映画『アオラレ』は煽り運転ブームにのっかったと見せかけた骨太スリラーだという感想

「乗っかった」だけの映画だと侮らないでほしい、
車というトリッキーなギミックを最大限に正統派ホラー文脈で生かした意欲的スリラー作。

というわけで6/1を迎えました。すでに初夏。これから浸食してくる茹だるような暑さが既に恐ろしく、蝉もいい加減夏に殺されるのではないでしょうか。
緊急事態宣言は今なお続き、先の見えないご時世で病んだり病まなかったりな世間様ですが、ようやく映画館が開き始めましたね。大阪府民なので心の底から嬉しいです。
今日は嬉しすぎて朝5時半に起きてシャワー浴びてぴかぴかの体で映画館に向かいました。
その記念すべき劇場再開一発目は『アオラレ』

私は普段はてなブログにて毎月の映画鑑賞記録的な自己満足の毒にも薬にもならない記事を上げているのですが、→現金満タン、ハイオクで
今日は『アオラレ』面白かった!!!映画館開いてうれしい!!!!!という気持ちの赴くままに感想を書いています。

https://eiga.com/movie/94499/
https://movies.kadokawa.co.jp/aorare/

「グラディエーター」のオスカー俳優ラッセル・クロウが、あおり運転の常習犯を演じたスリラー。寝坊してあわてて息子を学校へ送りながら職場へと向かう美容師のレイチェル。車を運転する彼女は信号待ちで止まるが、信号が青になっても前の車は一向に発進しようとしない。クラクションを鳴らしても動じないため、レイチェルは車を追い越すが、つけてきた男から「運転マナーがなっていない」と注意されてしまう。謝罪を求める男を拒絶し、息子を無事に学校に送り届けたレイチェルだったが、ガソリンスタンドの売店でさっきの男に尾けられていることに気づく。レイチェルは店員から男があおり運転の常習犯であることを警告され……。素性不明の恐怖のあおり運転常習犯をクロウが怪演。被害者となるレイチェルを、「移動都市 モータル・エンジン」「否定と肯定」などに出演したカレン・ピストリアスが演じた。監督は「レッド・バレッツ」「幸せでおカネが買えるワケ」のデリック・ボルテ。


近年日本でも問題となっている煽り運転。
アメリカでも昨今の緊張感ある時勢とともに問題視されているようで、初見での印象は「乗っかった」作品であると感じました。が、大きな間違い。
本作は最初にも言ったようにただの「乗っかった」映画ではなく、とても丁寧に、ホラー文脈の様式美を踏襲しながらそこに「車」というひとつのギミックを乗せることで斬新な味わいのスリラーへと昇華させています

本作の主人公レイチェルが些細な苛立ちをきっかけにクラクションを鳴らしてしまった相手がサイコなラッセル・クロウ。煽り運転の定義を超えて執拗に迫ってくるラッセル・クロウ。
もう名前をラッセル・サイコ・クロウに変えてほしいほどのサイコっぷりを怪演するその様があまりに生々しく化け物じみていて、ホラーにおけるモンスターの役割を十二分にこなしています。そこに人間味というか、人間らしい嫌な面をねちねちと見せつけてくるので、二重に最悪。化けモンのほうがねちねちしてないだけなんぼかまし。

そんなラッセル・クロウと主人公レイチェルの攻防を描いた作品なのですが、やはり「煽り運転」がテーマなだけあり殆どが車をメインに話が進んでいきます。

「煽り運転」だけで車の描写メインで90分……長くない?
と最初は思ったものの。
展開に次ぐ展開の連続で常に絶え間ないスリリングさが提供され、しかしながら殺人ゴアに振り切って中だるみするなどもなく、とてもストレートに必要な描写を凝縮して描き切った骨太なスリラーであるのが本作の肝

「ただ乗っかった作品ではない」と言ったけれど、その理由の1つが、展開の骨組み自体は非常に正統派なホラー文脈を踏襲しているという点。

ネタバレになってしまうため詳しく本作の展開の説明はできないが、まずホラー文脈の様式美として「モンスターに追われながら、密室からのエスケープ」「一度開放空間に出たあと再度密室へ」というものがあると私は思っています。
ホラーゲームなんかは凄くこのあたりが顕著なので、この枠組みを踏襲していないホラーは無いのではないだろうか。
本作におけるモンスター……バイオハザードで言うところのゾンビ、ジョーズで言うところのサメ、13日の金曜日のジェイソン……その役割を担うのがラッセル・サイコ・クロウ。何を考えているか分からない不気味な物静かさとその恵体は殺人鬼訳に相応しく、モンスター映画における怪物とスリラー映画における殺人鬼の大きな違いである「賢しい陰湿さ」をしっかりと兼ね備えている。

そして、そんなラッセル・サイコ・クロウに追われながら「密室からのエスケープ」……と言うと、そもそも車は道路を走ってるんだから密室もクソもないのでは?という話にもなりますが、ここで本作は「車という特異性」の魅力を存分に描き切っている。
車は「個」であり、その中の空間ひとつひとつがプライベート空間であるため、小さな密室となっている。横の車との距離は僅か数十センチであっても、お互いに切り離された空間であり、そこのプライベートの個が混ざり合うことはない。ゆえに車の中は安心できるプライベートゾーンであるとともに、事態が変われば、その中に居る限り決して逃れることのできない永遠の密室ともなりえる。
「煽り運転」という題材に乗せたとき、モンスター(ラッセル・サイコ・クロウ)から追われて逃げていても、逃げているモノ自体が閉ざされた密室であるので、「永遠に密室から出られない閉塞感」が醸し出されていく。この息苦しさ、どこまで逃げても密室から出られずに追われ続ける恐怖、それが非常にホラー文脈のうつくしさを踏襲しています。

素材自体を観たら、車は公共の道路を走っているから周りには他の人も車も大勢いて、従来のホラーに比べたら全然怖くないはずなのですが、ちゃんと怖い。それは今言ったような、周りに他者がいるのに実質的にその他者は存在していないような「密室に閉じ込められている感覚」を車という題材によって味わうことができるから。

チャリやバイクならもっと開放的であるのでここまでの閉塞感を描くことはできなかったと思う。

閉塞感とエスケープしなければならない恐怖・焦りを演出するために必ずしも古びた洋館や実験施設は必要ない、僅か数センチ隣に他者がわんさかいても成り立たせることができる、「車という密室に追われ、車という密室で逃げ続ける」ということ。これはホラーギミックにおける結構良い発明なのでは!?とかなり斬新な楽しさを得ることができました。
とはいえもちろん『ヒッチャー』のようにカルト的名作にもこういった形態の作品は存在しますが、昨今の煽り運転の増加によりこのギミックはより身近でより生々しくより「嫌な」ものになり、よりありうる題材たるのではないかと思います。

そしてホラー文脈では「モンスターに密室で追われてエスケープ」とともに「一度開放空間に出る」ことの重要性があります。
密室から突然開放空間に出た時の心もとなさ、あるいはその油断、そして再び密室に舞い戻ってしまったときの恐怖と絶望。ホラーゲーム、ホラー映画でも、例えば一度洋館やら実験施設やらから出たけれども仲間を残しているとかモンスターに再び襲われるとかで再度密室に戻って追いかけっこバトルが再開されるという展開はままあるというか、むしろない作品のほうが少ないかもしれませんが、本作もガソリンスタンドやカフェなど、一度車という密室から出て他者と交流を持つシーンが挟まれます。しかしながら再度車に戻らざるをえなくなり、再度追いかけっこがスタートする。

そしてラストあたりになると車を使った迷路要素まで登場。最終的に本質的な「脱出」、つまり根本的な恐怖からの解放を目指していくことになります。ものすごくシンプルなホラー構成。
「煽り運転」「車」という特異性があるため分かりにくいですが、シンプルな骨組みだけを抜き出したときに、非常に「正統派のホラー」として描かれています。そこに「煽り運転」を乗せることで斬新な味わいのスリラーへと仕上がっていく。

とにかく、車という特異性を用いて新鮮な作品にしている一方で、下地はきちんと骨太でシンプルな文脈の踏襲を行っている。
ただ派手なだけではない、非常に真摯なスリラー作品。

前述したように、煽り運転だけで90分は長そうだと思わせておいて、中だるみなくスリリングな展開が続くため非常にコンパクトに感じるのですが、この「90分」という絶妙な長さの間続く閉塞感と息苦しさは我々もずっと煽り運転されているような感覚を覚えていきます。
作中で「13kmの道のりが、日曜日なら10分なのに平日は1時間もかかる」「十数kmも煽られ続けたことがある」という台詞が登場するのですが、90分という絶妙な長さは実際に我々に共感覚を覚えさせる長さなのかもしれない。


ちなみに。
派手と言えば、「ゴッサムシティのワイルドスピード」みてぇな絵面が続くので、映像体験としても楽しめる。人の命、チリ紙より軽い~~~~


最後はアメリカ現代社会への啓蒙的メッセージを含めておしまいなのですが、正直「こんなクソ治安悪い事件が起きるみんなイライラしてる町、必要なのは啓蒙よりパージ法制定なのでは?」と思いましたね。
パージは全てを救う。

あとちらりと『ヒッチャー』の名前を出しましたが、雰囲気や構成がかなり似ている。ある程度オマージュを捧げたのか?とも思いましたが、そもそも車スリラーの金字塔であるヒッチャーに似ないわけもないのかな。
個人的には、「悪意しかないヒッチャーだな……」と思いました。観た人には伝わると思いますが、ヒッチャーはかなり殺人鬼が主人公にLOVE執着をしていたので、多少可愛げがあったのですが、ラッセル・サイコ・クロウは「悪意」しかないので最悪です。いやLOVE執着されるのもかなり最悪ですが……。

さらにちなみにですが、
正統派スリラーに特殊ギミックを乗せた意欲作といえば、最近上映されていた『ダニエル』もかなり良い映画でした。私は結構好きだったのですが、世間ではそこまで評価が良くないのでかなり悲しい。イマジナリーフレンドスリラーなので、ぜひ見てください。


とにかく、ただの煽り運転の流行(?)に乗っかったミーハー作だと毛嫌いせず、スリラーとして骨太なのでぜひ見てほしい作品です。
1発目がきみでよかった!!


夏ですね。今年こそ死んでしまうかもしれない。暑さは人の思考を麻痺させるし苛立ちを生みます。これからの季節、どうか煽り煽られぬよう、クラクションはププッとかわいく♡鳴らしてゆきましょう。ネッ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?