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東京巡礼 酒の道より


巨大なビジネス街が、誕生していた。巨大な商社が一棟まるまる入居している。銀座や新橋からそう遠く無い場所にある近未来的な人工都市に似ている。

ビルがまるまる街として機能しているのに驚かされた。毎週、会議が商社スタッフ主催で行われた。そこに丸山圭と島谷修、宍戸彰などのファッション企画のプロが集められた。

島谷は、銀座に事務所を持っている新進のプロデューサーだ。丸山も企画会社としては老舗の敏腕社員だ。宍戸は、生産や工場や 背景などを管理できるエキスパートナー。私は、ネット関連の専門家として呼ばれた。

「ところで、通販サイトとして、何やるか、
どこのブランドを扱うかが問題だ」
と商社マンらしく潮田が直球で問いかけた。

新進のサイトに出店を希望するハイエンドのブランドなどまずない。いくら、世界的に有名な商社といえども、そこは、実績や実務がものをいう。

「既に、ゾゾやAmazon、楽天などがある中で、海外でも日本に進出するサイトもあるそうだ」と潮田が追い討ちをかける。

確かに、強烈なキャラクターや消費者にアピールする何かが必要だ。右往左往しているだけで、前に進まない。ありがちな、有能な人材が集まったところで、烏合の衆と化す。


メンバーの中で唯一、帰国子女のTOEIC満点の女性がいた。西田紗織だ。彼女は、頭脳をひけらかすタイプでなく、分け隔てなく、誰にも普通に対応する才色兼備な女性だ。

酒好きな丸山圭と一緒に、仕事終わりに飲みに行った。浜松町の魚料理の店「芝文」や下町情緒のある森下の居酒屋「山利喜」などに行った。経費として計上できるので、支払いは私がする。

稀に、会社の地下にある飲み屋街の居酒屋で紗織を誘って数人で飲むこともあった。とにかく、毎回、丸山とは飲む。渋谷の裏側、神田、銀座など路地裏まで足を運んだ。酒飲みの好きな無名だが、名店ばかりだ。

丸山のセレクションは、酒飲みなら全員が認めるような肴も酒も美味しいところばかりだった。プロジェクトは、うまくいかなかったが、居酒屋巡りは、本に出せるくらい充実した。

やっぱり酒が、私のライフワークだと思った東京巡礼のような経験だった。

沙織と会社の同僚と三人で呑んだ事があった。接待は、必ず、渋谷の109隣の「玉久」に決めていた。魚料理が旨いからだ。そこで、沙織の誕生会を個人的にやった。誕生プレゼントを宝くじにした。

「宝くじ、一番違いで外れちゃったけど、すごい強運の持ち主ですね」と沙織に言われた。真ん中がはずれたのだから、どうにもならないが、もし当たっていたらとは思うと、口惜しさが出たのを覚えている。

巨大な会社とちっぽけな会社のコラボだったが、意外に人情に触れた。中途半端な立場でなく、対等に扱ってくれた人々に感謝する。

そして、もう会うことはないだろうが、丸山に粋な酒道を教わった。いつか、この道を極めたいと思う。貧乏からの脱却して、名店ばかりの東京巡礼をすると心に誓った。

でも

いい女に会いたい。

私の進むべきは、やっぱり女道だった。


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