書き出し自選・アイアイの5作品

ものすごいホラを、とことん聴き抜いたことがありますか。私はあります。

「私が長年研究をし続けてきた科学的な謎が、まさに明日、解明できるんだ、これは世界的な事件だ、今年のノーベル賞は私だ」という自称科学者のおじさんの話です。スーパーの駐車場で、1時間くらい立ちっぱなしで聴き抜きました。「この雲は…1時間後に雨が降る!私にはわかる!!」とも叫んでいました。歌舞伎役者みたいにドス利かせて、カッコよかったです。あとその話の間、おじさんの軽トラ、ライトつけっぱなしでした。

さて書き出し自選ということですが、その昔、ちょぼちょぼと書き出しを書いていたのをなぜか知ってた紅井りんごさんからご指名をいただきました。意外で光栄すぎます。せっかくなので、人からは選ばれそうもないけど個人的に好き、というものを5個選んでみました。

ドラムロールの中、私は生まれた。

(第51回 規定部門『私小説』)

昔友人が、キーボードの鍵盤を押している間ドラムロールが鳴り、離すと「シャン!」と鳴る機能を使って、子猫が一生懸命ウンコしようと踏ん張っているところにドラムロールを流していたのを思い出して書きました。

「一人相撲、て知ってるか?」横綱の恋話が始まった。

(第58回 規定部門『相撲』)

白鵬くらいしか知らないんですが、なんか相撲っていいですよね。特に、横綱の怖さ、恐れ多くて声なんか掛けれない感じ、想像だけどきっと傍若無人で、だけど偉いからみんな奴隷のように従う、みたいな感じ。異世界すぎてわくわくします。そんなめちゃくちゃ怖い横綱が、夜中にコッソリ同じ部屋の下の者集めて、薄暗い中コイバナ始めるんです。中には中卒で入門してきたばかりの初心な子もいて。その出だしがこれ。絶対面白いからこの話。

猫だましにびっくりして、その夜は朝まで眠れなかった。

(第58回 規定部門『相撲』)

冬の夜、いびきが響く大部屋で、ひとり眠れない舞の海。「猫だまし…。腰を抜かすほどの猫だましって一体どんななんだよ…」。布団の中で悶々と考える。稽古ではここのところ、彼だけが柱に向かってひとり手を叩き続けていた。他の力士たちは、あいつは狂っちまったと噂する。そんなある日、寡黙な親方が突然、彼を地下室に呼びこんだ…。一週間後、傷だらけで地下室から出てきた舞の海。国技館の土俵に上がり、挑んだ取組とは―――、という設定です。

エンタメの1。震える声でそう告げた。彼の、厳しい、クイズ責めが始まった。

(第49回 規定部門『変態』)

暗い密室。張り巡る有刺鉄線。電流の恐怖に怯えながら必死に考える、宇崎竜童のバンド名。

苦労して張った結界のへりに母がびっしりハンガーを掛けていた。

(第81回 自由部門)

絶妙な重なり具合で鴨居に限界まで服を掛ける名人、母。母というものは、いつも「生活感」という武器で思春期の息子の夢を壊してまわる生き物というイメージがあります。あと鴨居って、そもそもハンガーを掛けるためのものだと思うのですが、あんな半端な板のでっぱりじゃなくそろそろ使いやすいハンガーバーにする業者が出てきてほしいです。

アイアイという名前は有名な猿の歌から来ているのですが、さて次の方、チンパン繋がりです。あの「丸氷」の名作を生みだした、トニヲさんです!毎回、本当にセンスの良い方で、面白いのにお洒落で、一拍置いてからじわじわくる感じ。ずっと憧れでした。トニヲさんをここに呼んだ私はみんなに感謝されるべきだと思います。うわあもう楽しみすぎますね!

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