150cm未満の恋

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 一部始終を聞いたけど、よくわかんなかった。だって、デートしてたのは事実なんでしょ?仕事でもないのに、大人が男女2人きりでお茶するって、そういうことなんじゃ…。奏多兄ちゃんの根拠が聞きたい!
「店出たら、すぐ別れてたし。付き合ってはないでしょ。たぶん本当にたまたま会って、ちょっとおしゃべりしたって感じ」
「それってホントに『たまたま』かな」
「わ‼︎小夏、いつの間にいたのよ!」
「えへへ、さっきですよ、さっき」
知らないうちに、望月小夏さんがおれたちの輪に混ざってた。小夏さんはひなちゃんの保育園の先生で、最近ルーンに来るようになった若い人。
「その美人先生が、智也くんの先生の後をつけてたとか」
「みんながみんな、あんたみたいなことするわけないでしょ?」
「ちょっ、佐野先輩のことはホントにたまたますぐそこで見かけて」
「『たまたま』ね〜。あ、残念、今日は佐野くんいないって」
「見ればわかりますよ…」
佐野とは、佐野太郎さんのことで、一輝さんと雅之さんが働いてる会社の人で、おじさんのバンドでトランペットを担当してて、小夏さんの大学時代の先輩で、ルーンでひなちゃんの遊び相手をよくしてる人。今日は『たまたま』いないみたい。へへっ。自分のことは棚に置いておこうと、小夏さんは奏多兄ちゃんに話しかけた。
「美人先生は絶対その人のこと好きだって!」
グサッ!
「おい!そんなハッキリ言ってやるなよ!智也の気持ちも考えろよ!」
グサ、グサッ!おじさん…、止めてくれるな…。
「え?」
「あー、なんだ、智也は星川先生って人が好きなのか」
もー、どんどん広まる‼︎‼︎おれは何もしていないのに失恋をしたようなものだし、不可抗力でそれがどんどんみんなに知れ渡る…。
「でも安心しろって」
何にだ。何に安心しろというんだ、奏多兄ちゃん。
「確かに星川先生は橘先生のこと好きそうだけど、橘先生は全くそのことに気付いてないよ。なんなら、興味が無いぐらい。あの人って、誰にだって愛想いいし、付き合いも良い世渡り上手じゃん。しかも天然の。知らないうちにその気にさせておいて、結局何も無いっていう被害に遭ってる女性いっぱいいるんじゃない?」
「あんた、何でそんな恋愛マスターみたいなこと言えるのよ。なんか怖いんですけど」
「んでもさー、両想いじゃなくても、星川美人先生はゾッコンなわけでしょ?智也に勝機無いじゃん」
雅之さん、おれのいないとこでお話してください。勝機が無いのは初めからわかってますが、実際に言われると刺さるものがありますよ。
「それは智也の頑張り次第ですよ。勝機が無いことはない。だって、星川先生に勝機が無いから。気付いてると思うけど、橘先生は異常に智也を気に入ってる。奇妙な三角関係ができてるんだよ」
みんな視線をちょっと上にあげて、三角形を想像してみた。
「ヤバくない?」
「ヤバいでしょ」
「気に入ってるって、このベクトルのハートは犯罪だよ」
だよ。いや、なんかそんな感じはしてたけど、認識したくはないよ。…ベクトルって何?
「別に言っとくけど、橘先生は変態じゃないからね。勉強も運動もできる大人しい優等生は、どんな先生でも惹かれるでしょ。犯罪心理じゃなくて、興味の対象。ラブに見えるライク。で、そのお気に入りの生徒が恋をするという成長を見せて、あの人は大喜び。誰かに話したくてしょうがないけど、智也を知らない人に言っても共感を得られない。そこに現れた智也を知る人物。この喜びを共有したい衝動に押され、あの状況ができた。そんなとこでしょ。変態ギリギリではあるか」
「よくわかってんだな、橘先生のこと」
「担任だったのは1年だけど、部活の顧問としては3年の付き合いだからね。俺も似たような視線を送られてた経験があんの。こっちは良い気しないけど、あっちは何の悪気もないから。逆に清々しいよ」
そこまでの境地に行ける気がしない…。
「だから智也、とりあえず橘先生はまだまだ独身だな。お前のことで頭いっぱいだから」
いやだー。勘弁してほしい。でも、星川先生もフラれちゃうのかな。かわいそう。しかし、橘先生は鋭いんだけど、ゴール一歩手前で外してくるんだな。残念な人だ。

 と、いろいろ話してたら結構な時間になってて、おじさんにお母さんから「早く帰ってきなさい!」の電話がかかってきた。だからあわてて店を出たんだ。
(そうか、おれのがんばり次第…)
その晩の星はいつもよりキラキラして見えた。それだけ遅くなってたってことだけど。
(ん?キラキラか…)
ちょっとひらめいてしまったかも。

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