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東日本大震災伝承館

 高校二年生の、冬だった。周りに広がる景色は、どこか寂しさを感じさせた。建物の屋根は低く、平らに街が広がっていた。海の方をみると、やけに高い堤防があった。

 そして、僕の目に飛び込んできたのは、壊れた4階の壁だった。

 僕がこの日訪れたのは、宮城県仙台市にある、東日本大震災伝承館というところだ。高校の校舎が、ほぼ震災当時のまま保存されている。

 バスから降りると、東北の寒さが僕を包んだ。空は雲に覆われ、しとしとと、弱々しい雨が降っていた。語り部という、震災当時の出来事を語り継ぐ老人に連れられ、僕は校舎の1階に行った。

 そこにあったのは、自然を前にしてあまりにも無力だった、無残な残骸だった。教室『だった』ものの天井は剥がれ、鉄の細い骨組みが糸のように垂れ下がっていた。瓦礫が床に散乱し、砂が積もっていた。あらゆるものがなぎ倒され、教室にあったはずの机や椅子は姿を消し、教室にないはずの、車が朽ち果てていた。

 あまりにも現実味がないその光景の中で、僕の目を奪ったのは、砂を被った教科書だった。僕と同じように、当時、教科書を使って勉強していた生徒たちの姿が思い浮かぶ。ここに、いたのだ。ここで、確かに暮らし、学び、笑っていたのだ。僕は、この教科書をみて、この非現実的で、遠い世界での出来事だともっていたこの光景が、紛れもない現実なのだと、思い知った。

 外に出ると、もう雨は止んでいた。瓦礫が積み重なったその上に、突き刺さった車の、その上。雲の間から、みずみずしく、美しい青空が見えた。僕は、前触れもなく消えていった、多くの命を想った。

 僕はただ、生きようと思った。

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