書き出し自選・早百合の5作品(早百合)

2013年、雪国。
とある受験生のガラケーに打ち込まれたのは、「小説 大賞」の検索ワードであった。

はじめまして、早百合と申します。
この度有難いことにタルク石さんよりバトンを賜り、書き出し自選を担当いたします。
折角なので、書き出し小説と私の出会いの物語の書き出しを冒頭に置かせていただきました。
受験勉強の傍ら何か創作をして、誰かに評価してもらいたい!という欲が抑えられなくなり、ポチポチと検索をして見つけた書き出し小説。初投稿して初採用いただいた第34回から、もう10年近く経ちます。雪国のバス停から投稿していたJKも今は都心のオフィスビルから投稿するようになりました。
途中かなり気まぐれな投稿頻度であったので採用作は年月に対して少ないですが、その中でもお気に入りの5作品をご紹介します。


バスを降りて雪道を歩き始めると、やっと溶けたと思った体がまた、タイツの足下から凍り始めた。
(第36回 自由部門)

自身2つ目の採用作。「吐く息白い雪国の登校風景が身体感覚で伝わる」とコメントをいただいて、そう!まさにそれなんです!とバス停でひとり盛り上がっておりました。遅れてやってきたバスに乗り込み、カチカチの体が今度は足元特化型の暖房で熱いくらいに溶かされていく。そして降りるとまた凍り…の逆サウナ状態。あの感覚は久しく味わっていないですが、寒さや暖房の熱だけでなく、制服、ダッフルコート、タイツ、参考書が詰まったリュックという装備があって初めて完成する感覚だったのかもしれませんね。


曖昧なまま始まり、形式上ははっきりと終わった。
(第59回 規定部門 「不倫」)

書籍「挫折を経て、猫は丸くなった。―書き出し小説名作集―」に掲載いただいた作品。
学食でその旨を通知するメールを読み、興奮して即座に隣にいた友人に伝えた事を覚えています。当時大学生の私に勿論そのような経験はございませんので(今もこれからもないですが)完全に想像ですが…
全てがあやふやな状態で生じた関係がいつの間にか不倫という形になってしまって。そうやって始まった「関係」は、別れの言葉や第三者の介入によって終わりがある。でも「感情」はどうか。人の気持ちって移り気である反面それ以上に頑固なんだから、「終わった」と思ってからが始まりだよね。
などということを少し背伸びして考えて出来た作品です。


物置を開ければ、昔より伏し目がちなファービーがそこにいた。
(第80回 規定部門 「再会」)

扉を開けた先で待ち構えていたら一番インパクトのある懐かしいものってなんだろう…と考えた結果すぐ浮かんだものがファービーでした。
彼らは大きな目をしているけれど、我が家にいたファービーはいつも伏し目がちで「モグモグ…ウワウワ…」しか言わず、すぐにグーグー寝入ってた記憶があります。
長年の物置生活を経たファービーとの再会シーン、その伏し目からはどんな感情が向けられているのか。キャッチーで想像しがいのあるお気に入りの作品です。


何の根拠もない言葉だけが、今日も私を生かしてくれた。
(第247回 規定部門 「エイリアンズ」)

中々に自信作だったので、発表当日は外出先の上野の国立科学博物館前で大喜びしました。
お題であるキリンジのエイリアンズ。非現実的なワードが漂う中紡ぎ出される「キミが好きだよ」「魔法をかけてみせるさ」等の歌詞はとてもふわふわ浮いてみえるのにスッと胸に落ちていきます。思い浮かんだのは、不安も孤独も完全には埋められないまま、何故か夢物語みたいな言葉だけを糧に、気がつけばまた一日を生き延びてしまったと耽る夜の始まり。
歌のお題はモチーフが明確な分、作家さんの表現や捉え方の個性がより感じられてとても面白いですし、やりがいがあります!


ジャンケンの弱い僕は、いつも石段の上の君を見上げていた。
(第255回 自由部門)

これまでの自身の投稿作品のなかで最高傑作かも…と思えた作品。
お褒めの言葉をいただき嬉しかったです。モチーフとした遊びの「グリコ」。見上げたり見下ろしたり、追い抜いたり追い付けなかったり、今思うとなかなかドラマのある遊びですね。
「説明の省略が巧みで映像と心情が同時に浮かぶ。」とコメントいただきましたが、普段は思い浮かんだ景色を言葉にしようとするとあれこれ飾り付けしてしまいがちなので、本作のように削ぎ落としてなお情景を伝えることができたのは自分でも稀で良くできたな!と思います。


以上、早百合の書き出し自選でした。

書き出し小説は作品像やその後の展開が変幻自在である分、自身で語りすぎてチープになってしまわないよう、何度も書き直してしまいました。
実際、他の作家さんからいただいたコメントによって初めて得る自身の作品への気付きも多々あり、楽しみは尽きません。

私は文芸関係の活動をしているわけでもなく、何か専門的に学んだわけでもないただの会社員ですが、そんな私が自選まで書かせていただける日が来るなんて、本当にありがとうございます。

ガラケーを眺めていたあの日の私に伝えたい。
あなたが見つけた書き出し小説、
今でも私は楽しんでいるよ。

次のバトンはキキさんへ。
突然のお願いにもかかわらずお引き受けくださりありがとうございます。

楽しみにお待ちしております!!!!

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