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「まだ拾えていない声がいっぱいあって、それをリアルなまま届けたい」【2021/4/4放送_フリーアナウンサー 町 亞聖さん】

Fm yokohama(84.7MHz)から毎週日曜日深夜24:30~25:00にお送りするラジオ番組『文化百貨店』。先週に引き続き、フリーアナウンサーの町亞聖さんをお迎えして、現在精力的に取り組んでいる活動について、たっぷりお話をお伺いしました。

【パーソナリティ】
セイタロウデザイン代表・アートディレクター 山崎晴太郎(@seiy

【今週のゲスト】
フリーアナウンサー 町 亞聖さん

小学生の頃からアナウンサーに憧れ1995年に日本テレビにアナウンサーとして入社。その後、報道局に異動し、報道キャスター、厚生労働省担当記者としてがん医療、医療事故、難病などの医療・介護問題などを取材。また北京パラリンピックでは水泳メダリストの成田真由美選手を密着取材。“生涯現役アナウンサー”でいるために2011年にフリーに転身。脳障害のため車椅子の生活を送っていた母と過ごした10年の日々をまとめた著書「十年介護」を小学館文庫から出版。医療と介護を生涯のテーマに取材、啓発活動を続ける。
公式ブログ

【今週のダイジェスト】

▶︎在宅ケアに必要な事は“覚悟”

【山崎】今日もリモートでお話を伺いたいと思いますが、慣れてきた気もしますね。

【町】家にいながらも、こうやってお話ができるのは新鮮なんですけど、現場取材をしてきた私からするとちょっと……

【山崎】情報量が減りますよね

【町】リアルじゃないと手に入らない情報とか、空気がありますよね

【山崎】さすが、現場主義ですね。2011年5月にフリーに転身をされてから、メディア出演の他に介護に関する取り組みにも色々と参加されているんですね。いくつかご紹介いただきたいのですが、在宅医療カレッジの学長をやられているんですよね?

【町】名前は堅いんですけど、校舎があったりする大学ではないんです。今はコロナ禍で実施が出来ていないんですけど、医療と介護に在宅中心で携わっている専門職の方を講師としてお招きする勉強会のことです。主催の佐々木淳先生から「学びの場という形をとるので”学長”が必要なんです。それを町さんにやってもらいたい。」と言われて学長になりました。佐々木先生は、在宅医療に力を入れているリーダー的な存在なんですけれども、「専門職が集まっているので、どうしても自分だけの目線になってしまう」と。

【山崎】「これがあるから出来ない」とか、「この規制があるから」とかですかね?

【町】そうですね。あとは、愚痴みたいになったりとか。医療の常識が、社会の常識ではなかったりするズレを介護者という当事者の目線で、気が付いた事は何でも言ってくださいというような感じですね。

【山崎】専門職というのは、お医者さん、介護士さんなどの勉強会ということですか?

【町】色んな職種の方がいます。理学療法士さんや看護師さんもいるし、歯医者さんもいます。

【山崎】口腔ケアは、めちゃくちゃ大事ですもんね。

【町】本当に多職種が集まっていて、リアルの勉強会で200~300人ほど参加されていました。去年はコロナもあったので、オンラインでやると軽く1000人は超えましたね。

【山崎】専門職の側から見る、1番の在宅医療・在宅介護の課題ってどこにあると思いますか?

【町】母の介護の話を先週しましたけど、最後は末期ガンだったので自宅で看取ったんです。その経験から気づいた一番大事な事は、家族と本人が“覚悟をできるか”なんですよ。自宅と病院の1番の違いって、ナースコールが無いことなんですね。オンコールでお医者さんに電話をかけても、すぐに来てくれないじゃないですか。

【山崎】時間が、かかりますもんね。

【町】そして、在宅ケアは病気を治すことが目的ではないんですね。本人が優先させたいものをみんなで見極めて、本人が最後に納得して選択をした“生きる”という事の支えに回ることなんですよね。実は、在宅ケアでは”治療をやめる”という決断が大事なんです。その決断をサポートするのが在宅医療の専門家の役割という気がしますね。

▶︎学生との関わりで見えた、社会課題を解決していく手段

【山崎】介護という面では『ゆめ旅 KAIGO!2020』というプロジェクトにも参加されていますね。

【町】これは、介護施設で暮らしている1人で外出が出来ないお年寄りの方々と、一緒にオリンピック・パラリンピックを見ようというプロジェクトです。介護施設で講演をすることもあるので「見たいですか?」と聞くと「見たいけど、この足じゃね」と言うんですね。母が生きていたら、去年で車いす生活になって30年だったんですよ。だから、母がいたら絶対に連れて行きたかったと思っていて。

【山崎】なるほど。

【町】千葉商科大学の学生たちと一緒にボランティアをしていて、一緒に見に行きたいと思ってもらえるようにコツコツと介護施設に行ってコミュニケーションを取ってきました。お年寄りの方たちは、学生に会えるのも嬉しいんですよね。オリンピック・パラリンピックは通過点にあるだけで、お年寄りの心が動いて「この先も外出を挑戦してみよう」と思ってもらうことが目的ですね。でも、コロナが落ち着かないと介護施設には行けないんですよね。

【山崎】そうですよね。入れてもらえないですよね。

【町】そこは、シビアな問題なのでね。ゆめ旅 KAIGO!2020の代表がトラベルヘルパーという旅行をサポートするヘルパーさんを経験しているNPOの方なんです。私もトラベルヘルパー3級を持っているので、声をかけてもらったんです。

【山崎】素晴らしいですね。僕も、ホームヘルパー2級の資格持っているんですけど、そういうリアルがあると全然違いますよね。色んな活動をされてきて「社会が変わってきたな」という実感はありますか?

【町】“若い人たちがすごい”という事かな?若い人たちの方が「日本がやばい」と感じていると思います。大学の教育でも、社会課題に取り組むという事が、私たちの時代よりも全然多いですね。

【山崎】僕らの時代は、“社会課題”という文字が教科書になかったですもんね。

【町】だから、教育が大事なんだなとすごく感じますね。車いすに乗っている人にとって「何が不便か?」ということに若い時に気が付いた人が、社会に出るのがすごく大事です。一昨年、卒業した1人はスーパーマーケットに就職したのですが、ゆめ旅で車いすを押す経験が刺激になって「陳列の棚低くします!」って。

【山崎】そういうことですよね。

【町】「いい所に目付けた!それよ、それ!」って言いました。ソーシャルワークの部分は、どの会社でも必要な部分ですから、介護の道に行かない人たちがそういう気づきの視点を持っているということが大事だと思います。

【山崎】社会との繋がり方みたいなものが、変わってきているのは事実ですよね。

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▶︎生きた情報は国や法律を動かせる

【山崎】メディアサイドに長く携わり、色んな側面から物事を見てきた中で、伝える側の課題は今どこにあると思いますか?

【町】災害の時もですが情報は必要な人に届けないと、生きた情報にならない。医療や介護の問題の伝え方としては、「ここに、困っている患者さんがいます」と伝えるだけでは社会は変わらないし、国は動かないんです。少しロジック的な話になるのですが、日本って法治国家なんですね。私たちの暮らしは、法律によって定められて、法律によって守られているということを意識している人がすごく少ないんですよね。

【山崎】少ないでしょうね。

【町】でも、これはすごく大事なんです。厚生労働省を担当して分かったことは、いくら役人や政治家が「わかりました、みなさんの言うことを聞き入れました。」と言っても、了解したことが制度になって法律にならなければ、社会に広がっていかないんですね。

【山崎】なるほど。

【町】社会に声だけを伝えるのではなく、国や行政が「このことを真剣に考えないといけないんだ」と思わせるような報道の仕方をしないといけない。私が関わっていた、がん医療に関しては、欧米では承認されて普通に使われている薬が日本で承認されていないという”ドラックラグ”という問題がありました。患者さんが命を懸けて署名を集めたりするのを取材していたのですが、その結果、がん対策基本法というのが出来たんです。がん患者さんが訴えて、がん医療を良くすると法律に書くことや、緩和ケア、がん教育へと繋がったんです。壁になっているならば、法律を変えなければいけない。国は変えられるし、動かせるんですよ。

【山崎】結構、グッとなる話ですね。”ペンは剣よりも強し”を論理立てて、説明していただいている感じがします。ジャストインフォメーションを世の中に広げるということが目的になっていて、その先に、どう国を変えていくかとかいう意思を感じることはほとんどないですもんね。

▶︎“声なき声”をリアルなまま届けたい

【山崎】最後のパートは、ゲストの方、皆さんに聞いていることを伺いたいと思います。僕、山崎晴太郎とコラボレーションするとしたら、どのようなことをしてみたいと思いますか?

【町】漠然としているんですけど、子供の人生を一緒にデザインするような事をしたいです。

【山崎】やはり、教育ということなんですかね?

【町】私が扱っているのは、理不尽な被害に遭っている人とかがテーマなんですけど、それを正面から伝えても、子供にすんなり受け入れられる内容ではないと思います。そして、ヤングケアラーとして母を介護していた私たち兄弟みたいに悲しい思いをする前に、色んな社会の問題に気づくことってできると思うんですよね。なので、人生のデザイン自体は子供自身がするんですけど、子供が学ぶだけではなくて、そのデザインのお手伝いをしたいです。それをもっと大人がやってあげられないとダメだと思うんです。

【山崎】選択の仕方も変わってきていますもんね。

【町】昔は、情報が限られていたから選ぶまでも無かったですから。

【山崎】以前は、情報を取りに行く方が大事だったけれども、今は切っていくほうが大事ですもんね。

【町】ヤングケアラーには第三の支援が必要なんだけど、どこかで親の人生と自分の人生は違うとセパレートする必要もあるんです。自分で全部を背負う必要はないから、人の手は借りて良いんです。その力を持って欲しいと思うので、選択が難しい人たちを手助けするために、晴太郎さんのデザインという魅力的な力をお借りしたいです。

【山崎】“楽しくジャンプできる”のがデザインの力ですからね。この番組のコンセプト『文化百貨店』という架空の百貨店があったとして、バイヤーとして一角を与えられたらどんなモノを扱いたいと思いますか?

【町】私は、“声なき声”を置いて欲しいという思いがあります。今は、個人が発信できるようにはなっているけれども、誰かがキャッチしないと、それは声なき声になっちゃうんですよね。ジャーナリストっぽく仕事をしていると「本を書かないんですか?」と言われたりするんですけど、私は声を大事にしたいんですよね。書いたものと喋っている声はまた別な気がして、本にした時点で過去になるというか……

【山崎】時間軸が止まっていきますもんね。

【町】こうやって話していると思考って動いているから、変わっていくじゃないですか。私には、まだ拾えていない声がいっぱいあって、それをリアルなまま届けたいんですね。今日、話していて自分がしたい事がまとまりました(笑)

【山崎】お役に立てて良かったです(笑) 今回のゲストは、フリーアナウンサーの町亞聖さんでした。ありがとうございました。

【町】ありがとうございました。


【今週のプレイリスト】

▶︎町 亞聖さんのリクエスト
『Seasons of Love』Cast of RENT

といった所で、今週の文化百貨店は閉店となります。

次回は、デザイン周りでホットトピックスとなっている“デザインと経営”について、実際に山崎が携わっているケースをモデルにしながらご紹介します。

【次回4/11(日)24:30-25:00ゲスト】
株式会社JMC代表取締役社長兼CEO 渡邊 大知さん

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高校卒業後、ファイティング原田ジムに入門しプロボクサーとしてデビュー。引退後の1999年、株式会社JMCで3Dプリンター出力事業を立ち上げ、日本における黎明期から3Dプリンター業界に携わる。2004年に代表取締役就任。2006年には鋳造会社を合併し、事業規模を大きく拡大。「MADE BY JMC」を企業理念に掲げ、旧来の栄光や方法論に縛られない、本質的で革新的なものづくりを実現するため、日夜挑戦を続ける。

また日曜深夜にお会いしましょう!

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