書き出し自選・七世の5作品(七世)

扉の向こうから楽しげな声が聞こえる。
入ろうとして、手が震えているのに気付く。

上手に話せるだろうか。大丈夫、落ち着け。
息を吸い込む。
ドアノブに手をかける。

七世と申します。はじめまして。
この度、ありがたいことにバトンをちょうだいしまして、書き出し自選させていただけることに相成りました。憧れの書き出し自選…感無量です。バトンを回してくださった現実と非現実のハンドリングが巧みなタカタカコッタさんの自選を穴が開くまで読み、さて書こうと思って早幾日。5本選ぶって難しい…なんだかんだどれも愛着あるなあ。

とりあえず「書き出し小説」の自選なのだから「小説の書き出し」っぽく始めたいなと思って書いてみたわけですが、扉を開けてからもやっぱり緊張しています。震えは止まりませんが、せっかくこの場に来たのだもの、勇気を出して自己紹介していきたいと思います。
名刺代わりの5作品、少々長いですがよろしければ最後までお付き合いくださいませ。



チョコレートが溶けるのに合わせて初恋は終わった。
(第116回 規定部門『バレンタイン』)

初期の作品の中でもお気に入りです。バレンタインの「ほろ苦さ」が伝われば良いな。
この作品を送った日のことは、なぜかずっと鮮明に覚えています。寒い日の早朝、会社への通勤時間で書き出し投稿して、仕事を始めてしばらくして、急にこれを思い付いて、トイレ休憩に立ってロッカーからスマホを出して、この作品1つだけ、あとから送ったんです。その一連の出来事が、もう何年も前のことなのに忘れられません。採用されて、ほんとに嬉しかったなあ。


猫に連れられた空き地で三日月を見上げる。
(第129回 自由部門)

自分の「作風」というものに気付かされた作品。
それまでは数打ちゃ当たる的にとにかく作品を量産していましたが、なかなか採用されず悩んでいました。そんなとき、採用されたのがこれ。
正直とっても意外でした。だって、とってもフツー。悪い意味でのフツー。凡庸で特徴がなくてひねりがない。何でコレが?と。ただ、同時になんか納得もしました。なんというか、肩の力が抜けてるな、と。

無理してない、自然体な感じ。捻りに捻った「ドヤァ」と言った顔が見える作品よりも、こっちの方がいいかもと。さらに、「フツー」の作品は他の書き出し作家諸氏の作品にはあまりないような気がしたんです。いや、こんなフツーなのは皆さんきっといくらでも書けるんでしょう。ただもっと面白くシュールでナンセンスで叙情的で美しい書き出しを書けるから書いてないだけだとは思うんですが、それでも、それだからこそ、「フツー」の枠が空いていて、その狭い隙間に私がちょっと入れてもらえたんだなと思いました。
まさに猫に導かれて夜空を見上げたこの主人公のように、この作品に導かれたんだなと思います、なぁんて(ドヤァ)。


世界はずっと夜で、私たちしかいないのだ。
(第185回 自由部門)

夜の空気は怖いけれどさまざまなものを自分に与えてくれます。ネガティブなイメージと、どこかポジティブな感覚がどちらも伝わっていればいいなと思います。

140回くらいから180回くらいまでちょっとおやすみをしていました。自分の作風を意識するようになってから、ムリヤリ捻りだしても良いものはできないなと思い数打ちゃ当たる戦法はやめていました。思い付かない、気が乗らない、忙しいときは無理に作らない。そうやって肩の力を抜いてたらちょっと長い間おやすみをしちゃいましたが、ふとまた投稿したいと思うようになり再開。そしたらこれは自由部門のトップ、ド頭の採用で、天久先生からのコメントもいただきました。おやすみしてもいつでも戻ってきてもいいんだなあって実感して、嬉しさと共にとてもほっとした覚えがあります。


空の上の方で、夏の風が吹いている。
(第215回 自由部門)

「夏と秋と 行きかふ空の かよひじは かたへすずしき 風や吹くやむ」
平安時代の歌人、凡河内躬恒の和歌です。意訳すれば「秋待ち遠しいなあ、空じゃあもう秋の風吹いてっかなあ」みたいな意味。高校時代にこの歌に出会ったんですが、思い入れがあり、季節の変わり目にはちょくちょく思い出していました。
そんなわけで、オマージュのつもりで投稿。そしたらこちらも自由部門のトップ採用で、天久先生からのコメントもいただいてしまいました。人のふんどしで相撲を取ってしまったなと思いつつ、和歌の手法のひとつ、「本歌取り」ということで、どうかご容赦を。



あなただけの悪魔を見つけなさいと、悪魔がささやく。
(第231回 自由部門)

最近のなかのお気に入り。ファンタジーや児童文学の世界観が好きなので、隙あらばファンタジー要素を入れたくなります。

書き出し小説を考えるときに気を付けていることは、やっぱり「書き出し」であること。この一文のあとに、読者ごとにまったく違う物語が広がる、ということが一番の醍醐味だなあと思っています。壮大な冒険物語にも奇妙な怪談にもコメディにもなりえるのはすごいことだと思いますし、皆さんの作品はほんとうに想像力を豊かにしてくれます。

だからというのもなんですが、今回の自選も作品についてというよりそのときの思い出や転機みたいなものを語らせてもらいました。皆さんの考える、それぞれの作品の「その後」が知りたいなあなんて思います。
あなたの悪魔は、どんな悪魔ですか?



以上、5本でした。
初投稿・初採用は第111回でした。ひょんなことから教えてもらう機会があり、自分にもできるかなと思いきって投稿。採用の嬉しさと皆さんの作品の面白さ奥深さに触れ、すぐにハマります。生活のなかで、ふとした発見や気になることを言葉に起こすことが習慣になっていきました。それは今の私にとっても大切でとても有り難いものです。

ただ昔から参加しているものの、採用は約50本。え?少なくない?そうです、少ないんです。最近は投稿数も少なく毎回採用される方でもないですし、おやすみもよくしちゃう、いうなれば幽霊部員。それでも書き出し作家の皆さんは、部室の隅に縮こまってる私に気楽に声をかけてくれますし、顧問の天久先生はいつでも迎え入れてくれます。ほんとうに居心地の良いサークルの部室みたい。つたない例えですけど、この安心感とか楽しさとか切磋琢磨してる感じとかそういうのが伝われば嬉しいなと思います。

次のバトンは、にかしどさんに託したいと思います。さわやかなのに、どこかずれた世界を淡々と紡ぐ筆力にいつも唸らされます。面白いだけでもきれいなだけでもない、多面的な作品が素敵だなあと憧れています。


マジでめちゃくちゃ長くない?
ここまでお付き合いくださり誠にありがとうございました。

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