1 asoas

 これは、昔々のお話。ある銀河に浮かぶ、地球とよく似た星のお話。私たちの世界と違うのは、その星の住人たちが、まほう使いであるということ。
 今年、「王の旅」に行くのは3人の王子たち。15歳になる年の、自然全てを慈しむお祝いの日に、彼らはそれぞれの国から旅立った。家族や友だちと、お別れの挨拶を済ませ、目指すは、岸壁の上に建つ「星をたどる女神」の像。期待と少しの不安を携えて、弾む足音、舞上げるしぶき、爽快に受けては切る風が、冒険の始まりを彩る音楽となって、王子たちの心を後押しした。

 ズザーッ!
「ぃよっしゃーッ‼︎オレが一番乗りだな😆」
像が見えるやいなや、猛ダッシュでやって来て、数メートル手前から砂埃を上げながら、急ブレーキで登場したのは、元気いっぱいな彼。
「陸ノ国のダイチ、一等賞ぉっ☝️」
夜空を指す女神と同じく、ピシッと空高く人差し指を立てた。するとすぐに。
「うるっせぇな。着いた順で、何が決まるわけでもねぇだろうが」
像が見えても、慌てずやってきたのは、瞳が鋭く綺麗な王子様。ちょっと不機嫌そう。
「あッ、お前が海ノ国のカイだな!よろしく!オレ、陸ノ国のダイチ!」
ダイチは右手を差し出して、握手を求めた。
「知ってる」
カイはダイチが苦手な様子だが、渋々握手に応えてあげた。
「別々に行きたいところだが、国のためだ。よろしく」
「にひぃーっ😁」
ふたりが手を握ると、ダイチの笑顔につられたか、仏頂面なカイにも笑顔がうっすら表れた。
「ふふっ、良かった。いきなりケンカ腰だから、怖い子かと思っちゃった🤭」
声のした方へ、ふっとカイとダイチが振り向く。
「お前」
「おっ!空ノ国のクゥだ!そうだろ!」
ふたりのもとに近づく、優しい口調で微笑む男の子は、右手で4本の指を出した。
「そう。4着のクゥだよ」
「よん?」
「よろしく、ダイチ、カイ」
クゥも、先に着いた王子たちと握手をして、はじめましての挨拶をした。
「4着って何だよ。オレたち3人だろ」
くるくるダイチが辺りを見回しても、自分とカイとクゥがいるだけ。
「つまり、ダイチのお目付け役ってわけか」
「そうかも😄」
「はぁ⁉︎」
「過保護なのか、それとも…」
「あんまり言っちゃダメだよ」
こそこそクスクス笑うクゥ、少々呆れているカイ、左右に首を振ってふたりの顔を見るダイチ。

すっ……

「あ?」
 ダイチが星をたどる女神像の正面に延びる道からやって来たのに対し、カイは像の右手側から、クゥは左手側から来たので、その子が見えていたのかもしれない。カイとクゥが、女神像を指差した。その示す先へダイチが踏み出すと、像の後ろから、バンッという音のすぐ後、女の子が飛び出してきて、空へ逃げようとした。なんと、傘に跨って。
「パール、行こっ!」
女の子がそう言うと、崖の方ではなく、女神像の頭上を越え、森の上を飛んで行こうとした。
 それを見て、クゥは「フフッ」と笑い、軽くぴょんとジャンプして、飛んでいる傘のハンドルを掴んだ。ぶら下がるクゥの重みで、傘といっしょに女の子は前回り。
「わっ‼︎💦」
逆さになった女の子は傘から手を放して、落ちてしまう。
 ヒューッと落ちたのだが、途中でふわり。地面に叩きつけられることなく、女の子は降りてこられた。
「捕まえた😄」
クゥが女の子をキャッチしていたのだ。
「💨💦💦💦」
「お前も大人しくしろ」
「ちょっと!乱暴に扱わないで!」
独りでに飛んでいた傘は、カイが捕まえていた。カイがその傘の動きを抑えるために、ぎゅっと掴んでいたので、女の子が声を上げた。
「キミも大人しくしててよ」
腕の中で暴れられて困ったクゥは、女の子を降ろしてあげた。
 ダイチはというと、腕を組んで、一連の騒動をじっと見ているだけだった。ようやく口を開く。
「お前誰だ」
驚くカイとクゥ。
「知り合いじゃないのか」
「違うの?」
「知らねぇよ、こんなヤツ。そんな変ちくりんな傘も、見たことねぇし」
「変ちくりんって、あんたね‼︎パールはあたしの相棒‼︎そりゃ、箒とか絨毯が一般的だけど。いちゃもんつけないで‼︎」
ダイチの言葉にカチンと来たようだ。ベルトからまほうの杖を抜き、彼の鼻先に突きつけた。
「あ?」
ダイチは首を傾げる。その態度が更に彼女を怒らせた。
「あんたたちこそ誰‼︎あたしたちを捕まえて、どうするつもり⁉︎お金なら無いし、変なことだってさせないんだから‼︎あたしたちに構わないでよ‼︎‼︎」
女の子が杖を振り上げ、ダイチに向かって、まほうを放とうとした。
 しかし、その杖が振り下ろされることはなかった。
「やめた方が良いよ。ああ見えて彼、王子様だから。これは預かっておこうね」
いつの間にか、クゥが女の子の背後にいて、杖を引っこ抜くように奪っていたのだ。
「返してよ‼︎」
「ダメ」
伸びてくる女の子の手をかわして、クゥは杖を自分のベルトに差した。
「カイ、その傘も放しちゃダメだよ」
「わかってる」
身をよじる動きで暴れようとするパールを畳み、カイはそれを地面にザンッと突き立てた。
「⁉︎💦」
カイの鋭い視線に、パールは固まってしまった。
「パール‼︎」女の子が叫ぶ。「許さない。あんたたち‼︎」
「まずは謝るよ。ボクたちが勘違いして、キミを怒らせてしまったから。ごめんね」
クゥが頭を下げて謝った。
「『たち』っつーか、お前が悪ノリして捕まえたんだろ。オレとカイをいっしょにすんなよ」
「あぁ。全くだ」
「…、ごめんって💧」
思い返すと、その通りである。
 気を取り直して。
「ボクは、空ノ国の王子、クゥ」
クゥが自己紹介。
「オレは、陸ノ国の王子、ダイチ。そんで、そいつが」
「海ノ国の王子、カイだ」
女の子は3人を見回し、今言われたことを信じられないでいる様子だった。
「王子?冗談でしょ」
「嘘じゃねぇ。少なくともオレは本物だ。オレたちが名乗ったんだ。お前も教えろ。何者だ。どこから来た」
「っ……」
何か自分の中で悩み、女の子は答えようか迷った。だが、やはり、と視線を上げ、素直に言うことにした。
「あたしはミク」
「ミク」クゥが確認するように名前を繰り返してから、質問を続けた。「出身は?どこ?」
ミクは答える。
「トノ」
「『トノ』?聞いたことねぇな。やっぱオレんとこのヤツじゃねぇや」
ダイチがそう言うと。
「オレも知らねぇ」
カイも同じらしく。
「ボクもわからないな」
クゥにも初耳の地名だった。
「まぁ、危うく罪人になるところだったが、オレたちの旅の邪魔をしに来た訳でもなさそうだ。恐らく……」
カイが、ミクの頭の先からつま先まで、さらっと観察し、推測を述べる。
「迷子だろ」
ギクッ‼︎‼︎
図星だったらしく、ミクは顔をひきつらせて、一歩退いてしまった。
「うぅぅぅぅッ」
そして唸り出し。
「もうッ‼︎そんなはっきり言わないでよッ‼︎」
ついにはしゃがみ込んで、泣いてしまった。
「うわぁぁぁん!ここ、どこぉーッ!!」
「💦」
パールがミクを隠してあげようと、傘を広げて、3人からミクが見えないよう、かばいに飛んで行った。
「あーあ、カイが泣かせた」
「うるせぇ」
「そんな態度ダメだよ。助けてあげよう。ここは陸ノ国に近いから、ダイチなら目的地に連れて行ってあげられるんじゃない?」
クゥはパール越しに、ミクに問いかける。
「ミクはどこに行くつもりなの?」
グスンと鼻をすする音の後。
「わかんない。…、わかんないよぉッ!」
また「うわーん」と大きな声で泣き出してしまった。まるで、人生で一番の災難に遭ってしまったような泣き方だ。
 王子たちは困ってしまった。
「泣くなよ。どうすんだよ、これ」
「時間も時間だ。放っておくわけにもいかねぇぞ」
「うん。こうなったら、やれることはひとつだね」
自信あり気に、うんと頷くクゥに、ダイチとカイが注目した。
「ダイチの家に、連れていこう❗️」
言い切った。
「だな😒」
「はぁ⁉️ウチかよ❗️2人分しか用意してねぇって。父ちゃんと母ちゃんに何て説明すんだよ。めんどくせぇ😫」
「ダイチ、困ってる人には親切にしなきゃ。意地悪な人が王様なんて、ボク嫌だよ」
ダイチは文句を言うが、カイは賛成の模様。
「確かに、これも旅の試練のひとつと捉えようぜ。コイツを残して行ったら、気になって進めねぇ」
「優しい、カイ」
微笑むクゥと、ブースカと口を尖らせるダイチの腕をグイッと引っ張り、カイが小声で付け足した。
「悪さはしないだろうが、怪しいヤツには違いねぇ。大人の意見を仰ぐべきだ」
特に、パールを見てそれを感じたのだろう。
 作戦会議が決着し、ダイチも納得せざるを得ない。
「わーったよ。とりあえずな❗️ウチに連れてく」
「決まり。そうこなくっちゃ」
カイはパールとミクのそばに近づき、しゃがんだ。
「おい、聞いたろ。ダイチの家に、一緒に行くぞ」
パールが動き、涙に濡れるミクの顔が覗いた。
「ここで泣いても、どうしようもねぇ。オレたちに頼れ。独りでいるより、落ち着けるだろ。…な」
カイはそう言って、片手でミクの頬に伝う涙を拭ってあげた。
「……」
すぐには答えられないミク。
 するとダイチもこちらに来て、ミクの腕を無理矢理掴んで、引っ張り上げてしまった。
「よっと」
「わぁっ💦」
その拍子で、パールは後ろにころころ転がされた。
「乱暴だなぁ」
クゥをよそに。
「良いから、黙ってオレらに助けられろ❗️わかったな😤」
「乱暴だな」
カイもよそに。
「他に良い方法無いんだから、返事なんか聞くまでもねぇ。ウチはあっち❗️ついてこい‼️」
行きのダッシュと打って変わって、大股でドスンドスンと、ダイチは来た道を歩き始めた。
「お前も来いよ、傘❗️」
 そんなダイチをよそに。
「キミを信じて、これは返すね」
クゥがミクに杖を差し出した。
「…ありがとう」
受け取ると、ミクも彼らを信じたくなる気持ちに、心が動いたようだ。
「ありがとう」
笑顔で言えた2回目の「ありがとう」は、返事として充分なものだった。
「さぁ、行こう!ダイチに置いてかれちゃうよ」
ミクの後ろにさっと周って、クゥが背中を押してあげた。
「相当賑やかなんだろうな、アイツんち」
カイも歩き出した。
「面白そうじゃん。旅は楽しくないとね。ミクもそう思うでしょ?」
クゥのキラキラした期待でいっぱいの瞳に見つめられると、否定はできなくなる。
「うんっ」
思わず笑いが溢れた返事になった。

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