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森に棲む

森の遣いのボジュです。森の中には色々なドアがあります。

ドアの前に立つと、トントントン。3回ノックしてから、ガチャリとドアを開けると青年は座っていました。
白いタンスとタンスの上に並べられた燻んだ色のぬいぐるみだけがある部屋の真ん中に机が置かれていました。その机に向かって背筋をピンと伸ばし、まっすぐ前をみて青年は座っています。
空気はピクリとも動きません。

「こんにちは」
「…。」
「森は若葉に包まれて輝く季節が来ましたよ。」
「…。」
青年は、瞬きを一回しました。それ以外は、背筋をピンと伸ばしてまっすぐ前をみて座ったままです。

足元に目を落とすと、青年は怪獣の足の形をしたスリッパを履いていました。
小柄な身体に、足だけが妙に大きくて不釣り合いのスリッパでした。

青年が、この森に来たのは15年前でした。その時から怪獣スリッパを履いていました。
森に現れた時の青年は、命を吸い取られてしまったような青白い顔で
私が手を差し出すと、青年はその手にそっと触れました。
「これまで本当に頑張ってきたのね。お疲れ様。あなたはあなたを取り戻してね」

その時から青年は、この森の住人になりました。
時折、青年の暮らすドアを開けて声をかけます。
「ゆっくり休んでね。でも、ずっとここにいてはダメなのよ。あなたの身体は森の外の世界にあるのだから、いつかその身体に帰るのよ」
その言葉を聞くと、青年は瞬きを一つします。
でも、まだ帰る気持ちはなさそうです。

森から出た私は、黒い鞄を持って歩き出すと
「ピンポーン」
大きな家のチャイムを鳴らしました。
初老の夫婦が私を迎え入れてくれました。
「どうもご苦労様です。どうぞ上がって息子に会ってください」
婦人は目に涙を溜めて話します。
「奴は何を考えているかわからないんですよ。もう15年も前から同じなんですよ」
初老の紳士は、少し怒った様子で階段を見上げました。
二人に軽くお辞儀をし、靴を揃えて階段を上がります。

ドアの前に立つと、トントントン。3回ノックしてから、ガチャリとドアを開けると青年は座っていました。
白いタンスとタンスの上に並べられた燻んだ色のぬいぐるみだけがある部屋の真ん中に机が置かれていました。その机に向かって背筋をピンと伸ばし、まっすぐ前をみて青年は座っています。
空気はピクリとも動きません。

「こんにちは。」声をかけても青年は瞬き一つしません。
初老の夫婦がドアの外で息を凝らしているのがわかります。
「こんにちは。体調はどうですか?」
青年が答えないことを私は承知してるのですが、息を凝らしている老夫婦に聞こえるように青年に話しかけます。
「1ヶ月したら、また来ますね」
そう声をかけて部屋の外に出ると夫婦に会釈をし、階段をおりました。
夫婦も続いて階段を降りると、私を居間に招き入れ、婦人はコーヒーを運んできました。
「どうですか。」
紳士が聞いてきました。
「早くというお気持ちはわかります。でも、待ちましょう」
そう答えながら私は心の中で呟きました。
「彼が森から帰ってくるのを待ちましょう」

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