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カラスを撮るなら、早朝の繁華街で

Author:髙野丈(編集部)

渋谷で6時

渋谷のハチ公前に6時集合。飲み会の待ち合わせではない。早朝の話である。この時期、6時だと日の出前で、周囲はまだ暗い。私の実家は渋谷から3駅なので、子供の頃はたまに渋谷へ遊びに来ていたが、こんなに朝早く来たことはない。早朝、野山に出かけることはよくあるが、繁華街へ行くのは初めてだ。若かりし頃、始発で繁華街から帰ることはあったが。

清水哲朗さん(左)と中村眞樹子さん(右)

朝早いのには理由がある。早朝でなければ撮影できない場面があるのだ。被写体は繁華街がよく似合う黒服の鳥たち。そう、今日は渋谷のカラスを撮影しに来たのだ。案内してくれるのは清水哲朗さん。街のカラスを長年撮り続け、写真展や写真集で数々の作品を発表している写真家だ。そしてこの日は無類のカラス好きがもう一人合流した。カラスの魅力を日々発信し続け、保護研究活動にも取り組んでいる中村眞樹子さんだ。中村さんの活動拠点は札幌で、遠路はるばる上京しての参戦である。

撮影ポイントはごみ収集場所

駅前のスクランブル交差点を渡る。「道玄坂方面のやつらが集まり始めているね」そう清水さんが指差す先、遠くのビルの上の方にカラスが数羽とまっているのが見えた。周囲がまだ暗いので私はまったく気づかなかったが、清水さんはカラスたちの位置や動きを、時間帯も含めて把握しているのだろう。

そういえば、双眼鏡を提げて渋谷の街を歩くのは初めてだ。

センター街へ入ると、友人と楽しく遊んで夜を明かしたであろう元気な若者たちが、駅へ向かって帰っていく。そんな連中と何回かすれ違ううち、数羽のカラスに出会った。カラスたちのお目当ては、飲食店から出るごみだ。収集場所の周囲にとまり、周囲に人がいなくなると降りてくる。そう、人通りがまだ少なく、ごみが収集される前の早朝こそ、街のカラスを撮るのに最適な時間。だから、「渋谷で6時」というわけだ。

いざ、センター街へ!
黒髪ではないんですね
黄色いネットをかけているが、ごみがはみ出している。これならカラスたちは喜ぶだろう

繁華街のネオンを背景に飛んでいるカラスなんて、めっちゃ絵になるじゃないか。早速、飛翔写真を狙うが、まだまだ光量が足りない。ISOを25600まで上げて、ようやく飛翔を止められるくらいのシャッタースピードが得られるが、写真はざらざらだ。暗いのでピントも合いにくい。ふだん、AFに頼りすぎていることを痛感する。撮影に苦戦していると、それを嘲笑うかのように足元をネズミが通り過ぎていった。ふと清水さんと中村さんを見ると、慣れたようすで撮影していた。

市街戦ではありません。文春砲でもありません

いくつかのごみ収集場所をハシゴしたが、カラスの集まり具合はそれぞれ違った。ごみの質と量、出し方が関係しているようだ。居酒屋や焼肉店裏のごみ収集場所が、よくにぎわっていた。「渋谷はコンパクトでまわりやすいんですよね」と清水さん。新宿もカラスが多い繁華街で、清水さんもフィールドにしているが、渋谷に比べると街が広くて回るのに時間がかかり、高い建物が多いのでカラスが遠いことが多いという。

「渋谷のカラスは上品ですね」とは中村さん。中村さんが日常的に観察している札幌のカラスは、食べ物を持っている人に近づいていき、隙をみて奪ってしまうこともあるそう。また、ごみ収集車が来ると車の上にとまるという。やんちゃだ。そういえば、渋谷のカラスはそういうことをしない。「地域によって人とカラスとの距離が違うのが興味深いです」中村さんは言った。その言葉で、上京して都内で過ごす数日の旅程の中で、渋谷でのカラス観察を希望した意味がわかったような気がした。

カラスには街がよく似合う

7時過ぎ。周囲はすっかり明るくなり、通行人も増えてきた。台湾料理店裏のごみ収集場所には、カラスたちがよく集まっていた。清水さんは遠くから撮影を始め、徐々にカラスに近づいていく。そこに通行人が数人通りかかると、カラスたちは屋根の上に逃げてしまった。通行人は途切れたが、カラスたちは警戒して降りてこない。

いったん距離を取ってようすを見る

いったん離れましょうという清水さんの助言に従うと、また降りてきた。清水さんは再び徐々に近づいていき、手を伸ばせば届くほど接近すると、広角レンズで撮影していた。「駆け引きが楽しいんですよ。カラスのほうも楽しんでいるときがありますよ」と清水さん。たしかに、カラスもカラス写真家も生き生きとしているように見えた。

カラスを警戒させないよう、巧みに距離をつめていく

こうして、8時前には撮影終了。清水さんと中村さんが撮影した作品を見せてもらった。

清水哲朗さんの作品はポートレート。どこぞの動物園のイケメンゴリラが話題になったことがあったが、イケメンカラスもありかも
中村眞樹子さんの作品。渋谷のランドマークと一緒に

街のカラスを撮影する魅力について、清水さんにあらためて聞いてみた。
「人間くさいところがあるし、カッコかわいいじゃないですか」という言葉に、中村さんもうなずいた。
公園などを含め、自然の中のカラスは撮らないと言い切る清水さんは、あくまで街のカラスを被写体にすることにこだわる。
「野鳥観察とは違いますね。カラスを通して、世の中を見ているんですよ」。たしかに、カラスたちが飲食店から出たご馳走にありついているようすを見ると、ここがフードロスの最前線にも見えてくる。
食だけではない。清水さんの作品には、都会のさまざまな場面がカラスのくらす場として切り取られている。カラスの写真を鑑賞しながら、社会を見ていることに気づく。

公園や野山で行動を観察するのも楽しいし、街なかで人々の暮らしとの関わりを感じながら観察するのも興味深い。カラス沼はやはり深すぎて、足がつかないようだ。

Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどを通してサイエンスコミュニケーションにも取り組んでいる。好きな分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『華麗なる野鳥飛翔図鑑』『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(ともに文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑 増補改訂版』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)がある。

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