150cm未満の恋

6
 そう、おじさんの言う通り。あの先生。
「こいつ運動会の100m走で派手に転んでさ。ほら、かさぶたがちょっとあるだろ。あのときはもっと酷くてさ。結構な血が出てたんだよ。で、保健室に連れてってくれた先生がいて、その先生が『美人』だった。マジ美人。あの人だろ!」
おれはこくんとうなずいた。
「ふーん、美人」
「いや!俺の好みってわけじゃないよ!一般的に見て、美人さん枠に入る感じの人かなってかんじで、その、美人だなって…。凛ちゃんも美人さんだよ」
と言っても、凛さんは冷たい視線を緩めなかった。
「そんでそんで!その先生はどんなタイプの美人さん?マジ気になる、智也の好み!」
もー、いいじゃないですか、そんなに食いつかなくても。おれは「ねーねー」うるさい雅之さんを払うように無視しようとがんばった。けどおじさんはぺらぺらと続けた。
「スラっとしててさ、明日香と違って優しそうな笑顔しててさ」
「悪かったわね、仏頂面で」
「かわいいっていうより、きれいな……、ハッ‼︎‼︎」
何だよ、いきなり。またおじさんが急に思い出したみたいな変な顔をした。
「智也、俺見ちまった。そういえば…」
「何を?」
みんなおじさんに注目する。
「この間の週末、昼過ぎによ、店にその先生が来てたんだよ。思い出した」
「まさか、誰かといっしょだったの?」
「言えねーって!大事な智也の初恋をこんな酷いカタチで終わらすなんて、俺にはできねー」
ちなみにおじさんは普段、カフェの店員をしている。それから、おじさんの紹介で、おれのいとこの相沢奏多がバイトとしてそこで働いてる。ま、おれが想像するに星川先生といっしょにいたのは。
「橘先生でしょ」
「おまっ、知ってんのか?」
「なんとなく、雰囲気で」
「うあぁ、俺もう泣きそう」
取り残されてる周りの人達がおじさんに説明を求めた。
「智也の好きな先生が、智也の担任の先生とデートしてたんだよ、俺の店で」
「はぁ⁉︎」
「うわ、きっつー」
「しかも、智也はその2人ができてるのを知っていたと。それでも恋が捨てられないと」
「やだー!もうおじさん泣いちゃうー‼︎‼︎なんて子供はピュアで、なんて大人は残酷なのー‼︎‼︎」そう言って、雅之さんは一輝さんに抱きついて泣いた。一輝さんはそれを受け止めて頭をなでなでしてた。おっさんズ?てか、泣きたいのおれですけど。
「橘先生はおれが星川先生のこと好きなの気づいてるし」
「うわー‼︎もうそれ以上言わないでー‼︎」
「智也に酒出してやってくれー‼︎」
「出すわけないでしょ、バカ!」
百合さんが一喝してくれた。そのタイミングで奏多兄ちゃんが店に入ってきた。
「ちわ。智也いたんだ。なんかいじめられてんの」
「そーた‼︎お前も見ちまったよな!智也の担任!」
おじさんが奏多兄ちゃんに駆け寄ってった。
「ん?あー、店でね。てか、エプロン忘れてってましたよ」
「あざっす。すんません」
渡した紙袋の中に洗濯しなきゃいけないカフェのエプロンが入ってるみたい。たぶん、それを届けに来ただけだよね。
「奏多、何か飲む?」
「あー、すぐ帰ろうと思ってるんですけど」
「ならん!ちょっと待てい!」
おじさんはがっつり奏多兄ちゃんの肩に腕を回して帰さないようにした。奏多兄ちゃんはいつだって慌てないで、成り行きを眺める人だ。
「今な、…、まぁかくかくしかじかで、智也の担任に関することで話してたんだわ。やっぱ、あの時いっしょにいた先生とできてんのかなーみたいな」
「何でそんな話してたか意味わかんないけど、確かにそんな関係には見えたかな」
「だろ⁉︎」
「でも、橘先生のことだから、あれは別に付き合ってるとかじゃないと思う」
「ひょ⁉︎」
そんなまさか。おれも周りに混ざって驚いてしまった。何でそんなこと。
「何でよ、何でそう思うのよ」
百合さんも気になるよね。だって、どう見たってあの感じは。
「話聞いてたら、そんな感じしたから」
奏多兄ちゃんが言うには、こんなことがあったらしい。

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