリシタンの歴史を持つ長崎がどれほどキリスト教と関わり深い土地であるかという歴史、何故浦上に原爆が落とされることになったのかという経緯、アメリカが抱く世界戦略。姉妹都市やフルブライト留学など、原爆投下と関係なさそうな事柄までもが組み込まれ、浦上天主堂を舞台に、壮大な物語が展開されていく。

原爆が取り上げられる時、いつも広島ばかりが注目される。長崎は「劣等被曝都市」だ、そんな表現がされることもある。広島の「怒り」とは違い、「祈り」によって核廃絶を訴えていると評される長崎。その背景には、キリスト教が根付いた土地だったということも大きな影響を与えているだろうが、一方で、アメリカの間接的な介入によって浦上天主堂が保存されなかったことも大きいだろう。原爆投下という、日本の歴史においても非常に重大な出来事でも、たった50年で忘れ去られてしまうという事実を、僕たちはもう一度認識し直すべきだろう。

「歴史」は過去だが、「歴史を繋ぐこと」は未来だ。長崎に住む者であっても知っている人は多くないという浦上天主堂を巡る出来事。著者が丹念に掘り起こしたこの歴史を、僕たちは記憶に留めておくべきだろう。

清野由美「セーラが町にやってきた」

この本を読んだことがきっかけで長野県小布施町に興味を持ち、最近実際に行ってみる機会を持つことが出来た。主な観光場所は駅前の小さな区画に集中していて、狭いながらも様々な工夫が凝らされた印象的な町並みだった。炭を埋め込んだような歩道、住居脇の細い路地や飲食店の店内を町公式の通路として設定していること、駅で無料で行ってくれる町案内ガイドなど、外から人を呼びもてなすのだという気概を強く感じる町だった。

セーラは、造酒屋の店主である市村氏の様々な活動によって小布施町に観光客が増え始めた頃に小布施町にやってきて、小布施町の町としての魅力をさらに高めるのに尽力したパワフルな女性だ。貪欲な行動力を持て余し、会社に入ってこき使われるのはゴメンだと思っていたセーラは、長野オリンピックの際に来日し、オリンピック関連団体で働き始める。しかし、碌な仕事をさせてもらえないまま時間だけが過ぎていく。そんな中、縁あって小布施町の市村氏の元へ行くことになり、そこから「台風娘」と呼ばれるほどの疾風怒濤の活躍を見せることになる。国際北斎会議を小布施町で開催できるよう誘致し、ボロボロだった蔵をレストランに蘇らせ、果ては戦後廃れてしまった「木桶仕込み」の酒を復活させるという大プロジェクトもスタートさせ、そのすべてを成功させてしまう。

「事務能力でいえば、日本の中堅の人材よりもドーンと下に下がる。でも独創性や交渉力は、一般的な経営者より数段突出している。社員としては最低、役員としては最高」と言われたセーラ。思い立ったらその瞬間から行動するという異常な行動力、どんな相手との交渉でもやり遂げるタフな交渉力、常にお客さんのことを考える気配り、日本人以上に日本の文化・伝統を学び精通する文化的素養。市村氏に「それは無理だと思う」と言われてからセーラの仕事は始まる、というぐらい無茶なことばかりし続け、そしてそれをやりきってしまうセーラと、予算の10倍の金をつぎ込んでもセーラのやりたいようにやらせた市村氏の懐の大きさが、小布施町という地方の町を全国的に知らしめる大きな両輪だっただろうと思う。

毎年人口の100倍を超える観光客がやってくるという小布施町。「夢は諦めなければ叶う」という言葉はよく聞くけど、セーラの場合は「夢」でも「叶う」でもなく、「それしかない未来を諦めずに掴みとる」なのだろうと感じる。
セーラは、人を繋ぎ、伝統を繋ぎ、そして未来への可能性を繋いでいく。一緒にいたら、大変そうだろうけど、楽しそうだろうなとも思うのである。

『アイデアがひらめいた時や、これはちょっと違うと思った時、社長に話をしに行くと、「セーラの言っていることはよくわかるが、タイミングが悪い」と、いつも言われました。でも、いいタイミングってなんですか。そんなものは、本当はないんですよ。相手のタイミングをうかがっていたら、それこそ自分が行動に移すタイミングを逃してしまいますよ』

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