150㎝未満の恋

1
 空は青く、雲は高くを流れていく。おれの心もふわふわと…、

 隣のクラスに行きかけたが、橘先生に呼ばれた。
「田崎、続きを読んでくれ」
残念だったな。おれはうつつを抜かしていても、ちゃんと聞いてるよ。
 教科書の文章を難なく読み始めると、1段落終わるところで止められた。
「うん、そこまで。ここで主人公の気持ちの変化が見られるが、どこがポイントかわかるか」
「2つめの文章です」
「…、素晴らしい。ここで、この物語の冒頭に書かれていた心情の表現と逆の言葉が使われているな。ありがとう、田崎、座ってくれ。じゃ、次の場面に移ろうか」

 今日も一日の授業が終わった。秋も深まって、気持ちのいい風が吹いている。部活の時間になると、準備から練習、片付けまで、「楽しい」が漂ってる感じがする。向こうのほうから。
「たーざーきー」
突然声をかけないでほしい。特にこの人には。
「はい」
「なーに音楽室見上げてるんだ?」
「なんでもないです。ボール片付けたので、倉庫閉めてもらって大丈夫です。失礼します」
「待て」
この人は全部わかってる。担任だし、顧問だし、どうせ…そうなんだろうし。大人だし。
「お前さ、最近楽しいだろう」他の生徒が周りにいないことを確認して、橘先生はおれにすっと寄ってきてささやいた。「恋してるな」
ふふっと笑うのが若干アレですよ。
「…ちがいます」
さっと校舎に向かって歩き出すと、先生は急いでついてきた。
「ごまかすなよ!わかってんだからな。ここ何週間か上の空っていうか、気持ちが違うところに行ってるというか、前と違って集中してないように見えるんだ。だからって勉強ができてないとか、部活でミスするとかもないから、お前はすごいよなぁ…」
この人は、
「何が言いたいんですか」
昇降口前でぐっと立ち止まり、しっかり目を見てそう言ってやった。
「いや、だから、気持ちが緩み切らないように、注意はしてほしいんだ。好きな人のことを考えて、幸せモード突入するのも良いけどさ。お前、今ギリギリだぞ」
「なんすか、ギリギリって」
 橘先生が何か言おうとしたとき、校舎の中から「さようなら」の挨拶が聞こえてきた。マーチングバンド部の人たちだった。おれの心は少しキュッとした。
「さようなら」
「さようなら」
橘先生は帰っていく部員たちを手を振って見送った。おれはその横で、同じ学年の友達には「バイバイ」と声をかけたが、ほぼ突っ立ってただけだった。みんなが通り過ぎた後、また中から声がした。マーチングバンド部顧問の星川先生だった。
「橘先生、お疲れ様です。サッカー部の練習も終わりましたか?田崎くんもお疲れ様。早く着替えて帰らないと、暗くなっちゃうよ。急いで急いで」
「はい。急ぎます。失礼します」
おれは急に熱くなるのを感じて、顔を見られないようにその場を離れて更衣室に向かった。歩くほど、後ろに残った先生たちの楽しそうな会話が気になった。それを考えると、別の感情が割り込んできた感じがした。これが恋なのか。

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