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新々竹取物語 かぐやのの姫『月うさぎ』


♪ うさぎ うさぎ なに見て跳ねる 十五夜お月さま 見て跳ねる…

…また  この夢…
少しまどろんだのの姫は、また眠りの中に落ちていきました。


『すすき野の 空に輝く 月浮び 餅つく兎 鮮やかなりける』

初秋の月を見上げ歌を読むケンイチ。
その後ろに座ったのの姫は、ケンイチに話しかけました。
「ねぇ、ケンちゃん。私、近頃何度も同じ夢を見るの。」
「そう…」
ケンイチは、ゆっくりとのの姫の方に向きを変え、答えます。
「何度も同じ夢を見るというのはその夢は単なる夢では無く、前世の記憶を思い返してるのかもしれないね。ののちゃんが竹から生まれる前の…」
 「私が竹から生まれる前の…」

そして二人は、餅つき兎が鮮やかに浮かび上がる満の月を見上げるのでした。


【  新々竹取物語 かぐやのの姫 『月うさぎ』 】


それはいつの頃か分からないほど昔の事。
一点の曇りもなく磨かれた鏡のような月が空に浮かんでいた頃のことでした。
その頃の月には特別な力を持つ一人の姫御子がおりました。
姫御子の名は『月輝姫』。

月は黄泉とこの世を繋ぐ道ができる場所。
黄泉の国は生を持たぬ者のいる世界。
年に幾度か、魂と想いを昇華した者だけが、離れたる情あるものを見守るためにこの世に戻ってくる為の道。
その道の扉を開く為の特別な力が月輝姫にはあるのでした。

この頃、月はその覇をを争う者たちによって過酷な時代が続いていました。
戦人だけでなく老子女においても命を絶たれる者が数多くいたのです。
いつ果てるとも分からない争いに心を痛めつつ、月輝姫は天界に上っていく魂に祈りを捧げるのでした。

月輝姫には密かに思いを寄せる一人の男性がおりました。
その名を『月兎』。
心優しく賢い月兎もまたこの荒れた時代を憂いて、哀しい世に何か力を尽くせないかと争いの中に身を投じていったのです。

ある日、月輝姫は月兎の夢を見ます。
何時ものように優しい眼差しの月兎。
しかし月兎は、少しずつ月輝姫から遠ざかって行きます。
いくら追いかけても、二人の距離は増すばかり…
やがて月兎は小さな光となって消えてしまいます。
目を覚ました月輝姫は、月兎の命が失われてしまったことを悟ります。
姫御子ゆえいくら想う人がいても、永遠に結ばれることはない運命。
しかし月兎の存在は、月輝姫の心の拠り所として大きなものだったのです。
「月兎様…」
瞳に涙をいっぱい溜めた月輝姫は、しばらくその場を動くことができませんでした。

悲しみに捕われ、心が崩れてしまいそうになる月輝姫。
しかし、それを周囲に悟られぬよう、これまで以上に精一杯務めを果たします。
「今の姫御子様は、これまでとは少し違って見える…」
月輝姫に仕える巫女の愛奈は、これまでにない気迫で務めに取り組む姫御子を案じていました。
「姫御子様、何か案じることがございましたら、私に何なりとお申し付け下さいませ。」
思い余った愛奈は、務めを終えた月輝姫に申し出ます。
「ありがとう、愛奈。」
月輝姫は何時ものように優しい眼差しを愛奈に向け、言葉を続けました。
「しかし、これはどうすることもできない運命。私が心をもっと強く持って対処しなければならないことだから…」
そう言いながら月輝姫の脳裏には、反対の思いがかすめてゆきました。
『私に与えられていた力が揃っていればあるいは…?いいえ、それは絶対ならぬ事…』
「姫御子様、いかがなされました?」
愛奈の呼びかけに我に戻った月輝姫は、
「い、いえ…愛奈も疲れたであろう。今日は終わりにする故、ゆっくりおやすみ。」
そう言い残して奥へと入って行くのでした。


月の世界での争いは日に日に激しさを増すばかり。
月輝姫のいる社からそう遠くない場所まで、戦の狼煙が近づいているようでした。

ある日、巫女の愛奈は社に傷つき隠れている一人の戦人を見つけました。
驚いた愛奈が月輝姫に戦人のことを伝えると、月輝姫はその男のいる所へ出向いてきました。
「其方は何者?」
「俺はKENICHI。俺の血で社を汚してしまって申し訳ない。少し落ち着いてきたので早々に退散する。」
「KENICHIとか申したな。其方、ひどい怪我をしているようではないか?ここは其方のような戦人の来る所ではないが、怪我をしている人を見過ごすことはできない。」
月輝姫は愛奈に何か食べる物を用意するように言いつけると、KENICHIの手当てをするのでした。
手当てと食事を終えたKENICHIは去り際に
「立派な社と名の通った姫御子とお見受けした。よろしければ御名をお聞かせ願いたい。」
と申し出ました。
「私は月輝と申します。」
「…! そうか…。大変世話になった。姫御子のご温情と名は胸に刻みつけておきまする。では、これにて。」…

社を去った後、KENICHIは少し離れた場所で社を見ながら思い返していました。
「そうか、あれが彼奴の言ってた月輝という姫御子。いつか彼奴に託されたものを届けてやらねば…」


青き星が漆黒の空に浮かんでいます。
月兎と語らった日々を思い返しながら、月輝姫はもの思いに耽ります。
「あの時、引き留めていれば…」
しかし強き力故、荒れた世に苦しむ人々の悲しみを感じていた月輝姫は、この世界の為に何か力を尽くしたいと強く願う月兎を引き留めることはできませんでした。

「姫御子様、お久しゅうございます。」
聴き覚えのある声に、月輝姫は視線をそちらに向けました。

『考え事をしていたとはいえこの男、全く気配を感じさせなかった。かなりの手練…』

「KENICHIとか申したな。怪我の方はすっかり良さそうじゃな。して、今宵は何用?」
片膝を立て頭を下げたままKENICHIは言葉を続けました。
「先日は誠にかたじけない事でござった。今宵は姫御子様にお届けするものがあって、参った。」
「私に届けもの?」
KENICHIは懐より取り出したものを月輝姫に手渡しました。

「これは月兎様に…。」
それは月兎が旅立つ際、御守り代わりにと月輝姫が自分の力の半分を込めた月の石。
「何故、これを其方が…?」
石を受け取った月輝姫は、微かに月兎の意思を感じていました。
「この石を持っていた男、月兎と申されましたな、月兎に会ったのは半年ほど前のこと。それは、とあるほぼ壊滅させられた村でした… 

KENICHIは月兎との事を月輝姫に伝えます。

…月兎は村に残った僅かな幼子達の盾となってその身を散らしていったのです。そして俺が駆けつけた時に、もう奴は虫の息でした。」
KENICHIが視線を上げると、背を向けた月輝姫の方が肩が震えています。
しかし姫御子に伝えること、それが月兎に託されたことだとKENICHIは言葉を続けます。
「奴は苦しい息のもと俺に、『いつか月輝という姫御子に出会うことがあったら、大事な力を込めた石を帰してやって欲しい。そしてこの歌を伝えてくれ。』と…」
「して、その歌とは…」
背を向けたままの月輝姫は、震える声でKENICHIに尋ねます。

「 荒れた世の 悲たる日々 憂いても 我の内には 月輝かん …」
(この荒れた世の中の悲しい事を毎日憂いていても、私の心の中には月(あなた)が輝いている)

その歌を聴いた月輝姫は弾かれたように目を見開き、青き星の浮かぶ空を見上げます。
『私ももう一度月兎様に会いたい。会ってこの気持ちを伝えたい…』
姫御子ゆえ伝えられないと思っていた、月兎に対する気持ちが溢れ出した月輝姫の瞳には大粒の涙が浮かびます。
そしてその涙が月の石に落ちた時、月輝姫と月の石が強い光に包まれていきます。

「何ということっ、この強い輝きは…! 二つに分かれていた力が一つになって、より強くなっていくっ!!」
月輝姫から溢れ出した光は大きな塊となり、やがてその中心に何かが見え始めました。
そう、それは巨大な扉。
「月兎様、もう一度…」
月輝姫の視線は真っ直ぐ扉に向かい、もう迷いの表情はありません。
KENICHIはこれまで見たことない光景に、ただ立ちすくむしかありませんでした。
しかし…

KENICHIの戦人の勘が働きます。
「何奴か来るっ。これと同じか、いや、それ以上の力が…」
突然、月輝姫の繰り出す光が抑えられはじめられます。
「何奴かっ!」
月輝姫とKENICHIは巨大な気の方へ目を向けます。
「我はこの世界の存在、そして生と死を司る天帝。」

実態を持たない、存在だけの天帝は言葉を続けます。
「生を持たぬ者、それに再び生を授けこの世界に戻すは、死人(しびと)は生き返らないというこの世の理を壊し、世界を破壊しかねない大罪。よってそれを行う事はまかりならん。」
 天帝の力によって輝きは急速に抑えられ始めます。
「しかし、人には情というものがあるのだっ!」
月輝姫の輝きに触れその情を感じたKENICHIは、自分の持てる力をいっぱいに引き出し、赤い気をまとって月輝姫と天帝の間に割り込みました。
「お主、常人より大きな力を持っておるな。しかしまだまだその程度では…。」
KENICHIと月輝姫は天帝の力に押されていきます。
「情けない。人より強い力があると思っていたのに、はじめてお前(月兎)のように自分以外の為に力を尽くそうとしたのに…」
月兎の表情がKENICHIの脳裏に浮かんだ瞬間、KENICHIの赤い気に金色の気が混じり始めました。
天帝の表情が変わって行きます。
「此奴(こやつ)の力、明らかに変わったっ。此奴にはあの強者共の血が流れているのかっ!?」
徐々に天帝の力を押し返す金色の気をまとったKENICHI。
KENICHIは月輝姫に叫びます。
「月兎を!月兎に早くっ!!」
輝きの中の扉が徐々に開き始めます。
やがて月兎の姿が現れました。
「姫御子、月兎に想いをっ!」
しかし、同時に天帝も…
「ならぬぞ、月輝姫っ! この戦人の力、凄まじいがまだ使い切れてない。ここは一気に…!」

一瞬、時間が止まったような静寂の後、月全体を、いやこの世界全体を照らすような輝きが発せられました。

漆黒の空に静けさが戻った時、その場所には月輝姫とKENICHIが倒れていました。
それから黒い装束をまとって実体化した天帝、そして月兎の姿も…
天帝が言葉を発します。
「世の理を覆すような事は、その命を持って償わなければならない。
だが、月輝姫の純粋なその気持ち、見せてもらった。
月輝姫のこれまでの働きと気持ちを考慮し、罪一等を減じて空を浮かぶ青き星へ流すこととする。」

天帝は月兎の方に向きを変え、言葉を続けます。
「あってはならぬ事で受けた生でも、その命を再び奪うという事はこれまた罪。
しかし、このまま生きることは、また許されることではない。
よって月兎、そなたは名より月の字を取り、兎としてこの扉を行き交う者共に供え物をせよ。いつかまた、月輝姫が月に戻りし時まで…。」
月兎は無言のまま、天帝の前に跪くのでした。

「そして、このKENICHIとかいう戦人。
月輝姫に加担した罪は月輝姫と同罪。
本来ならその命で償ってもらうところだが、月輝姫と同罪として青き星への流罪とする。
だが、その強者の力がいつか姫の役に立つ時があるやもしれんな。」

 天帝は辺りを見回し、空を見上げ思います。
「後の事は、いつの日か現れる月を納める者共に任せておこう…」


青き星へとふたすじのほうき星が流れていきます。
その一つ、月輝姫は微かな意識のもと、月を見ていました。
月には月兎の姿が浮かんでいます。
「月兎様、これからは月にそのお姿を見ることができるのですね…。」
瞳に一粒の涙を浮かべた月輝姫は、そのまま青き星へと流れていくのでした。
そして…

如何ばかりかの時が過ぎた、ここは地上。
都にほど近い北山に竹を取って暮らす、貧しい老夫婦がおりました。
竹取の翁、ぬか爺は今日も竹を取りに山へ入ります。
そこでお爺さんは、白金に輝く不思議な竹を見つけます。
「こりゃ驚いた!何とも雅な竹じゃのぅ。」
中はどうなっているのか?ぬか爺さんはその竹を切ってみることにしました。

切った竹からは眩い光が溢れ出します。
そしてその節の中には、身の丈一寸ほどの愛らしい姫が眠っているのでした。
「こりゃ益々驚いた!しかしこの姫様、連れて帰るには少ぉし小さ過ぎるのぅ。」
輝く姫を見ながら、お爺さんはため息混じりに言います。
「縁あらば、再び逢いまみえることもあるやもしれん。それまでは、しばらく竹の中にて過ごされるのが良かろう。」
お爺さんは切った竹の切り口を合わせます。
すると何とも不思議なことに、竹の切り口は次第に塞がっていきます。
「わし等夫婦には子がおらん。再びめぐり合いし時は、わし等の娘として育てたいものじゃ。」
切り口がすっかり塞がった竹は、お爺さんの言葉に
「はい。」
と答えるかのように数度輝きを瞬かせると、次第にその光を弱めていきました。
すっかり他の竹と同じ色になったことを見届けたぬか爺さんは、ゆっくりと竹林を後にするのでした。

(おしまい)

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