見出し画像

前代未聞! ヨモギだけの図鑑

Author:髙野丈(編集部)

「図鑑がないなら、自分で作ればよい」発明家か新進気鋭の起業家のような発想で、ヨモギだけの図鑑を出版するという企画を考えたのは山下智道さん。「ハーブ王子」とも呼ばれ、人気の野草研究家だ。

山下智道さん

山下さんから企画が持ち込まれたとき、わたしはヨモギにいくつもの種類があることを知って驚いた。過去に野草図鑑を編集したことがあるが、掲載したヨモギは「ヨモギ」一種だった。それはともかく、ただでさえ本が売れない時代に、はたしてヨモギ類だけの図鑑が売れるだろうか。99%の出版社ではまず通らない企画だ。だが、そこは自然と生き物が大好きなブンイチ。著者の熱意にできる限り応えたいという想いで、この企画を進めることになった。今までにない図鑑なので、資料的価値も高いといえる。

なぜ、そこまでヨモギなのか。多くの日本人にとって、草餅・よもぎ餅の材料として使われるヨモギはなじみ深い植物だ。炊き込みご飯の材料や、ハーブとして利用されることもある。最近では健康法、美容法としてよもぎ蒸しを取り入れる人も増えている。なかには、薬草リキュール「アブサン」の原料としてニガヨモギが使われていることを知っている、通な酒飲みもいるだろう。だが、わたしがヨモギと聞いてさっと思いつくのは、せいぜいそれくらいだ。
キク科の植物なのに、舌状花をつくらないのでとても地味。どれも同じような形態で、しかも変異が大きいので見分けるのが難しい。そこがいい!と山下さん。野草研究家としてヨモギのわかりにくさに魅力を感じ、人々をヨモギ沼へ誘う。

なんと、これもヨモギの一種!(シコタンヨモギ)

構想から出版までにかかった期間は足かけ3年。掲載している44種類のヨモギの中には、神奈川県の湘南地域にしか生えないイナムラヨモギのように、分布が局地的なヨモギもある。またはるか遠く、北海道の礼文島にしか生えないものもある。北は北海道から南は沖縄まで。身近な公園から離島、3000m級の高山まで、山下さんは情熱を燃やしてヨモギ旅を続けた。そして2023年春、ついにヨモギ図鑑が誕生した。

葉と頭花の特徴から種類を見分けられ、そのヨモギの和名の由来や香り、人の生活や文化との関わりについて紹介。著者が実際に旅した国内各地のヨモギ調査地図、おすすめのご当地よもぎ餅の情報なども掲載している。

本書の編集をきっかけに、久しぶりに草餅を頬張ってみた。口の中に広がる少しスパイシーな草の香り、鼻腔から抜けるような清涼感。その風味に懐かしさを感じるとともに、これは日本人のソウルフードなのだと再認識した。自分の遺伝子と向き合うような体験と言ったら、大げさだろうか。本書を片手に、道端に生えているヨモギに目を向けていただければ幸いである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?