書き出し自選・紅井りんごの5作品(紅井りんご)

こんにちは、紅井りんごです。

東京都出身、水瓶座のA型です。好きな食べ物はマルセイバターサンドです。座右の銘は、敬愛する松尾スズキ氏のお言葉「人生死ぬまでの暇つぶし」です。「人生是、途中なり」も好きです。人生という命がけの暇つぶしの途中で、書き出し小説に出合えたことを心から幸せに思います。

この度、ネタ系作品の猛者であられるベランダさんからご指名を頂きまして、僭越ながら書き出し自選を担当いたします。威厳竜が現れないので、なんとかひとりで頑張ります。大丈夫です。ひとりっ子なのでひとりには慣れています。いいかげん個人情報を晒しすぎているような気がしますが。

そんな開けっぴろげな紅井が選んだ、思い入れのある5作品はこちらです。

 

 

井上さんの失恋のコンポート

(第172回 規定部門『架空のメニュー』) 

記念すべきデビュー作です。まずい果物もコンポートにすれば美味しく小洒落たスイーツになるように、つらく苦い失恋もコンポートにすれば意外と美味しく食べられるやも。という発想で書きましたが、他人の失恋を砂糖で煮たものなど食べた瞬間に口が腐ること間違いなし。たとえランチにサービスでついてきても、見なかったことにして店を出ましょう。これをモチーフに作文を書き、文芸ヌーデビューも果たした愛着のある作品です。


  夏が一滴、素足に落下した。棒アイスがみるみる溶けていく。

(第193回 自由部門) 

天久先生から〝鮮明なビジュアル描写〟との初コメントをいただき、飛び跳ねて喜んだ覚えがあります。じつはこの作品、ドラマ「昼顔」第一話の冒頭シーンがモチーフなんです。上戸彩さん演じる笹本紗和が、どこか不満げな表情でベランダから外を眺め棒アイスを舐めていると、溶けた白いアイスがぽたりと足の指に落下。やだ、エロい!その妙に官能的なシーンを見た瞬間、脳内でドーパミンがドバッと分泌されこの書き出しが生まれました。欲求不満だったのかもしれません。自分の中ではエロティシズムが出発点ですが、夏らしい爽やかさもあってお気に入りの書き出しです。


  任務から戻るとペヤングはふやけていた。

(193回 規定部門『スパイ小説』)

 それまでスパイ小説を読んだこともなく、スパイについて考えたこともなかったわたしは、隣市のゲオまで足を運び、王道スパイ映画3本(『チャーリーズ・エンジェル』『ミッション:インポッシブル』『キングスマン』)を借りてきました。膨大なメモをとりつつ研究して最終的に出た感想が、「スパイって急に呼び出されて大変だな」でした。スパイたるもの、ペヤングができあがったタイミングでも呼び出されたらすぐに駆けつけなけばなりません。任務を遂行し、疲れて帰った部屋でふやけているペヤング。尾崎放哉の自由律俳句〝咳をしても一人〟に通じる哀愁。この書き出しが書けたとき何故か謎の達成感を覚え、同時にこれ以上のものは書けないと思い、この作品ひとつで勝負しました。もし不採用だったら、ただスパイ映画を3本楽しんだだけの人になるところでしたが、採用していただけて助かりました。  


最後のコーナー、最後の一枚、祈り。

(194回 規定部門『ラジオ』)

 初めて規定部門の最後に載せていただいた作品であり、大竹まことさんがパーソナリティを務める文化放送のゴールデンラジオという番組でこれまた初めて天久先生から紹介していただいた作品であり、名作とのお言葉までいただいた光栄オブ光栄な作品。ラジオで光浦靖子さんから「書き出し小説に書く人ってハガキ職人と近いもんで、そっちのポジションでものを考えるんだね」とのコメントをいただきましたが本当にその通りで、自分の作品と名前を確認するまではいつも祈るような気持ちです。


  一年ぶりの扇風機があの人と暮らしていた頃の埃を放った。

(196回 規定部門『夏全般』)

 最後にリリカルな作品を。一見すると間抜けな場面ですが、そこはかとない切なさのある書き出しです。一年前たしかに一緒に暮らしていたあの人が、今はもう居ない。埃の中に残っていた、あの人との生活のしるし。あの人が居た頃から別れて今に至るまでを一文で表現してみました。あの人をどんな存在に設定するかで物語も大きく変わりますね。書き出し小説大賞200回記念企画「書き出し小説大賞マイベスト」でも選出していただきました。嬉しい! ダイソンの羽なし扇風機を使っていたら書けなかった作品ですが、ダイソンの羽なし扇風機は喉から手が出るほど欲しいです。社長、もう少しお安くなりませんか?(夢グループのCM風に)


 作品の紹介は以上です。

以前からひそかに憧れていた書き出し自選。新参者の自分がその機会に恵まれるとは、大変光栄で恐縮しきりです。不採用が続きどうして良いかわからず、偉大なる先輩方の作品をカレンダーの裏に泣きながら写経していた日々が無駄ではなかったなと、感慨深いものがあります。天久先生、デイリーポータルZの皆さま、そして書き出し小説を通じて出合えた作家の皆さま、本当にありがとうございます!


 次回の書き出し自選は、書籍化された書き出し小説名作集にも作品が掲載されている憧れの大先輩アイアイさんです。

アイアイさんの笑いのセンスは繊細ながらも破壊力があってグッとくる名作ばかり。ワクワクしながら正座で待ちたいと思います。それでは、よろしくお願いいたします!

文芸ヌーは無料で読めるよ!でもお賽銭感覚でサポートしてくださると、地下ではたらくヌーたちが恩返しにあなたのしあわせを50秒間祈るよ。