書き出し自選・南極行太郎の5作品(南極行太郎)

 こんにちは。南極行太郎と申します。“自称・小説家”です。よく「南国(なんごく)」と間違われますが、どうぞ好きなように呼んでください。紛らわしい名前ですし、南極も広義では南国ですので。


 この度、“書き出し自選のバトンをもらう相手がいない状態”で書かせていただくことになりました。海に浮かんでいるボトルメールを拾うような気分です。でも、バトンってそんなものですよね。聖火リレーだって火種のストックがあるし、運動会のリレーだってバトンを落とすから盛り上がるものです。

 ただ、僕はまだ入選作品が10作品ほどしかありません。それで5作品選ぶなんて、弾がなさ過ぎます。カードゲームでいったらクソ弱デッキです。スターターセットを買っただけで全国大会を目指すようなものです。

 ですが、せっかく拾ったボトルメールです。誰が拾ったっていいじゃない。潮の流れが変わってどこかに行ってしまわないうちに、なけなしの作品の中から自選を始めます。



この時期になると、きまって私たちの噂話が流れ出す。人間界ではそれを「怪談」というようだ。

(第218回 規定部門『怪談』)

 初めて掲載された作品です。書き出し小説に参加し始めた第217回では採用されず、「そんなにうまくはいかないよな」と思って、ちょっと本気になって考えた作品です。書き出し小説の手法としては“ユニークな視点”を使ったオーソドックスなものです。「なーんだ、ちょろいもんだぜ!」と調子に乗った僕は、この後二ヶ月半ほど入選しませんでした。神さまは謙虚な人だけに微笑んでくれます。謙虚な姿勢を忘れずにいきたいものです。


「口がくさい」というのが、猫が愛を表現する唯一の言葉である。

(第223回 規定部門『可愛い』)

 最初の入選から次に掲載されたのが、この作品です。嫁の実家で飼っている白猫がモチーフです。人懐っこくて、毛並みがつやつやしていて、すらっとした手足の美人猫なのですが、とにかく口がくさいのです。元々野良猫だったので、たぶん慢性的な歯周病です。だけど、やっぱり可愛い。それが猫の愛情表現なのであれば、口がくさいことなんてほんの些細なことです。くさいもの嗅ぎたさで、嫁の実家に行っている節もあります。肉球はお日さまの香りです。


社長室の陽子さんと東急ハンズの前で待ち合わせをした。応援うちわの材料を選んで欲しいのだという。

(第235回 規定部門『シスターフッド』)

 書き出し小説の規定部門のモチーフには毎回頭を悩ませるのですが、このモチーフは特に難しかった。聞き慣れない言葉な上に、その意味を理解するために天久さん推薦の『ババヤガの夜』を読んでみるもののさらにわからなくなり、苦労を極めました。

 僕なりの“シスターフッド”の解釈は、いわば“ブラザーフッド”の女性版です。海外映画で筋骨隆々な男たちが「ヘーイ!ワッツァップブラーダー?(字幕:よぉ、兄弟。元気かい?)」みたいな。姉妹ではないけど、姉妹のような間柄。友達というには弱くて、同じ目的を持っているような同志に近い、もう少し強い関係性。“シスターフッド”をそのように捉えて、作品を考えました。

 未だにこのモチーフを理解し切れているか謎ですが、他の作家の方の視点も非常に面白く、とても印象に残っている回です。よろしければぜひ見てみてください。『ババヤガの夜』も面白かったです。
書き出し小説大賞第235回秀作発表

地球のみなさん、お元気ですか? こちらは群馬県です。

(第226回 規定部門『大作感』)

 ほぼ隔週で行われる書き出し小説のお題を考えるとき、その二週間の出来事をヒントにして作品にすることがあります。これは群馬に行ったときに撮った写真をヒントにしました。何の変哲もない砂利の駐車場をローアングルで撮った写真が、とても惑星的だったのです(言葉じゃ伝えきれませんが、月面のごつごつした感じを想像してください)。

 書き出し小説の手法で“モチーフと遠いものを混ぜる”というものがありますが、大規模な地球と、マイナーで秘境と揶揄される群馬をかけ合わせたわけです。結果的に、大気圏を飛び越えた群馬県が完成しました。すごく強そう。

 ちなみに群馬県民の皆さん、怒らないでくださいね。僕はいずれ群馬に移住したいほど、群馬が大好きです。『たこ顔』のマヨコーンたこ焼きが大好きです。『ハッスル餃子』もおいしいですよね。もちろん、焼きまんじゅうも好きですよ。移住した際は仲良くしてください。


あなたが取ってくれた金魚をプールに放して、一緒に泳いだ。

(第228回 規定部門『なんとなくエロい』)

 バドミントン部に所属していた高校生の頃、体育館の横にプールが併設されていました。夏の時期、プールを使う女子水泳部の存在は常に気になっていましたが、謙虚で控えめな僕が覗けるわけがない。僕にとってプールは、近くて遠い“なんとなくエロい”場所でした。そういう場所、皆さんにもありますよね?

 この作品はたくさんの人に褒めていただけて、とても嬉しかったです。それに、投稿作品を考える期間は正当に“なんとなくエロい”ことを考えていられる、素敵な日々でした。入選したその日は、自分でお寿司を握ってお祝いしました。それが南極流の祝杯です。



 いかがでしたか? もう本当に弾切れなので、これで終わりです。


 最後に、自戒の意味も込めて「自分なりの創作活動についての考え」と「書き出し小説に投稿している理由」を述べます。


 冒頭で“自称・小説家”と名乗りましたが、そんなあやしい職業があるわけがありませんよね。ちゃんと白状すると、僕は書き出し小説に参加しながら、日々小説を書き溜めているごくごく平凡な一般人です。“書き出し小説の手法”とかほざいてましたが、お察しのとおり、文章の技術も高くはありません。

 それに、僕はこれまで本を読んできませんでした。むしろ、テレビゲームが大好きな幼少期を過ごし、読書とはほど遠い生活を送っていました。

 その代わりに、テレビゲームから物語をたくさん得てきました。3歳で『スーパーマリオワールド(SFC)』に触れて、『風のクロノア(PS)』でゲームの中にある物語性を感じ始め、『ICO(PS2)』『MOTHER2(SFC)』など、たくさんの素晴らしい物語に触れてきました(ただ「もっと本を読んでおけばよかった」と後悔することも、もちろんあります)


 僕の大好きなゲームクリエイターの一人の言葉に、こんなものがあります。

「ゲームを磨くヒントは、ゲームの中にある。だからゲームを遊び学ぶことは必要だとして、ゲームを発想するヒントは、ゲームの外にこそ見出したい」

 これを小説に当てはめると、文章を磨くヒントは“本を読み、書くこと”の他にありません。ですが、発想力においては、“本をたくさん読んでいること”は絶対条件ではありません。映画にしろ、音楽にしろ、漫画にしろ、絵画にしろ、テレビゲームにしろ、何かしらの創作物から物語に触れ、何かを感じ取ることがあるのならば、十分な素養はあるはず。そして、本を読んでこなかった人こそ、今までにない発想で物語を書けると思います。そういう意味では、誰しもが自分にしか書けない物語があるはずです。僕は自分にそう言い聞かせて、創作活動をしています。

 もし、同じような境遇で小説家を目指している人がいれば、今からでも本を読み、書き、自身の文章を磨く。僕も頑張るので、一緒に頑張りましょう。


 次に、書き出し小説に投稿している理由について。

 小説を完成させるためには、それなりの時間と労力がかかります。僕は『RPGツクール』というゲーム制作ツールでゲームを作ったことがあります。物語と設定をノートに書き留めて「よし、いよいよゲーム作るぞ!」と意気込んで『RPGツクール』を起動するも、オープニングシーンだけ作って満足してしまい、完成させたことはほとんどありませんでした。フラグ管理や敵キャラのパラメータ設定など、めんどくさいことが多いので飽きちゃうんですよね。


 でも、書き出し小説はその名のとおり“書き出し”だけで成立する文学です。ショートショートや長編小説を書き上げるほどの時間や労力をかけずに、完成させることができます。

 創作活動において、クオリティはどうであれ“完成させること”が最も重要です。書き出し小説は比較的容易に完成させることができ、選考の勝負があり、読んだ人から反応を得られる。小説家の卵にとって、こんなに有り難い創作の場はありません。

 これを読んでいる方で「自分にもできるかも」と思ったら、ぜひ投稿してみてください。創作活動のよい刺激になりますし、文章を書くのにお金はかかりませんしね。楽しいですよ。


 以上で、僕の書き出し自選は終わりです。

 自分の入選作品を振り返ると、ネタっぽいものもあれば、ロマンチックな文学の香りが漂っていそうなものまで、幅広いですね。マルチプレイヤーといえば聞こえはよいですが、一貫性がありません。要するに作風が固まっていないほどの、駆け出しの書き出し作家です。素敵な創作の場を与えてくださる天久さん及びデイリーポータルZの皆さま、書き出し作家の皆さま、読者の皆さま、今後ともどうぞ温かい目で見守っていただけると幸いです。


 さて、次のバトンはYves Saint Lauにゃんさんです。快くお受けくださりありがとうございます。Yves Saint Lauにゃんさんは至極の書き出し小説作品を生み出し、博識でユーモアたっぷりな憧れの先輩です。ブースターパックを1パックだけ買ってSSRを引き当てるほどの幸運。これで全国大会も夢じゃありません。

「俺のターン! カードをドロー! 全マナを使って、伝説の暗殺者・Yves Saint Lauにゃんを召喚! 召喚酔いで行動できないが、次のターン、ゲームは俺の勝利だ! ターンエンド!」

文芸ヌーは無料で読めるよ!でもお賽銭感覚でサポートしてくださると、地下ではたらくヌーたちが恩返しにあなたのしあわせを50秒間祈るよ。