作家ソン テーマ「外ヶ浜」

外ヶ浜
善知鳥(うとう)伝説で名高い

A 鳥好きの大学生。卒業が危うい。
B 短歌好きの社会人。卒業生代表ぐらいあたまいい。進学するの?でも学費が足りないので就職してる。動物が苦手。

海岸で話している。なぜなら金がないから。
海岸。海の音が聞こえる。強く風が吹いていてかなり冷える。
女性二人が座っている。完全防寒姿。帽子も着ていて着ぶくれしている。
一人は震えている、もう一人は普通。

A、持っているタンブラーを口に運ぶ。

A つめった…
B そりゃま、冬だから
A 冬って言ってもさ、こんなに冷える必要ある?
B 冬ですから…。
A いやいや、冷えすぎでしょ。えー?(おそるおそるタンブラーに口をつけて)やっぱ冷たい。
B どっか店行かない?さすがに寒いっていうか。
A 金ないんだよ。
B んじゃ、あんたんちでもいいよ
A えー、家は嫌だ。
B なんで
A 家族、めんどいじゃん。
B えー?そう?
A いやだよ、うるさいし
B わたし、あんたの家族好きだよ
A そりゃどうも。
B いいじゃん。お母さん面白いし
A そう?うるさいだけじゃん
B うちに比べたら全然だよ
A そう?
B うん。めちゃくちゃばあちゃんうるさいし。
A あ、おばあちゃん元気?
B 元気だよ。
A めちゃくちゃ会いたいな。
B ありがと。
A 私さ、おばあちゃんから貰う卵焼き好きだった。あれどうやって作るの?
B 味のこと?
A そうそう。あのふんわりしてて甘すぎないっていうか。自分で作っても全然うまくいかなくて。うちのお母さんもファンだよ。
B え、そうなの。
A そうそう。もしレシピあるなら知りたい。
B 今度聞いてみるね。でも特別なレシピでもなかったよ。
A 絶対だよ、頼むよ。連絡なかったらしつこく聞くよ。
B わかったよ。ブロックするから。
A なんで!
B え、うっといじゃん
A ひっど。
B うそうそ。
A もー。泣くよ。せっかく帰ってきたのに。
B そりゃどうも。結構な好かれようで。
A そうだよ、わたし楽しみにしてたんだからね。Bに会うの。
B え、そんなに思われてたの。(露骨に嫌な顔)
A …なんでそんなに嫌な顔するの。
B いやあ、まあ…。
A 無視すんなよ
B してないじゃん。めちゃくちゃ話してるじゃん。
A そうだけどさ。
B で? なんで帰らないの。
A え?
B 実家。
A だから言ったじゃん。親めんどくさいんだって
B ケンカ?
A んー。まあ、そんなとこ。
B あんた、あの子はいいの?鳥の…。
A チャッピー?
B そうそう。それそれ。会わなくてもさ。
A 鳥じゃないからね。チャッピーは文鳥だよ。
B 鳥じゃん。
A 鳥じゃない、文鳥だよ!
B めんどくさいなー。
A 鳥じゃないからね、チャッピーは。文鳥だからね。
B いやもうわかったよ。で?チャッピーには会いたくないの?
A いや、めっちゃ会いたいよ!
B じゃあ帰りなよ
A やだ、帰らない。
B チャッピーに会えないよ
A うわああああ。

A、 会いたいよーと言いながら頭を抱えて唸っている。

B そんなに会いたいなら帰れば?
A もうさ! この際だから言うけどさ! 単位が足りなさそうなの!
B え?
A 卒業が! できなさそうなの!
B え“っ!それって、結構やばいのでは?
A 結構っていうかまじでやばい。
B だよねえ。おばさんには?
A 言ってない、言えるわけない。
B おー…。
A 親には散々文句言われながらなんとか入学したし、四年で卒業しろとか、めちゃくちゃ言われてて、これがばれたら。
B 連れて帰られるのか、学費は自分で払うのかで結構違ってくるんじゃないか?
A 問題はそこじゃなくて、もっと手前で悩んでる。
B というと?
A 絶対ケンカになるから、今からそれ考えるのが嫌で嫌で

B、 ため息をついて立ち上がる。Aの帽子を頭から外す。

A ぎゃー。さむいさむいさむい。

A、 Bの手から帽子を奪い取ってかぶる。

A さむいいいいいい。
B いやもうそれぐらい言いなよ。
A え?
B 卒業できないかもってこと
A いやだ、絶対言えない。だってどうやって言うの?ごはん食べながら「卒業できないかも」って普通のトーンで言うの?絶対責められるじゃん
B そりゃ責められるでしょ。失敗してんだから
A 責められたくない。一番反省してるのは私なんだから
B そうなのー?(疑いの目)
A そうなの!反省してる
B 私さ、大学行ってないじゃん。だからその、単位?とかのことわかんないんだけど。
A …。
B そういうの、ためない方がいいよ。絶対。どうせ後からばれるんだから。あんたそういうの絶対ごまかせないくせに、隠すから余計に怒られてたじゃん
A さすが、三年間学年一位の優等生は言うことが違うね。
B 普通に一般常識だが?
A すぐそういうこと言う。
B ちゃんと言いなさいよ。
A なんて?
B 卒業できませんって。
A 一人で言えない。

A、 Bの服の裾を持つ

A 一緒に言って(ハート)
B 絶対にい・や!!!!
A ひどい!
B 自分のことでしょ。私が付いて行ったって、おばさん的には、「は?」だよ。なんでBちゃんがいるんだろう?ってなるでしょ
A たしかにそうだけどー。
B あのねえ、あんたせっかく大学行ったんだよ。おばさん頑張って行かせてくれてるんだよ。そういうのちゃんとしなよ
A えー。すっごい常識人。
B 私はいつだって常識人だよ

 AとB、無言で並んでいる。

A ねえ。今日のこと書くの?
B は?
A ネットにさ
B は???
A 書いてるでしょ?
B え???????
A 知らないと思ったの?知ってるに決まってるじゃん。
B …何を?
A 俳句。書いてるでしょ。

B、 頭を抱える。

A わたし、そういう才能ないからさ。すごいよね
B …短歌
A え?
B 私が書いてるのは短歌だよ
A 短歌?
B ごしちごしちしちの短歌だよ!
A え、あれ俳句じゃないの?
B あんた学校で何聞いてたの?
A …なんだろうねえ…。
B いつから?
A え?
B いつから知ってたの?
A えー?教えない。
B なんで!
A そういうの秘密の方が面白いでしょ
B 面白くもなんともない!
A ねえねえ。今度さ、応募したら?
B …何に?
A 短歌の賞。絶対いけると思うんだよね。
B むりむりむり!!ぜったい無理!
A なんで?私、Bの短歌すっごく好きだよ
B いやいやいや。あんたが好きかどうかじゃなくて。賞だよ?そんなすごい人たちが集まるようなものに私が出しても落ちるだけだって
A そんなの出してみないとわかんないじゃん
B …そりゃまあ。
A あ、じゃあさあ、私は今日お母さんにちゃんと話すから。あんたは今日、短歌の賞を探して応募する。ね。これでよくない?
B 何もよくない。
A そんなこと言わないでよ
B だってめっちゃ怖いじゃん。
A なにが
B 好きなこと、うまくないって言われて。また取り上げられたら
A …
B 私が好きなことでお金かからないことってこれぐらいしかないから
A …うん。

 AとB、無言。

A わたしさ、Bの俳句好きだよ。
B 短歌な
A あ、そうそう。短歌短歌…。だから、みんなに知ってほしいなって思ってるんだ。だけど、もう言わないね。
B うん
A ごめん。

 AとB、無言。

B ・・・寒くなってきたから、帰ろっか。
A そだね。

 AとB、のろのろと立ち上がる。

A また連絡するね。
B うん
A とりあえず、今日、卒業できない報告がどうなったか
B それはぜひ
A あとさ。
B …なに
A 短歌の感想は?伝えてもいい?
B …言わないで。
A うん。わかったよ
B ごめん。
A なんで謝るの?別に嫌なんだから嫌って言っていいんだよ。
B うん。
A こっちこそ、ごめんね。
B 大丈夫。
A じゃあね。今日は寒いのにありがと。

A、 Bに背を向けて帰ろうとする。

B ねえ、いつまでこっちにいるの?
A お正月明けかな。二日に帰る予定だよ
B じゃあさ、初詣行かない?
A いいよ、行こう!
B また、連絡するね。
A うん。私も連絡する

 AとB別れる。

おわり

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