150cm未満の恋

5
 まだ6年生が走らなきゃいけないから、橘先生は申し訳なさそうな顔をこっちに向けて、おれと星川先生を見送ってた。競技の邪魔にならやいように、足早に保健室の外のドアに向かって歩いていく途中、星川先生は「大丈夫?痛そうだね」と心配してくれた。そのとき痛くはなかったけど、前に倒れたから、腕もやっちゃってるのに気付いて、その夜のお風呂が恐怖ではあったかな。
 保健室の先生がドアを開けて「ありゃー、やっちゃったね」と言って迎えてくれた。「まず傷口を洗いましょう」
恐ろしい命令を受けて、外の水道でそっと洗ってみたら、激痛だった。痛すぎで、逆に声が出なかったぐらい。星川先生がタオルを持ってきてくれて、やさしく拭いてくれた。そのとき、お母さんがこっちに来てくれた。
「智也、大丈夫?先生、ありがとうございます。もう、お母さんびっくりしちゃった」
「うん」
それから消毒と絆創膏してもらいに保健室に入った。保健室の先生が「ちょっと我慢してね」と言いながら、おれの左ひざに消毒液の染み込んだ綿を近づけてきた。そんな大声で痛がったらダサいから、痛くないふりをしたかったけど。
「‼︎‼︎」
全身に力が入っちゃって、痛がってるのがバレバレだったと思う。
「次、右ひざね」
「はい」
まだあと腕も残ってるから、もちろん観念するしかないけど、もう嫌だった。痛いのやだ。

 手当てが終わって運動場を見たら、もう次の競技が始まってた。お母さんと星川先生といっしょに控えエリアに向かってると、星川先生がおれを褒め始めた。
「田崎くんって、すごいですね!1位になったのももちろんすごいけど、転んだのに、諦めずにがんばって走ってみんなに追いつこうとしたところ、本当にすごいと思いました」
「ほんとですよね。私なんて、もうダメだと思っちゃいましたけど。自慢の息子ですー」
ちょっとお母さんに冷ややかな視線を送ってみる。
「それに、手当てされてるときも、ちゃんと我慢してましたし。私だったら泣いちゃってたかもしれないですよ。すごく痛そうなのに、静かに耐えてて、すごかったな」
橘先生以外からそんなに褒められたことなかったから、なんか照れた。ちょっと前を歩いてた星川先生は、振り向いて少し屈んで、おれの顔を見て微笑んだ。

「田崎くんて、かっこいいね」

なんか、びっくりしたときみたいな、でもちょっと違うような、よくわからないけど、嬉しいような、なんか、そんな感覚に締め付けられた。

 控えエリアに戻ったら、心配しまくってた橘先生がおれの頭やら肩やら撫でたりさすったりしながら、驚いただの1位とれて良かっただの言って、それから付き添ってくれた星川先生とお母さんに感謝してた。おれはそのすきにそっと離れて、クラスメイトの輪に戻っていった。
 そのあとのプログラムの5年生のダンスとクラス対抗リレーは問題無く終わった。リレーは、アンカーから真ん中の方に順番を変えてもらったけど。ずっとちゃんと友達の応援したり拍手したりして、運動会を見てたけど、星川先生が視界に入ると、なんだかちょっと嬉しかったな。

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