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シマエナガをとことん楽しむ旅 思わずときめく、いやしのまなざし

Author:髙野丈(編集部)
 
シマエナガに会いに行こう!
そう決めたのは、エナガ本『とことんエナガ、シマエナガ』発売直後のこと。この本の編集や関連イベントの準備で、過去に撮影したシマエナガの写真を見返していると、最後に観察したのが10年ほども前だということに気づいた。

霧氷の中のシマエナガ 2005年の撮影だから、もう18年前!

広く多くの人たちにエナガ本を手に取ってもらえるよう、いつもよりも意識してエナガを撮影し、「エナガだってかわいい」とSNSで発信する日々。エナガだって十分にかわいいし、なにより毎日会えるのだが、やはりシマエナガのキュートさにはかなわないのが正直なところ。久しぶりにシマエナガを見たい!という気持ちが沸々と湧いてきた。

そうだ、北海道へ行こう。エナガ本でお世話になった方々にご挨拶し、現地のシマエナガブームを見聞し、シマエナガをたっぷり観察しよう。現地在住の友人に会い、北海道の食も堪能したい。いざ行くとなると、あれもこれもとなんだか忙しくなった。4泊のうち、孤独のグルメなのは1泊だけだった。

シマエナガの探し方

旅の始まりは札幌から。エナガ本に掲載したシマエナガ探鳥地ガイドで紹介した、市内のある公園を訪ねた。

シマエナガは珍しい鳥ではなく、1年中観察できる留鳥。10羽ほどの群れで動いており、探すのはそんなに難しくない。ただし群れの数自体は多くないので、北海道のだだっ広い緑地の中で出会うためには、耳を澄まし、目を凝らして歩き回り、群れを見つける必要がある。幸いなことに、シマエナガの鳴き声は本州にすむ亜種エナガと同じなので、日頃からエナガを探す経験を積んでおくと、シマエナガ探しで大いに役立つ。おなじみの「ヒヒヒ」「ジュルリ、ジュルリ」「チュッ、チュッ」「ジュジュジュ」「ピリリリリ」といった鳴き声だ。鳴き声から覚えなきゃ、という人には『とことんエナガ、シマエナガ』を勧めたい。鳴き声の記事にQRコードを掲載しており、スマートフォンで読み取ることで鳴き声を聴くことができる。

群れの流れを見極める

雪靴を履いて、一面真っ白な公園を歩く。エゾリスやキタキツネ、アカゲラを見つけたり、2羽のキクイタダキが延々と追いかけ合っているようすを観察したり。その後、はるか遠くに白い小鳥の群れが見えた。双眼鏡で確認するとシマエナガだった。今回は目視での発見。群れを見失いたくないので、直線的に近づいた。園路は雪かきされていたが、道を一歩外れるとラッセルすることになる。公園に着いてから、ゆっくり観察しつつ歩いて約40分。10年ぶりのシマエナガだ。軽く息を切らしながら、群れと向き合った。

体の軽さをいかして、小枝によくぶら下がり、小さな虫を食べる

低い位置にいて、できるだけ背景がうるさくない個体を見極めて撮影を試みる。でもシマエナガはじっとしてくれないので、思い通りにはいかない。撮影でたいせつなのは、ねらいをつけた個体を撮影しながらも、常に群れ全体の流れを見ることだ。目の前の個体を撮ることだけにとらわれていると、群れのほとんどの個体がいつの間にか遠くへ移動していて、目の前の個体が去ったときに群れ自体を見失ってしまうことがある。撮影では太陽がどこにあるかを意識することもたいせつだが、群れの流れを見極めて、できるだけ先回りするようにしたい。
そういうことを意識して動くのだが、なにしろ園路を一歩外れると機動力がガタ落ちする。群れを逃さないように雪の中をラッセルラッセル。汗をかきかき、息をはあはあ切らしながら、シマエナガ撮影は冬場の健康的なアクティビティかも、などと思う。それでも、今回は雪が降ってから何日か経っていたようで、楽な方だった。これが新雪の積もった状態だと、ラッセルの負荷が高くなって体力勝負になるから、撮影の難易度は天候とタイミング次第で変わることになる。

視線が合うと、思わずときめく!

撮影には知恵と体力が必要だが、たまにシマエナガと視線が合う瞬間がある。その刹那、どきっとして心を射抜かれ、すべての苦労が吹き飛んでしまう。だが、この小さなぬいぐるみのような小鳥たちは、なにしろ動き回る。なかなかかんたんに撮れないからこそ、シマエナガ撮影はやめられないのだ。

空飛ぶぬいぐるみのよう

内地よりも高いシマエナガ熱

久しぶりにシマエナガ観察を堪能し、すっかり満足して札幌の街へ戻った。エナガ本で紹介した京王プラザホテル札幌を訪ねると、ホテルエントランスのそばにあったのはシマエナガの氷像。「ぼく、シマエナガ。」のやなぎさわごうさんの写真も飾られていた。エントランスを入って左手にはギャラリーがあり、ここもシマエナガだらけだった。噂に違わぬシマエナガブームぶり。エナガ本では、ホテルに設けられたシマエナガ一色の客室を紹介したが、シマエナガがあしらわれているのは特別室だけではないのだった。

ホテルエントランス脇にシマエナガの氷像が
「北の小動物ギャラリー」内展示のようす

熱量が高いのはホテルだけではない。街を歩いてみると、駅の売店や土産物売り場には必ずシマエナガグッズ売り場があるのだ。書店にもシマエナガコーナーが設けられていて、『とことんエナガ、シマエナガ』を前面に出してくれていた。札幌の街のいたるところにシマエナガがいるのが、なんだか微笑ましい。600種以上を数える日本産鳥類の中で、ただ1種1亜種だけが明らかに依怙贔屓(えこひいき)されている。とくに生息地である北海道で。この熱量、東京では感じられないけど、こういうの、悪くない。

土産物屋はもちろん、駅の売店でも必ずシマエナガグッズが売られている

シマエナガの聖地へ

シマエナガ好きの人気アイドルが、京王プラザホテル札幌をシマエナガの聖地と評したという。シマエナガは全道にいるふつうの鳥だから、聖地は人それぞれだろう。わたしがシマエナガの聖地を挙げるなら、エナガ本でも紹介した帯廣神社だ。およそ20年前、初めてシマエナガに出会った地であり、帯広に滞在するときは必ず散策するフィールドである。それだけではない。神社の宮司が大の野鳥好きで、おみくじや御朱印帳など、多くの授与品でシマエナガがモチーフになっているのだ。とことんシマエナガな旅で、この聖地を訪れない手はない。わたしは朝一番で札幌を離れ、帯広へ移動した。

初めてシマエナガを撮った写真。22年前、帯廣神社で

冬の札幌が雪なら、帯広は氷。冬道の運転は慣れているとはいえ、危険なことこのうえない。緊張しながら安全運転で帯廣神社に到着。大野清徳宮司にご挨拶し、境内の野鳥のことや今はなき共通の友人の思い出話に花を咲かせた。わたしが訪れた時間、境内にシマエナガはいなかったが、本殿に参拝し、シマエナガみくじを買ったり、御朱印をいただいたりして帯広でのシマエナガとの出会いを祈願した。

聖地、帯廣神社の参道
シマエナガみくじを購入できる 

帯広産シマエナガとの出会い

制作の裏話になるが、『とことんエナガ、シマエナガ』のシマエナガ探鳥地ガイドで、札幌市周辺よりも帯広市周辺のほうを多く掲載しているのは、わたしが過去にシマエナガに出会ったことのあるおすすめのフィールドを、もれなく紹介したからだ。フィールドに足を運んで今の状況を確かめるのも、今回の旅の目的の一つだった。

探鳥地ガイドに掲載したフィールドの1つ

探鳥地ガイドで紹介した中の3か所で空振りしたが、林は残っていた。シマエナガは希少種ではないので、タイミングが合わなかっただけだろう。はたして、4か所目で群れを見つけた。見つけることができたのだが、その公園は札幌の公園よりも雪が深かった。群れについていこうとするとラッセルしなければならず、写真を撮ろうとすると足元が沈んで体勢が崩れた。雪が固まっていて立てたと思った刹那、足元が沈む。これ、結構疲れる。

探鳥地ガイドに掲載した帯広市内の公園。園路から一歩外れると雪深かった

こんな状況では、群れの流れを見て先回りしようとしても、思うようにいかない。公園にはランニングと犬の散歩の人しかいない。わたしだけ、シマエナガ。がむしゃらにラッセルラッセルしながら、孤軍奮闘した。それでも、帯広産のシマエナガを見つけることができた喜びは大きかった。札幌と十勝のシマエナガに違いがあるわけではないが、今のようなブームになる以前、もっぱら帯広でシマエナガを観察していたから、思い入れがあるのだ。

カラマツ林にいたシマエナガ

必死に群れにくらいついていくと、手が届きそうなほど近い距離に来てくれた瞬間があった。周囲を見回していたシマエナガが顔をこちらに向け、視線が合った。あまりにもかわいすぎて、どきっ!とする。この感覚、教室の中で好きな女の子を見ていたら、視線が合って、思わずどきっとした思春期の思い出のようだ。まさにハートを射抜かれる感覚。いや、もちろん恋愛感情とは違う。オスかもしれないし。

このまなざしに、やられてしまう

多くの収穫を得て東京へ戻った翌日、帯廣神社の大野宮司から、境内でシマエナガを見つけたと連絡をいただいた。一日違いだった。やはり帯廣神社はシマエナガの聖地。次に訪れるときは、帯廣神社でシマエナガに出会いたい。
 
それにしてもエナガは不思議な魅力にあふれた鳥だ。シマエナガは別格として、亜種エナガも十二分にかわいい。まだまだ誰にも知られていない生態も、いろいろあるに違いない。再びシマエナガに会いに北海道を訪ねるのは少し先になるけど、その日まで自分のフィールドで亜種エナガをとことん観察しようと思う。
 
Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどでのサイエンスコミュニケーションに取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)、『変形菌入門』(文一総合出版)がある。


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