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身近な公園に潜む危険も、備えれば憂いなし

Author:高野丈(編集部)
野外活動は楽しいですが、毒をもつ生物やかぶれる植物など、さまざまな危険がつきものです。それは山や自然豊かな場所に限った話でありません。身近な公園にどんな危険が潜んでいるのか、野外活動の経験が豊富なNPO法人武蔵野自然塾の小町友則さんと一緒に公園を歩きながら、お話を伺いました。

小町さんです

危険生物の筆頭に挙げられるのがスズメバチ。年間でスズメバチに刺されて亡くなる人の数は、クマに襲われて亡くなる人よりも多いというのはよく聞く話。それだけ遭遇する機会が多く、身近な場所にすむ生物で最も危険性が高いといえます。じつは筆者も過去2回刺されています。ちなみによく「2回刺されると生命にかかわる」といわれますが、じつは個人差があり、ハチ毒に対してその人の身体がどう反応するかによります。誰もがアナフィラキシーショックを起こすわけではありません。一方、ミツバチに刺されてもアナフィラキシーショックを起こす人もいます。事前に病院で検査を受けて、体内の抗体がどういう状態か確認しておくと安心です。

「世界的に見れば、ハチよりもカに刺されて亡くなる人のほうが多いんですけどね」と小町さん。なるほど、海外ではマラリアやデング熱、西ナイル熱など、生命に関わる感染症が多く、それをカが媒介する。国内でカに刺されることは、海外に比べればリスクが低いですが、まれに感染症がもちこまれることもあるので、危険はゼロではないですね。カもまた危険生物というわけです。
 
そういう話をしながら、小町さんが最初に紹介してくれたのは植物。とげのある植物についてお話ししてくれました。 

小町さん「サイカチはどこにでも生えている木ではありませんが、公園に植えられていることもあります。長大なトゲが多数あり、不用意に近づくとケガの危険があります」

たしかに鋭く長いトゲがあります。刺さったら痛そう
これはカラスザンショウの幹

カラスザンショウもトゲだらけ。枝葉だけでなく、幹にも多数のトゲがあります。野外でサンショウを見つけると葉をちぎって香りを楽しんだり、実をかじったりしますが、不用意に枝をつかむとトゲが刺さります。サンショウ類は要注意ですね。

なかなか鋭いですね

木だけではなく、草にもトゲをもつ種があります。次に小町さんが紹介してくれたのはクサイチゴ。草丈が低く、幼児が遊んでいるうちにケガをしそうです。

一見、危険には見えないですが……
あった!トゲがありますね。子どもには危険かもしれません

「トゲだけでなく、かぶれる植物にも要注意です。ウルシ科の植物はウルシオールという成分を含み、これがアレルギー反応(かぶれ)の原因になります。都市部の公園にあるウルシ類はハゼノキやヌルデくらいで比較的安全ですが、人によってはかぶれることもあります」小町さんはハゼノキを示しました。

ハゼノキは羽状複葉で、小葉が細長いのでわかりやすい

「身近な公園で最も危険なのは、やはりスズメバチでしょう。ふつうハチのほうから人に襲いかかることはないのですが、近づいてきたハチを手で払ってしまうと反撃してきます。また、なにもしなくても、巣に近づいてしまうと攻撃されてしまいます。フィールドをよく観察し、ハチが出入りしてそうな場所があれば、巣の可能性があるので近づかないようにしましょう」

スズメバチは樹液によく集まる

小町さんは過去、野外活動中オオスズメバチに刺されてしまい、全身に蕁麻疹が出てかゆくなったことがあるそう。再びハチに刺され、過剰なアレルギー反応であるアナフィラキシー・ショックが出れば生命にかかわるので、エピペンと呼ばれるアドレナリン自己注射キットを常に持ち歩いています。
 
「ハチがやってきても手で払わないようにし、飛び去るのをじっと待つことです。また、しつこく周囲を飛び回り、カチカチという音を立てていたら、それは警告です。近くに巣があるので、そっとその場を離れましょう」

小町さんはよくスズメバチがいる場所として、樹液が出ている木とヤブカラシの花を示してくれました。どちらも甘い樹液や蜜を目当てに、スズメバチがよく訪れるポイントです。こういう場所は意識しておきたいですね。

小町さんが示したのはヤブカラシ。道端にもよく生えている
蜜を目当てにスズメバチがよく訪花する

「ハチとは異なり、ヒトを狙ってくる昆虫もいます。アブやブユ(ブヨ)、ヌカカなどです。これらはじっとしていては刺されて吸血されてしまい、あとで腫れと激しい痒みに悩まされますので、排除しなければなりません。肌を露出しないような服装を心がけ、虫よけや蚊取り線香も駆使しましょう」
 
危険なのでハチを払ってはいけないけど、吸血する害虫は排除したい。両者は見分けられるのでしょうか。胸部と腹部のあいだの「くびれ」に注目したいと小町さんは言います。

産卵管が毒針であり、刺すために腹部を深く曲げられるようになったのが「くびれ」だったのですね。アブにはくびれがないし、そのほかの特徴や行動を観察して、ハチではないことがわかりそうです。ブユやヌカカはそもそも小さいですね。
 
小町さんが次に紹介してくれたのはツバキでした。ツバキやサザンカ、チャノキを食草にしているのがチャドクガ。毒針毛をもっていて、ふえると腫れて痒くなります。
「油断できないのが、直接ふれていないのに、飛んできた毒針毛にやられること。ツバキ科の木に近づこうとするときは、チャドクガがいないかどうかよく確認してみましょう」

チャドクガの幼虫

そして最近、身のまわりに増えてきた危険生物が、猛毒キノコのカエンタケです。人の指や炎のような形をしていて、橙色から真紅でよく目立つます。
「ふつう毒キノコは食べなければ問題ないのですが、カエンタケはさわっただけで皮膚がただれるほどの猛毒です。関東ではなかなか見られないキノコだったのですが、近年ナラ枯れ病が拡大するにつれて、広がっているようです」

絶対さわらないこと!

ナラ枯れ病とは、カシノナガキクイムシ(カシナガ)という木材を採食する昆虫が「ナラ菌」を媒介し、木の中にカシナガが入ったコナラ、クヌギ、ミズナラ、シラカシ、スダジイなどコナラ属の樹木が感染すると、やがて水を吸い上げられなくなって枯れてしまう樹木の感染症です。これが原因で枯れてしまった木を伐採すると、その切り株の根本からしばしばカエンタケが生えてきます。カエンタケはトリコデルマという菌寄生菌で、無性世代はカビです。これがナラ菌に寄生しているのかもしれません。

カエンタケは、ナラ枯れで伐採したコナラ属樹木の切り株の根元に生えてくる

さて、今回はさまざまな危険生物を紹介していただきました。身近な公園でこれだけの危険があるのだから、自然豊かな場所にはいったいどれだけの危険が待ち受けているのか。なんだか出かけないほうが安全なのではと考えてしまう人もいるかもしれません。
 
小町さん「都市という人間が築いた安全な場所で暮らしていると忘れがちですが、ヒトも生態系の一員です。さまざまな生きものつながりやかかわりによって、食をはじめとする生態系サービスを受けています。反面で有害なこと、生命にかかわることも確かにありますが、それは生態系の一員として当然のこと。危険を必要以上に恐れるのではなく、危険を知ったうえでしっかり知恵をはたらかせて備えることがたいせつです」
 
小町さんは最後に、ふだん持ち歩いているファーストエイドキットを見せてくれました。一般的な救急キットに加え、①噛み付いたマダニを取り外すためのピンセット、②ポイズンリムーバー、③ステロイド性の軟膏、そして④エピペン(アドレナリン注射キット)など、頼もしい道具と薬が揃っています。

ペットボトルのキャップに工夫が施されている
筆記用具も重要。負傷したときの状況をくわしくメモしておくと、あとで役立つ

感心したのはペットボトルのキャップ。何の変哲もないキャップと思いきや、じつは真ん中に小さな穴が開いています。これがすぐれものです。

なるほど! これなら水道から出る水のように、しっかり洗えます!

『危険生物ファーストエイドハンドブック』には、さまざまな危険生物と、被害にあったとき、負傷したときの応急処置まで、充実した情報が満載されています。あらかじめ、いざというときに備えて万全の準備をしておけば、安心してフィールドワークを楽しめるというものです。しっかり備えて、憂いなく自然観察を楽しみましょう!

Author Profile
髙野丈

文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。また井の頭公園を中心に都内各地で自然観察会を開催し、屋外でのイベントだけでなく、サイエンスカフェやカルチャースクールでの講演活動にも取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)、『変形菌入門』(文一総合出版)がある。






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