4 エメ

 目的の家のドアの前で、エメとディアは並んでいた。
「ほんとに行くのか?」
「もちろん。ついでに、今夜はここで泊まらせてもらおうぜ」
 顔が引きつるエメをよそに、ディアは後ろ脚で立ち、前足で玄関ドアをトントンカリカリし始めた。
「トゥインクル〜、オレだぁ〜。ディアだぁ〜。入れてくれ〜」

サッ…

 玄関の右隣にある部屋の窓辺から光が漏れてきている。その枠の中、下から跳んで現れた1匹の猫が、ディアを見下ろしてきた。
「……」
「おう!トゥインクル!」
 気づいたディアが、私たちが手を振るように尻尾を振って挨拶すると、その白い猫はため息をつきながら、目をくるりとさせた。
トンッ
窓辺から降り、姿を消す。
 すると家の中から凄まじい声が轟いてきた。

「ディアが来たぁぁぁぁあ!!!!」

 ギョッとするエメに、ニヒッとするディア。彼らには見えないが、上の階からドカドカと、1人の女性が階段を駆け降りてきた。
『その声は、まさか!!』
 気配を察し、ディアがエメを誘導して、ドアから下がった。鍵が内側から開けられた音の直後。
ズバンッ!!!!!
勢いよくドアが開いた。その人は、とっても嬉しそうにディアの姿を見て、呼んだ。
『天使ちゃん!!!!』
「リサさ〜ん❤️」
 ドアも、ノブと反対の腕も、大きく広げてウェルカムしてくれるリサさんの元気さに、目を見開いて驚いたエメは、ディアの甘ったるい返事に、やや呆れて目を細めた。
『いらっしゃい。今日は、お友だちも連れてきたんだね』
自分に目を向けられて、もう一度固まった。
『かわいい子』
やわらかくて、優しい視線。
『さ、中に入って。おもてなししてあげる。どうぞどうぞ〜♪』
パッと笑顔に変わったリサさんは、隅に寄ってドアを押さえ、入り口に2人の通り道をつくってくれた。
「行くぞ、エメ。大丈夫だ。心配すんな」
 堂々と歩いていってしまったディアの後ろで、エメは踏み出せずにいた。不安気な顔をリサさんに向ける。
『だいじょうぶ。怖がらせたりしないから。ね?』
そう言ってウィンクをしてくれたが、エメには意味がわからない。わからないが、クスクス笑うリサさんは、これまでエメを見て反応した人たちの表情とまるで違った。逃げたい気持ちに駆られなかった。
「エメ、早く来なさい」
「ンフ〜、うまそうな匂いがする〜」
中ではトゥインクルが呼び、ディアが鼻先を上げてズンズン廊下を歩いていた。
 エメは正面に向き直ると、慌ててつぶやいた。
「ま、待って」
トットットットット…
小走りに、家の中へと入っていった。
『…。……』

 ディアは、この家に何度お邪魔しているのだろうか。迷わずキッチンへまっすぐ来ると、トゥインクルのご飯がしまってある戸棚を前足でカリカリし、リサさんにおねだりする。
「リサさぁ〜ん、おやつくださぁ〜い」
 そんなディアを「ゲェ」と顔を歪めて見るエメ。トゥインクルも冷たく、フッと呆れた短いため息を漏らした。
 玄関に鍵をかけてからリビングに入ってきたリサさんは、甘えた声を出すディアの方へは行かず、エメのことを抱き上げた。
『よいしょっ』
「わぁッ!?」
驚いたエメは、声を上げた。
『ちょっとごめんよ〜』
「何する!やめろ!」
腕の中で暴れようとするエメの左後ろ足を掴んで、リサさんはじーっとそこを凝視した。
「放せ!」
人に抱えられるのが初めてのエメは、ブンブン蹴って振り払おうと頑張る。
 トゥインクルの隣に、観念したディアがやってきた。
「あんた、あの子を手当してもらうために、ウチに来たんでしょ。何、忘れてはしゃいでんのよ」
「つい、うっかり」
テヘペロである。
「さすがリサさん。よく見てるな」
「あたしのパートナーですもの」
「羨ましい。おいエメ、じっとしろ!」
「むぅ!!」
 不機嫌な顔をしつつ、ディアが声をかけたので、エメは暴れるのをやめた。
『深くないけど、出血してる。消毒しようね』
そう言ってリサさんは、片腕でエメを抱えたまま、もう片方の手で棚の引き出しを開き、消毒液を取ると、ティッシュもシュシュッと2枚抜き取った。
 床に座り、しっかりとエメの身体を押さえると、ピンッと消毒液のボトルの蓋を親指で弾いて開け、エメラルドの瞳を覗き込んだ。
『ごめんね。沁みるよ』
「何する気だ」
リサさんの言い方に、嫌な予感を覚えたエメは、口が半開きになる。
「耐えろってこと、な」
ニヤリとしたディアの怪しい笑みが、頭の後ろにあったとしても、エメの目に浮かんだ。その時だった。

ピュッ
しゅわぁー…

「ぃぃぃいい痛ってえええええーーーーーッ‼️‼️」

 エメの脚は包帯でグルグル巻きにされていた。仏頂面の彼は、リサさんのことを嫌いになりかけていた。
「何がテアテだ。何が早く治るだ。余計に痛ぇじゃねーかッ!」
ぶーすかぷんすか。
「自分で自分の足を踏んづけて傷つくったお間抜けさんは、お前だろ?エメ。優しくしてもらってるのに、文句言うもんじゃないぞ」
「あら、天然さんね」
「うるせぇ!」
 3匹が集まって、エメのちょっと歩きにくくなった脚を見ながら、そんなことを話していた。すると、消毒液や包帯を片付けたリサさんが近づいてきて、ディアの隣りで屈んだ。
『次は』
と言いながら、丸々太ったディアのお腹の下に片手をくぐらせ、くっと引き上げると、もう片方の手でお尻を支えて、やや重そうに彼を抱き上げた。
『天使くんの番ね!重いね、相変わらずっ』
「えっ!?あっ!!しまったぁッ!!!」
 リサさんはディアを抱っこして、廊下へ歩いて行こうとする。
「リサさん‼️勘弁してくれよ‼️オレ、キレイだってぇ‼️💦」
『ニャーニャーニャッ♪リフレッシュタイムよ〜』
「ぅわぁぁあ‼️‼️」
ディアの叫びが部屋を出て、遠のいていった。
 リビングに残されたエメには、何が起きているのかさっぱりわからなかった。
「シャンプーよ」
「シャンプー?」

シャーッ
「ギィャアーッ‼️💦💦💦」
『こぉら!暴れないの!』

 水が流れる音と、ディアの絶叫と、リサさんの嬉しそうな声が聞こえてきた。
「アイツ、毛が長いから、時間かかるわよ。戻ってくるまで、ふたりでおしゃべりしてましょ、エメ」
「でも、助けに行かなくて良いのか?」
トゥインクルに背を向け、エメは廊下を覗きに行った。

「イャぁ///💦そこは、ちょっとぉ///💦」

 変な声が聞こえてきて、ちょっと引いた。
「心配することないわ。こっち来なさい」
「お、おう…💧」
 トゥインクルは2人がけのソファに座って、エメを隣りに来させた。
「好きなのね。アイツのこと」
「…べつに」
「そう?私は好きよ」
「フーン…」
「リサもディアのこと好きなのよ。私の次くらいに。ディアって、好きな誰かがいる幸せを教え周ってるみたいなのよね。アイツ、そんなことしてる自覚はないみたいだけど」
 白く美しい毛並みに、襟巻きのように太めに巻かれた首輪に飾られたリボンの青が鮮やかに映える。キリッとした気の強そうな瞳は生まれつきなのだろう。その芯の強さを包み込むような暖かさが、トゥインクルの全身から見て取れる。それは、リサさんの優しさを映しているようで。
 そうトゥインクルを見て思ったエメは、脈絡なくこう言った。
「オレ、ディアに言われてきたんだ。美人に会わせてやるから、ついてこいって」
それを聞いて、トゥインクルはクッと笑った。
「そう」
エメは、彼女の視線に恥ずかしくなって、顔をふいっと背けた。

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