書き出し自選・寂寥の5作品(寂寥)

あなただけにこんばんは。悲しみよこんにちは。そして武器よさらば。男装の麗人、葱山紫蘇子さまよりバトンを受け取り不肖ワタクシ、寂寥が今回のナビゲーターを務めさせていただきます(粋な夜電波風に)。このオファーを受けて早一か月以上。緊張のあまり逃避行動(ツイッターでの大喜利、ネタツイ、クソコラ)に明け暮れ、いまやっと覚悟を決め、ポンカラキンコンカン(Ⓒ浜村淳)とタイプライターを打ち始めたところであります。
ランジェリー&正座というスタイルでこの原稿に臨む僕にとって書き出し自選で執筆させていただくことは、いいとも!のテレフォンショッキングにゲストとして呼ばれるくらい大変栄誉なことであり、書き出し作家としてひとつの目標でもありました。このたびは鈴木慶一さんからテレフォンゲストに指名された曽我部恵一さんの気持ちで頑張ってみたいと思います。皆さま、ご準備はよろしいでしょうか。それでは寂寥の書き出し自選始めます。


れでぃおへっどは、やさしかった。
(第171回・自由部門)

僕の初投稿にして初採用の作品です。規定部門のイメージがある僕ですが、デビュー作は意外にも自由部門だったのです。もちろんこれは英国が誇る偉大なロックバンドをモチーフにしたものですが、ここで大学時代にほんの短い間だけお付き合いしていた恋人の話をすこし。
とあるクラブのイベントで知り合った二つ年下のSちゃんは音楽誌に投稿するほどロックに造詣が深く、そんな彼女の一番好きなバンドがレディオヘッドでした。前年にリリースしたアルバムが全英チャートで一位を獲得し、その地位を不動のものとしていた彼ら。ただ、当時の僕は彼らの陰鬱で皮肉っぽい雰囲気があまり好きではなく、たぶん脳内では「憐泥汚反吐」と変換されていたんだと思います。Sちゃんがこのバンドの良さを丁寧に説明してくれてもロクに耳を傾けもせず、そればかりか思い込みと浅薄な知識で批判ばかり口にしていました。音楽通を自称していた僕にとって、博識で音楽に真摯に向き合う年下の彼女に嫉妬をしていたのかもしれません。Sちゃんはただ自分が好きな音楽を共有したかっただけなのに、プライドが高く、卑屈で幼稚な僕はそんな彼女を傷つけてばかりいたのでした。そして、そんな彼女のことを何だか疎ましく感じるようになってしまった僕は自ら距離をとるようになります。ほどなくして、ふたりの関係は終わりました。

十年以上経ってフェイスブックで偶然にSちゃんを見つけます。しかし、「知り合いかも」と通知が届いたのか、僕の存在に気付いた彼女が速攻でブロックしたのでしょう、すぐに彼女のアカウントは見つけることができなくなりました。もしかしたらSちゃんから友達申請されるかもなどと淡い期待を抱いていた愚かな男。そんな僕はまさしく「クリープ」だったのです。ぱりーん!Sちゃん、結婚おめでとう!!
 
れでぃおへっどは、やさしくなかった。
 
 
 
余所行きのユニクロに着替える。
(第173回・規定部門「ユニクロ」)

初めて天久先生よりコメントを頂いた作品です。デビューから連続で採用していただき、この流れを止めてはいかぬと駆け出しの書き出し作家の僕は規定部門のお題が発表されたと同時にユニクロについて勉強を始めました。企業理念や歴史、商品やその素材等々。それはまるで就活中の大学生の如く。その時の僕は調子に乗っていたのでしょう。ちょっとクレバーな作品が書きたかったのだと思います。しかし、表面的な浅い知識を蓄えたところで小賢しいクソ面白くない作品しか思いつきませんでした。すっかり行き詰まってしまった僕は考えに考え、小手先で創作することを止めることに行き着きました。感じたものを思いのままに書くことを決めた僕は「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」のマインドで時間の許す限り、推敲もすることなく投稿を続けました。より自分らしい作品を生み出すために。そして生まれた「余所行きのユニクロに着替える」。アホ丸出しのこの作品は見事採用。選者である天久先生には多大なご迷惑をおかけしたにも関わらずコメントまで添えていただけました。寂寥はまことに果報者であります。
現在は、日常で思いついたことをツイッターにおいてネタ(大喜利、ネタツイ、クソコラ)という形でアウトプットすることで創作のヒントを模索しつつ、規定部門に投稿する際は視点やシチュエーションを変えてさまざまなパターンの作品を考えることを心がけるようにしております。そのせいもあってか、安定して採用していただくことが多くなった気がしています。※今はちゃんと推敲したものを厳選して投稿しております。

 

殺人チンパン。止まらない慟哭。
(第177回・規定部門「サル」)

Z県の老人介護施設「楽園」。ここで働く介護チンパンジーのマサル。老人からも職員からも愛される彼だが、消すことのできない罪を背負っていた。チンパンジーの視点で淡々と紡がれる欲と業。後世に残るチンパン文学の傑作『殺人チンパン 止まらない慟哭』

この作文は採用作をモチーフに文芸ヌーの名物企画「あらすじ小説」に投稿して見事ボツになったものです。この場を借りて供養させていただきます。沈(ちーん)!


僕の名はペイズリー。ネクタイに潜むゾウリムシ。
(第179回・自由部門)

第171回にデビューしてから、最近公開された第231回まで僕の作品は自由部門で12作、規定部門で47作、計59作も採用していただきました。
今回この自選を執筆するにあたり、過去作品を読み返してみたのですが、採用作品にある傾向があることに気づきました。「体言止め」です。いわゆる修辞技法のひとつですが、なんと体言止めの作品が15作も採用されていたのです。その割合はほぼ四分の一。僕らしさを出すためにいろいろと試行錯誤を繰り返すなかで、意図せず使うようになったのだと思います。個人的な感想ですが、体言止めを使うことでリズム感が生まれ、軽快な文章になるような気がしています。そういえばさきほどの殺人チンパンも体言止めですね。

 

そのチンコをしまいなさい。
(第179回・規定部門「自己啓発本『あなたの夢を秒で叶える100の方法』の目次」
 

昨年お亡くなりになられた瀬戸内寂聴先生のデビュー作『花芯』はその性愛描写が物議を醸し、評論家から酷評されました。その作品において「子宮」という言葉を多用したこともあり、「子宮作家」というレッテルを貼られ、しばらく文芸誌での発表の機会を閉ざされてしまった寂聴先生。しかし、文学に対する情熱を消すことなく、しばらくして文壇に復活した先生のその後の活躍は皆さんもご存知のことと思います。非難を受けようが揺らぐことのなかった強い意志。作家としての覚悟を持つことの大切を先生から学ばせていただきました。あれは僕が小学校三年の頃だったでしょうか。国語の時間にこんなポエムを書きました。正確な文章はもう忘れてしまいましたが、ポエムの大要はこんな感じだったと思います。

尿意が抑えられなくなった「ぼく」の膨れ上がった「チンコ」。
探せど探せどトイレは見つからず、「ぼく」は草むらですることを思い立ちます。
罪悪感に苛まれながらも勢いよく「チンコ」を草むらで晒す「ぼく」。
その瞬間、草むらから僕の目の前に現れた「ヘビ」。
突然の出来事にびっくりした「ぼく」の「チンコ」は小さくしぼんでしまいます。
「ヘビ」はすぐにいなくなっていました。

アホの小学生の赤裸々な告白。過程の記憶が曖昧なのですが、なんとこのポエムは何かの賞を獲り、県下の小学生に配られる冊子に掲載されることになったのです。これを記念して、朝礼でこの作品を朗読することになりました。顔を紅潮させながらも憚ることなく全校生徒を前に「チンコ」を連呼する僕。女性オーディエンスの冷たい視線。小さな体の内側からこみ上げてくるマグマのような何か。午前の熱病、否、あれは初めての性的衝動。パンツをおろすくだりでボルテージは最高潮に達します。目を閉じると、瞼の裏で百葉箱が燃えていました。
あれから三十年以上経って、作品としてふたたび「チンコ」を晒すことになるとは。ただ後にも先にも「チンコ」をモチーフにした作品が採用されたのはこれっきりとなります(※202回の規定部門で「フルチン」を使って採用は有り)。誰か呼んでいただけないでしょうか「チンコ作家」と。覚悟はできております。

 
 
はい、寂寥の書き出し自選は以上になります。ここまでお付き合いいただきまことにありがとうございました。今回ピックアップしたものは僕の初期作品ばかりです。駆け出し時代の愛着のある五本を選ばせていただきました。
「れでぃおへっどは、やさしかった。」で書き出しデビューしてから間もなく三年。十年くらいやめていたツイッターを再開したり、仕事のストレスによる過食と飲酒が原因で中性脂肪と血糖値が上がったり、そのために食事では野菜を積極的に摂るようになったり、本当にいろんなことがありました。そのなかでも僕にとって大きな出来事は今回のバトンを託してくださった葱山紫蘇子さんとの出会いでした。大阪城ホールを自宅に構え、日本の個人資産の32%を所有している葱山さん。最近、別荘として金閣寺を購入されたとか。
そんな女帝との出会いはもう二年近く前になります。女帝がきまぐれにツイートしたズームでの飲み会メンバー募集。以前から女帝さんの書き出し作品のファンだった僕が勇気を振り絞って参加したのがきっかけでした。そうです。それはオンライン上で不定期に開店している「スナック葱山」の始まりだったのです。その店の客第一号が僕でした(第二号は生来の知性と生真面目さをひた隠しながら狂人のふりをしているモンゴノグノムという名の男)。その後、マダムの営業努力でレジェンドと呼ばれる書き出し作家さんたちも多数ご来店されるようになり、そしてなんと書き出し小説を創造された神、天久聖一先生もご来臨され、そのご尊顔を拝する機会にも恵まれたのです!このお店から広がっていった書き出し作家さんたちとの交流はかけがえのない経験として僕の心の糧となっております。コロナが落ち着いたらオンラインではなく対面で皆さんにお会いできることを楽しみに書き出し小説を書き続けていきたいと思っています。
書き出し小説を続けていて本当に良かった。このような表現の場を作っていただいた天久先生、デイリーポータルZの皆さま、文芸ヌーの皆さま、書き出し作家の皆さま、書き出し小説ファンの皆さま、そして葱山さん、いまこの場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。

「ありがとう、般若湯」

さて、次にバトンをお渡しするのは、スナック葱山の客第三号のタカタカコッタさんです(第二号は狂いたくても狂え…以下略)。瑞々しく爽やかな作品から筆者の性癖を疑うようなエロティックなものまでその情景を喚起させる感性的な文章を繊細な筆致で表現する鬼才であります。ちなみに当時一切面識はなかったのですが、通っていた大学がお隣同士だったり、僕のバイト先にお客さんとしてお見えになったことがあったりと、同じ時代に同じ街の同じ夕焼けを共有していたタカタカさん。こうして出会えたことも書き出し小説のおかげであります。ハートもルックスも男前なタカタカコッタさんの書き出し自選が読めるのは文芸ヌーだけ!ぜひご期待ください。

文芸ヌーは無料で読めるよ!でもお賽銭感覚でサポートしてくださると、地下ではたらくヌーたちが恩返しにあなたのしあわせを50秒間祈るよ。