150cm未満の恋

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 おれは考えた。奏多兄ちゃんが言う通り、橘先生と星川先生は付き合ってない。そう思って見ると、段々そんな感じに見えてきた。それに、橘先生はおれが星川先生を好きなことに本当に気付いてない。その証拠に、橘先生はおれにやたらと女子の間で流行ってる物をリサーチして教えてくる。おれにこんなアイドル目指せっていうのか?勘弁してくれ。それよりも、おれはやりたいことを見つけた。おれは星川先生に、おれを見てもらいたいんだ。2人が付き合ってないなら、その隙があってもいいはずだ。百合さんが言ってたキラキラした姿を見せられれば、おれにもチャンスがあるかもしれない。だから決めた。

「サンライズに入りたい⁉︎」
「うん」
「どうした急に」
電話越しのおじさんは驚いてた。急におれから電話があったのと、突然おじさんたちのバンドに入れてくれと頼んだから。
「ジャズかっこいいから」
「おおう、かっこいいぞ。でもなー、俺の一存じゃ決められないからな。リーダーにきいてみないと。今週の金曜日夜に練習あるから、見学に来てみるか?」
「行く」
「よし。メンバーに連絡しとくから、ちゃんと予定空けとけよ。宿題も終わらせとくこと!」
「了解」
これでよし。おれはおじさんたちの社会人ジャズバンド、サンライズサウンズでステージに立つ。キラキラしたステージに、キラキラの楽器を持って。楽器はその…、音楽の授業でリコーダーをやる程度だけど、なんとかなるでしょう。リコーダーの楽譜なら読めるし。ソロパートもらえたら、絶対に注目してもらえる!おじさんたちめちゃくちゃかっこいいもんな。おれもあんな風にできたら、橘先生よりよく見えるはず。

 金曜日の夜、おじさんが車で迎えに来てくれて、サンライズサウンズが練習で使ってるスタジオに連れてってくれた。
「ちゃーっす」
おじさんがドアを開くと、部屋の奥からドタドタと足音鳴らして駆けてきた人が。佐野太郎さんだ。
「ともやー‼︎ようこそサンライズサウンズへ‼︎」
ひなちゃんそっくりだな。
「こんばんは」
「はいはい、入って入って〜。みなさーん、新メンバーが来ましたよ〜」
ひなちゃんが佐野さんのことを『さのたろ』と呼んでるからおれもマネしてるんだけど、さのたろさんがおれの肩を持って、ぐいぐいとすでに集まってたメンバーさんたちの前に押していった。
「おー、ほんとに来たんだ」
「そりゃ来ますよー。そいつ本気なんだから。な!」
「うん。はじめまして。田崎智也です」
おれが自己紹介すると、ピアノとバリトンサックスのおねえさん方がキャッキャッと喜んでた。
「かわいい!何年生?」
「小5です」
「ちーっちゃい!将来イケメンになる顔よ!ね、楽器は何ができるの?」
「リコーダー…です」
「はははっ!リコーダーって!音楽のクラスね」
なんか小バカにされた気分。奥でトロンボーンの準備をしているおじさんが口を挟んできた。
「そいつ、サッカー部なんだよ。足がバカ速い。習い事っつったら、前はスイミングと習字とそろばんか?やってたよな。義姉さんが言うには、来年から英語習わせるって」
「なら本当に音楽の経験ほぼ無しってことか」
リーダーの布施さん。担当はドラムで、メンバーのことをよく見ている人。だからおれのこともじっくり観察しているのかな。
「でもでも!俺たちのコンサートよく来てくれてるし、CDでもジャズをたくさん聴いてるんだって。リズムにちゃんと乗れると思うよ。ね、ペットやりなよ!俺が面倒見るからさ!」
さのたろさんは子どもの世話が好きらしい。
「まだ入れるとは決まってないぞ」
布施さんがおれに近づいてきた。
「バンドに入りたい理由は?」
「ステージに立ちたいからです」
「サンライズサウンズを選んだ理由は?」
「ジャズがかっこいいからです」
おれはまっすぐに布施さんの目を見た。入れてくれないのかな。見下ろす視線がちょっと怖いな。
「わかったよ。みんな、音出しと個人練習してくれ。その間に、智也は楽器探しだ。どれも触ったことないだろ。そうだな…。まずはドラムセットに座ってみるか」
やった!おれは小さくガッツポーズしてから、布施さんの後をついて行った。
 ドラムは大きくて、叩くところがたくさんある。両手両足をバラバラに動かさないといけないし、テンポを保たなきゃいけないから、初心者のおれには責任重大すぎる。
 ギターとベースは指が痛くなるんだね。それに、コード押さえるの難しい。もっと手が大きかったらな。
 ピアノは、鍵盤を押せば音が出るから、そこは簡単だけど、どうして一度にたくさんの音を出さなきゃいけないんだ。楽譜を読むのに時間がかかりそう。
「リズム隊ではしっくりこなかったか?じゃ、次、真人、マウスピース貸してやれ」
 今度は金管の体験。おじさんからトロンボーンのマウスピースを渡された。
「最初はマウスピースで吹かずにやってみるぞ。唇を震わせるんだ。よく見てろ」
おじさんがブーッて口だけで鳴らした。おれもマネしてみた。鳴るには鳴るけど、おじさんみたいに長く続かない。
「ま、そんな感じだな。マウスピース当てて、今と同じように吹いてみろ」
プスーッ
「難しい」
「諦めるなよ!最初に誰しもが通る難関なんだよ。管楽器ってのはな、大学入試みたいなもんだ。コツさえつかんで、音が出ればこっちのモン。楽しい音楽の時間がお前を待ってるぞ〜」
プスー、スー、プッ、プー。
「そうだ!いい感じになってきた。その口の形をよく覚えとくんだ。おぉ、そうだ。もし金管やるんだったら、お前の学校のマーチングバンド部で楽器余ってないかきいてみろよ。事情を話せば、貸してくれるかもしれねーぞ」
そう、おじさんが夢を膨らませてるところに、布施さんが個人練習を止めて、こっちに来た。
「まだ決めるのは早いって。さぁ、最後にサックスの体験だ。かっつぁん、マウスピース貸してやって。リードは2半な」
「あいよ」
ほんとのほんとを言うと、おれはバリトンサックスに憧れてるんだ。でっかくて、音が低くって。演奏してる人の姿は、みんなかっこいいんだ。でもおれの身長じゃ無理なんだろうな。そう思って、バリトンをじっと見て待ってたら、布施さんが話しかけてきた。
「できる楽器しかきいてなかったな。やりたい楽器は何なんだ?」
「…バリトンサックスです」
遠慮がちに小さく言ったんだけど、みんな聞こえてたみたい。バリトン担当のみっちゃんさんがめっちゃ反応してきた。
「えへー!バリトンやりたいんだ!持ってみる?ね!ね!」
キャッキャッはしゃぎながらみっちゃんさんは自分のストラップを俺の首にかけて、楽器にフックして、かまえてくれた。
「私、みっちゃんて呼ばれてるの。よろしくね!智也くんも私のこと、みっちゃんって呼んで!じゃ、手離すよ。重いから気を付けてね〜、ドーン!」
「うぅッ⁉︎」
「はい、持ったよ。落とさないでくれて、ありがとう」
憧れのバリトンサックス、こんなに重かったんだ。びっくりした。プロの人たちは軽々と持って、楽に吹いてそうなのに。みっちゃん…さんに楽器とストラップを返した。
「バリトンサックスはね、身長は問題じゃないよ。私なんて、こんなに背が低いけど、ちゃんと音出してるんだから。必要なのは、体力!」
「あんまり子供をいじめるなよ。ほれ、アルトのマウスピースだ。先に、このリードだけをくわえて、唾液で湿らせろ。こうだ」
かっつぁんさんがやってるのをマネして、渡されたリードをくわえてみた。木の味だ。
「できたら、マウスピースにリガチャーっていうリードをとめるリングを先にはめて、リードをさして、リガチャーをしめる。リードはマウスピースの先っぽより、すこーし下の位置でとめろ。吹きやすさでマウスピースとリードの差を決めるといい。ん、まずそんなもんでいいだろ。じゃ、次、口の形な。下唇を下の歯に乗せるかんじ」
「こうだ」と言わんばかりにサックスのみなさんが、同じ顔を見せてくれた。おれもやった。
「ひょの口の形れマウヒュヒーヒュをくわえゆ」
プーッ。かっつぁんさんの綺麗な音が出た。
「な。吹いてみろ」
スーッ。
「まぁ、そんなもんだ。練習あるのみ。運指はリコーダーと似てるから、覚えやすいかもしれないが、まず音を出さなきゃな」
スーッ、スーッ、スッ、プッ、プゥッ、プー!
「出たー!」
「キター!」
「やったー!」
サックスのみなさんがおれを囲んでハイタッチして騒いだ。それを見て布施さんが「早いな」と言って、ニッコリしたのを、たぶんおれだけが見てた。
 それからネックをつけるとサックスみたいな音がして、本体をつけると、完璧にアルトサックスの音がした。すげぇ、感動。おれ…、
「アルトサックスやりたいです!」
「お、決まりか?これ」
「決まりでしょー。あ、なにそのお二人さんの顔」
みっちゃんさんが、おじさんとさのたろさんの顔を指して笑った。その2人はがっかりな顔をしてた。
「智也ー!トロンボーンやろうぜー!」
「いや、トランペットだよー!」
「はいそこ泣くな、気持ち悪い。アルトが良いんだな。かっつぁん、今智也が使ってるのしばらく貸してやって。リードも2、3枚渡しといて。そのうち真人が楽器を買ってくれるだろうから」
「俺ですか⁉︎ちょっとお小遣いが…」
「うるせぇ、おじさん。甥っ子にプレゼントしてやれよ」
「いーやー‼︎‼︎」
おじさんは打ちひしがれた。そしたら、みっちゃんさんが嬉しいことを提案してくれた。
「私のアルトあげますよ」
「みっちゃーん!」
「良いのか?」
「はい。高校の時に使ってた。今やもうバリトン一筋で、ずいぶん吹いてなかったんで、ちょうどよかった。智也くんにあげるよ。リードは自分で用意してね」
「それなら俺がリード買っちゃうー!」
予算がグッと下がったおかげで、おじさんが元気になった。
「ありがとうございます、みっちゃんさん」
「みっちゃん!」
「…みっちゃん」
「キャー!智也くんかわいいーっ。今度持ってくるね!」
おれはみっちゃんの腕の中で苦しかった。力持ちなんだろうな。
 楽器の問題も解決し、さのたろさんがワクワクして布施さんに尋ねた。
「でで?リーダー、智也を正式に新メンバーで迎え入れますか?」
次に続く言葉に、すっとみんな耳を傾けた。
「ああ、いいだろう。ようこそ、サンライズサウンズへ。新メンバー、アルトサックス、田崎智也!」
「ぃやったー‼︎‼︎」
みんな拍手でおれを祝ってくれた。良いな、なんか、新しいでっかいことが始まったみたいだ。
 ひとしきり静かになったところで、布施さんがきいてきた。
「智也、お気に入りの曲あるか?」
「えっと、最近だと、ストライク・アップ・ザ・バンド」
「智也、お前預言者かよ」
みんなクスクス笑いながら楽譜を開いてた。
「次のコンサートの1曲目だ」
ドラムセットに着いた布施さんのカウントが始まる。ファストスイングの心地よいテンポ。
「1、2、1、2、3、4」
おれはこのかっこいい音の中に入れるんだ。練習がんばろう。絶対、うまくなる!

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