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ざつぼくりん 41「よわむし1」

ああ、思い出すさ。時ちゃんとこのふたごが生まれたのはさ、四年前のよく晴れた、そりゃあ気持ちのいい秋の日だったよ。俺もこんなに寝込まなくて、まだまだ元気だったころのことさ。どっかの学校で運動会をやっててさ、朝からポンポン、景気のいい花火の音が聞こえてた。庭に出てみると、空が青くて、深くて、眺めてるうちに、おぼれちまいそうだったさ。

ほんとは早く生まれちゃ困るんだけど、早くふたごにあいてえなあって、産み月のだいぶ前から、思ったもんだよ。年取ると先がねえからさ、気がせくんだよ。いや、年のせいだけじゃなくて、あそこのふたごは特別だあね。だってさ、あの時ちゃんの子だもんな。……いやあ、はええもんだ。

待ちかねてたのは俺だけじゃねえ、「雑木林」のカンもおなじさ。

「日に日に大きくなって天に向って突き出ていく絹子さんのおなかが、あたしには輝いてみえます。……そこに明るい未来が眠っているのだと思うと、、ほんとうに自分でも持て余すくらいにわくわくいたします」

眩しそうな目をして、頭をなでちゃあ、馬鹿っ丁寧な口調でそんなことを言ってたな。古い本の間に埋もれて半分朽ち果ててるみてえだった、あのカンがな。

時ちゃんから、「無事、生まれました」って電話が入ったときは、俺は理屈抜きで、ただ、うれしかったさ。いや、正直に言うと、それ以上に、ほっとした。

昔の大工仲間にタモツっていう奴がいてな。津軽出身で、ずーずー言っててさ、言葉はよくわかんなかったけど、陽気で気のいい奴だったんだ。けど、はじめての子のお産がえらい難産で、昔のことだからどうにもうまくなくて、子供もかあちゃんもいっぺんに亡くしちまったんだ。

こんなことがあるのかよって、仲間もみんなやりきれなかった。おんなのこだったって聞いてもさ、こっちも若かったからさ、なんて言葉をかけりゃいいのか、わかんなくてさ、ただいっしょに酒飲んで、どこにいるのかしんないけど、そんなひでえ運命を決めた奴にむかって、わけのわからん恨み言を百万言、叫んだもんさ。そうするしかねえことがあるんだよ、世の中は、さ。

あいつ、そのあと津軽にけえちまって、ずっと音信不通なんだ。思い出ってのは芋ずるみてえなもんだから、俺たちの顔みたら、つれえことを思い出すから、かもしんないな。

だからさ、時代が変わってるっていってもさ、無事にふたりもいっぺんに産んだ絹さんはほんとによくやったさ。えらかった。帝王切開じゃなくて、自然分娩で、おかげさまで、母子共に異常なくて、って病院から電話報告してくれる時ちゃんの声は弾んでたけど、俺が「時ちゃん、おめえもよくがんばったな」っていうと、急にその声が震えだしたんだ。ほっとして気持ちがゆるんだんだろうな。そういうもんさ。よくわかるよ。

「お産なんてのは、おんながいのちがけでするもんだ。おとこはなんにもできなくて、おろおろ待つばかりさ。せめてできることといったら、息をつめて祈ることだろうな」

志津にそういったら、何、時代遅れなことを言ってるの、孝蔵さんは、ってえらい剣幕で叱られちまった。今はそうじゃないらしいな。亭主も分娩室に入って、手握って、声かけて、呼吸法とかいうのをいっしょにして、お産に参加するんだってな。

で、時ちゃんもそうしたらしい。実際、その場に立ち会って、陣痛で苦しむとことか目の当たりにしたら、感動もするだろうし、おやじになったって実感がわくんだろうな。

けど、ふたごは、やっぱり予定日までもたなくてな、ちっと体重が足りなかった。しばらく保育器に入るっていうのを聞いたときは、未熟児だった明ちゃんのことを思い出して、正直、こっちも気が揉めたさ。

「なーに、昔から小さく生んで大きく育てるっていうじゃねえか、大丈夫さ、時ちゃん」なんて言ってやったけど、時ちゃんが心配するのも無理ねえって思ってたよ。明ちゃんはいまでこそ元気らしいけど、小さいころは病気ばっかりしてたもんな。

 ……すまねえ、咳き込んじまった。はー、なさけねえな。俺もこのごろは暇があると咳ばっかりしてるさ。もうガタがきてるんだよ。

いやあ、はじめて病院でガラス越しに見たふたごは、ほんとにちっこくってさ、さすがにどきどきしたよ。大工の道具箱に入っちまうほどちいせえ身体なんだ。看護婦さんが触れてる手も足も、つくりもんみたいだった。それでもな、よーく見てると、息するたびに胸が動くのさ。それを確かめちゃあ、ほっとしてた。

「おふたりとも市松人形のようで、なんともかわいい。……きっとあたしは棺おけのなかでも、この瞬間のおふたりの顔を思い出すにちがいありません」

カンは感無量になってそんなことをいってたさ。

「ほんとねえ、沙樹ちゃんも多樹ちゃんも……あんなにちいさくてもちゃんと生きてるのねえ。……ほんとにいろんな顔するわね。……あら、多樹ちゃん、あくびしてるわ」

俺のそばで志津がそんなことを言ったんだ。ちゃんと生きてる、ってさ。しかし、こんなにちっこくて、この世の中を生きていけるのかって、こっそり心配してたんだけどさ、保育器のなかのちっこいふたりはいたって元気でさ、絹さんが搾って届ける母乳を飲んでは、ただただ眠ってたよ。

「なんだかさ、絹子ちゃんの娘たちは、月が満ちてちゃんとひとになる日のために、透明な繭のなかで、眠っているような気がする。早く生まれたのは、待ちかねたわたしたちにその姿をみせてくれるためだったのかもしれない」

志津はふたりを見て、そんな詩みたいなことを言ったんだ。そうかもしんないなって思ってたら、俺の横でカンが何べんも大きく頷いてた。ふたりはまだこっちのことなんか、なんにもわかっちゃなくて、あしたのためにただ眠っているだけなんだけど、俺たちはその寝顔から目が離せなくて、ずっと見ていたくなるんだ。

ただ心配っていうんじゃなくて、どういやいいのかなあ、まあ、いっしょにいることで励ましてやりたいような気持ちだったんだ。けど、志津がいうように、ほんとはおれたちのほうがその姿に励まされてたのかもしんないな。今になって俺もそう思う。


ふたごが保育器を出て、普通の病室に入ったのは、絹さんの退院からひと月足らず経ったころだったよ。日に日に空気が冷たくなっていくころだったな。やきもきしながらすごしたせいか、えらく長く感じた時間だった。

病室ではじめて多樹ちゃんと沙樹ちゃんを抱いた絹さんを見て、ああ、ようやくだって思ったもんな。かわいそうに絹さんは早くから入院して、しんどい思いして赤ん坊ふたりも産んだってえのに、ずっとそのこたちを自分の胸に抱けなかったんだもんなあ。せつねえよな。

時ちゃんだってそうさ。父親なんて因果なもんで、心配することで親になった気持ちを味わうんだけどさ、ずーっと三人分の心配してきたんだからさ、そりゃあ、ひとしおさ。ふたごを抱いた時ちゃんは、とけちまいそうな顔してたよ。それがおやじの顔さ。

そんな顔で時ちゃんは言ったんだ。
「孝蔵さん、昔、銭湯で僕と純一は義兄弟だってきめたじゃないですか。だから、僕の娘は、孝蔵さんと志津さんの孫ですからね」

やぶからぼうに、何、冗談言ってるんだって思うよな。いきなりふたごのじいさんになれっていうんだからな。けど、時ちゃんだけじゃなくて、絹さんまで、俺にじいさんになってもらいたいっていうのさ。

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️