書き出し自選・けーの5作品(けー)

「髭、曲がってるよ。」
先日そう言われて、初めて気付いた。
マスクで髭に癖がつく。
私の髭は長いのだ。
しかしどうしたものか。
一年前から曲がったままの髭をばつ悪く撫でながらすっかり悩んでいる。
この中から5つを選ばなければならない。

けーと申します。
八重樫さんから御指名をいただき、この度書き出し自選を担当いたします。

けーとは随分簡素な名前にしたものだと我ながら思うのですが、子供時分からの渾名であり、なんだかんだしっくりきております。

書き出し小説大賞には第102回から第141回まで参加しまして、一休み。第179回から再び参加しております。
(八重樫さん。同期です…!)

「書き出し自選」は淡い憧れです。
憧れと対峙するときほど奥歯を噛み締めなければなりません。
曲がってたって、いいじゃない。髭はマスクにしまって、しっかり選ぼう。


「シロはつめたいの。冷凍庫あけたら、かーちゃん、ころすよ。」
(第104回 規定部門・怪談(2016))

投稿を始めて二回目の採用作品。
直感そのままの作品。
装飾が多いが中身は簡素で暴力的に仕上がった印象。
冷凍庫に張られたメモなら「れいとうこ」としたかったが、台詞とした。
これを許さざるを得ない家庭がこわい。

女の瞼は閉じられた。水槽に瞳がまた増える。
(第114回 自由部門)

たくさんの書き出し作品に触れて試行錯誤をし始めている。
口に出して気持ちいいリズムだったり、複数のモチーフを混ぜたり。
横たわる女と水槽。瞼と瞳。増減。
何が起きているのかはよくわからないが、部屋の暗さと、この様子を見届けた誰かの心情の暗さが滲めばと思った。

どことなく感じる不穏さや、若干の肉感に惹かれる節があり、自身の採用作を眺めていてもそういったニュアンスが多いなと改めて思う。

俺より尾の長い男がいる。奴との出会いは、丸い月の下の廃工場だった。
(第132回 自由部門)

一枚絵が好きで、映画など見ていても印象的な構図を多用する作家を好む。
前後の出来事をつなぐ決定的な瞬間をなるたけ美しい感じで切り取ろうぞと、この作品でも四苦八苦した記憶がある。

締切毎たくさんの作品を投稿するのだが、世界観と与える印象が出来るだけ多様になるように心がけている。
こわいのも、えろいのも、ばからしいのも、ふしぎなのも、出来るだけ満遍なく。
これには特に理由はない。なんとなく。

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一歩目で分かる。百年前の今日。雪が降っている。
(第200回 自由部門)

一休みしてから、投稿再開。
やっぱし書き出し小説たのしいぜと、気軽に再開。
再開後、色んなジャンルのものを満遍なく、という自分ルールが加速した気がする。

なんのモチーフも浮かんでないけど、幻想的な世界観をリリカルな手法でいい感じにアレしたいぞと思うものの、どうしたものか。
夜中、煙草を吸いに外への戸を開いた瞬間に浮かんだ作品。
寒い。今日絶対雪降ってた。降ってないけど。と思ったのだ。

チロには視えている。玄関から懐かしい香りがする。
(第206回 自由部門)

初めてド頭に掲載いただいた作品。
オカルトをメランコリックな雰囲気で、あとちょっとかわいく、を標榜した。
犬が虚空を注視していることがよくある。彼等には何が視えているのだろうか。
ところで私の作品にはよく犬が登場する。
一つ目の自選「シロはつめたいの。」も多分犬だし、この「チロ」も多分犬だ。
一緒に過ごした犬は二頭いる。マックとチビ(全然小さくない。子犬の頃はちびだったのだ)。両名には大変感謝している。


以上、書き出し自選・けーの5作品でした。
普段文章を書き慣れておらず、うんうんと唸りながらもなかなかに貴重な機会でした。
書き出し小説、たのしいですよ。みなさんもよかったら是非是非とも。

さて、次回の書き出し自選ですが、正夢の三人目さんです。

正夢の三人目氏には学生時代からお世話になっており、先輩のような友人のようなやっぱり先輩です。
私が書き出し小説を知るきっかけになったのも彼でした。
独特の世界観と破壊力を併せ持ったパワフルな作風かと思います。
どんな自選になるのかご期待あれ。

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