【本】久保ミツロウ「モテキ」

内容に入ろうと思います。
主人公の藤本幸世は、派遣会社で働く30歳。ほとんど事故みたいなのを除けば、生まれてこの方童貞。モテたことなんて一度もないし、女性とどんな風に付き合ったらいいかわからないし、でもこんなんで結局30歳まできちゃったし、カッコイイわけでもないし金持ちなわけでもないし、どうせもう俺なんかダメだよなー、的な鬱々とした感じが漂っていて、それが余計に女性を遠ざけてしまうような、意味不明な悪循環の中にいたりする。
そんな幸世に、突如「モテキ」が到来する。ある夜、昔ちょっと関わったことのある女性たちから久々に一斉にメールが来たのだ。
なんだこれ?いやでも落ち着け、別にただ連絡が来ただけで好きだとか言われたわけでもねーし…。
土井亜紀は、かつて同じ派遣会社で働いていたことがある女性。会社では地味な感じで、全然話したこともなかったんだけど、ある日突然フェスに一緒に行くことになって、そこで会社と姿を見て気になってしまう。亜紀の気持ちは、割といつも幸世に向いているんだけど、幸世が自己卑下で鬱々とした自信無さすぎる男で、亜紀みたいな美人に好かれるわけがないと何も行動できないでいる、そんな様に亜紀はイライラしている。
中柴いつかは、テレビの世界で照明の仕事をしている、女っ気のあまりない女性。幸世はいつかとある飲み会で出会い、そこから女友達として女性として意識することのない付き合いを続けていた。のだけど、ある時いつかにラーメンを食べに行こうと誘われたのが日帰りの小旅行で、そこで色々あって気になってしまう。
小宮山夏樹は、ある日幸世が自転車で轢きそうになって、それで出会った。恐ろしい美人で、その頃恐ろしく太ってた幸世には到底手が出るような女性ではないのだけど、その当時書いていた童貞丸出しのブログを面白がってくれて、飲みに行くようになる。が、その後もはぐらかされているようなよくわからない付き合いが続いて、夏樹にどんな風に思われているのかさっぱり理解できない幸世はグルグルしすぎて連絡を断っていたのだけど…。
林田尚子は、地元に帰省した時に久々に再会した。再会した時は、林田のことが誰なのかわからなかった。思い出した幸世は驚愕した。中学の頃、授業妨害をしまくっていた女ヤンキーだ。その当時、一瞬だけ二人は関わることがあったのだ。再会した幸世は、女絡みで悩んでいることを林田に色々相談。男気溢れる林田は、おせっかいのように幸世に関わっていくことになる。

こんな女性たちとすったもんだ色々ありながら、幸世は相変わらずの自己卑下を続け、あらゆるチャンスを棒に振り続けるのだが…。
というような話です。


やっぱり面白いなぁ。大分前に映画を先に見てたんだけど、結構映画と話違う気がしますね。映画も好きだったけど、コミックもやっぱり面白かったなぁ。
とにかくまず、出てくる女性陣が本当に魅力的で素晴らしすぎるのだよ。
個人的に、こんなこと書くと、やっぱり男は!とか思われるような気がするけど、小宮山夏樹がいいですなぁ。で、こういうことを書くと、絶対に信じてくれない気がするけど、僕は小宮山夏樹みたいな人と「付き合いたい」んじゃなくて、「女友達」になりたいんですね。
ああいう掴みどころのない人ってすげぇ好きです。本気で惚れたりすると振り回されて大変なんだろうなー、とか思うけど、友達として付き合う分には、あれぐらいわけわかんない方が楽しいって僕なんかは思うタイプです。
夏樹のセリフだと、これが一番ナイスでした。

『私の事好きな人って基本的に苦手なの』

俺の周りにもいるんすよ、一人。こういうことをいう女子が。それが本気で言ってるんだろうなー、ってのが分かるから、僕なんかはこのセリフをすんなり受け入れられたりするんだけど、普通は「???」ですよね。基本的にもう、女性が何を考えてるかなんてことをちゃんと理解しようって気もないんで(笑)、なるほどそういう生き物なんだなー、って思う程度に留めていますけどね。
んでも、まあ分かるっちゃ分かるんですよね、その気持も。そこまではっきり言葉にしちゃうほどでもないんだけど、わからなくもない。ただ、こうやってはっきりと『私の事好きな人って基本的に苦手なの』なんて言えるのは、モテまくってる(少なくとも、周囲から好意を抱かれていることを実感できている)人じゃないと無理だと思うんですよね。周囲からの好意がある程度前提になってて、周りの人がみんな自分のことを好きになることがわかってるからそういうことが言えちゃう、みたいな。だから、僕なんかは、そんなはっきり断言出来たりはしないんですけどね。

でも、僕の周りでそう言ってる女子は、「私みたいな変な人間を好きになる人のことは信用出来ない」みたいなことを言ってたから、夏樹とはまた違った理屈なのかもしれないけど。
夏樹のセリフだと、これも好きなんだよなぁ。

『“本当の私”を理解したいなんて思い込みだか思い上がりが嫌なの。
そもそも知ってもらいたい“本当の私”なんて無いし』

こういう感じが惚れるんだよなぁ。こういうのは、少数派かなぁ。いや、わからんけど。
僕がこのセリフの好きだなーって思う点は、「社会とか常識とかに流されてないで、自分の考えを持ってるんだなー」ってとこです。みんなが良いって言うものを良いって思ったり、みんなと同じ意見じゃないと不安に思ったりみたいなのって、最近ますます深化してる気がするけど、そういうの、個人的には、相当しんどいんだよなぁ。本人的には、自分の価値観で喋ってるつもりなんだろうけど、それって周りが盛り上がってたりみんなが良いって言ってるからでしょ?みたいなツッコミをよく感じる。もちろん僕だって流されている部分はあるだろうけど、出来るだけそうならないように常に意識はしている。夏樹のいいところは、「これが常識」「これが普通」「こうじゃなきゃいけない」的な縄で自分を縛り付けないところで、そういう部分が男を振り回す主因なんだろうけど、どうしてもそういう自由な感じには惹かれてしまうわけなんですよねぇ。
中柴いつかもいいんですよ。個人的にはこういう、女性っぽさを表に出せなかったり、自分の魅力に気づいてなさそうな女性って、気になるんですよね。これは男の、人間関係で優位に立ってたい、的な気持ちから来たりするのかもしれないし、そうだとしたら嫌だなーって気もしなくはないんだけど、でもいつかみたいな女性も良いですね。
いつかはある場面でこんなことを思うわけです。

『女じゃないところを求められる方がずっと落ち着く』

うー、これは俺も最近まさにそうで、「男じゃないところを求められる方がずっと落ち着く」んですよね。それは、恋愛がどうとかって話だけじゃなくて、社会的にも人間関係的にもってことなんだけど。「男なんだから結婚して家庭を持たないと」とか「男なんだから女性をリードして」みたいな、そういう枠ってしんどいなぁってホントに最近思うのです。僕はどっちかっていうと、女性と一緒にいる方が楽な人間だったりするんだけど、それは、特に自分に男として期待していない女性と、フラットな感じで喋ったりしているのが楽なんだろうなぁ、ってよく思います。男といると、「お前男なんだから」的な空気に取り込まれるイメージがあって(実際どうかはともかく、僕自身の中にそういうイメージがあって)、やっぱり女性の中にいる方が楽ですね。女性って、男として見るか見ないかではっきりと関わり方が変わると思うんだけど、そういう「僕のことを特に男として見ているわけではない女性」の対応が最近楽で仕方ありません。とか言ってるのも、ダメなんだろうなぁ。そういう「私ってダメなんだろうなぁ」的な独白は、いつかも作中でしていましたですよ。
夏樹みたいな女性とも女友達になりたいわけなんですけど、いつかみたいな女性とも友達になりたいですね。あーでも、夏樹みたいな女性の場合「何か間違い」があってもその後いかようにでもしようがあるだろうけど、いつかみたいな女性と「何か間違い」があった場合は、その後が色々大変そうだなぁ、みたいな、起こりもしないようなことを心配する辺り、もうダメ男です(笑)
土井亜紀もいいですね。土井亜紀の場合、外見が完璧すぎるところが、個人的にはひっかかりがなくて、普通にしてたらそこまで興味持てないかもなぁ、って思ったりします。僕が土井亜紀を面白いなぁって感じるのは、土井亜紀の内面の独白みたいなのがうわーって炸裂する場面。亜紀は基本的に物凄く外面がよくて、幸世に対しても他の誰に対しても、自分を劣って見せるような行動はしないわけなんだけど、一人になった場面とかで、色んな罵倒とか文句がこぼれ落ちる時があって、その場面が凄く好き。でも、普通に接してると、そういう部分が見えてこないから、きっと亜紀みたいな女性にはそこまで興味持てないままだろうなぁ、という予感もあったりします。僕はどうしても、どこか外れてたり欠陥があったりするような、突っ込みどころのある人(女性に限らず)に惹かれる傾向にあるんで、全般的に完璧(少なくとも外見は)の亜紀には、興味が持てない可能性があるように思います。
林田尚子はいいですね。ホントに、こんな感じでズバズバ言ってくれる人がいたら素敵だろうなぁ。

『モテ期だって浮かれる前に、本気で好きな女さがせよ。
そんで本気でぶつかれって』

『他に男がいたって何度もフラれたっていいからやれ!!
女の心の中に土足でずかずか入って足跡残してこいよ。
モテねぇ男にはモテねぇ男なりの戦い方があんだろ?』

林田は基本的には幸世の恋愛模様には絡んでこないんだけど、林田がいるからこそ展開する場面というのもあって、物語的に凄く重要な立ち位置でもある。林田の娘の由真もいい感じのキャラで、さすが母娘って感じである。林田みたいな女友達も欲しいですなぁ。
個人的には、幸世自身にそこまで共感できるかっていうと、これがそうでもなかったりするのだよね。わかるわーって部分もあるけど、どっちかっていうと、「幸世そのもの」よりも「色んな女性が幸世に突きつける言葉」に共感することの方が多い。それが、グサリと突き刺さることもあれば、わかるわかる!ってテンションが上がることもあるんだけど、幸世の有り様よりは、そんな幸世を客観的に見て言葉を突きつける女性たちの方にこそ感じ入るものがあるなぁ、という感じがしました。グサリと突き刺さる部分は、僕自身がきちんと自覚していなくて本書を読んでグサリ、って感じなんだろうけど、わかるわかる!っていう場面は、そういう女性視点みたいなのが自分の中にもあって、男としての僕自身の行動を女目線で突っ込む、みたいな客観視がやっぱり自分の中にあるのだろうな、と思う。その自分の中の女目線で、本書の中で描かれる女性陣に共感するんだろうなぁ、という気がします。
幸世のセリフでは、この辺がいいなぁと思いました。

『というわけで中学生のお前に言っときたいのは、お前に優しくしてくれる女はほかの男にも優しいって事だ』

『自分で選んだ人生だろ?堂々としてくれよ』

「モテキ」は、本編自体は4巻までなんだけど、4.5巻っていう番外編みたいな単行本が出てる。これは、女性陣の一人である中柴いつかのある場面を描いたガールズサイドの漫画と、作者である久保ミツロウの対談がメインで、あとは下絵とかデザインコンセプトみたいなちょっとした付録的なものがついています。
対談中には、なかなか面白い話が出てくるんですよ。

『少年誌で連載していた頃から、男の人が求める女性像というものに対していろいろ違和感を覚えることが多かったんですよね。特に少年漫画の女の子の描写で、「私ってご馳走でしょ」っていう顔をしている女が一番嫌いなんです。女としての完成度が凄く形骸化してる。』

『幸世君が不治の病に罹って、死を前提にしたら皆のことを愛してると言えるようになったとか、そんな話絶対掻いちゃいけないなと思ってます。だって死とか強迫観念じゃないところで変われる要素を私が描いてあげないと、皆も飼われないんじゃないかなと思って』


『私は、ヤってしまった向こう側を描きたいわけじゃなくて、付き合えるか付き合えないかっていう世の男性のモヤモヤしたところのディテールを描きたいわけだから、「イブニング」で良かったですよ』

『これだけは言いたい。モテないとか言ってる男性たちは女のレベルを下げろ、と。身近な女にレベルを下げよう、と。ムリめな女を好きになるからあなたたちのジレンマや悩みはあるんだよ、っていう』

『やっぱり現実世界でこういう人もいるんだなーって直接会って知ると、漫画の世界で活きてくる。こういう奴を許せないって思って描くんじゃなくて、自分が苦手だって勝手に思い込んでいた人をどう受け入れていくかっていう話のほうが、描いていて気持ちがいい』

『男の人って「男と女は違うんだよ」とか、すごい声高に言いがちで、「結局わかり合えないんだよ」みたいなことを言われると、「何で女はこんなに男のことを理解しようってがんばってるのに、男はそうやってすぐに投げ出すんだろう?」って、すごいカチンとくるんですよね。』

面白いなぁって思います。どんな風に「モテキ」を描いていったのか、実体験がどの程度まで反映されているのか、モテない男以外からも共感される現状に驚いているなど、色んな話がされていて、なかなか読み応えのある対談だなと思いました。
かなり好きなマンガです。是非読んでみてください。


サポートいただけると励みになります!