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石原特殊鎖製作所 11

大学に入学した僕は入ってすぐに後悔した。約100万円も払ってもらいながら通わせてもらっているにも関わらず、同じ学科の同級生たちはただその時を楽しむためにやってきているように見えたからだ。
それはもちろん人生にとって大切な時間なのだと思うし、他の人がどう過ごそうと、それに僕が何かを言うこと自体間違っていることなのだけれど、僕は勉強がしたかった。
年間約100万円に見合う知識と経験を身につけなければ、僕にとって大学に通う意味はなかった。
同級生たちがただその時を楽しもうとしているように見えたのは、今になって思えば、殆どの人たちは大学受験をして入学してきたからかも知れない。
長ければ数年に及ぶ試験勉強の期間を経て入学し、多分これからはもう大学受験をすることはない。
その解放感から、そのように楽しむことに向かわせていたのかも知れない。

僕自身は大学に進学するに当たって受験勉強はせず、ただ勉強をしたいという気持ちだけで大学に入学したので、受験勉強からの解放という気持ちは全くなかった。
受験勉強をしなくても、僕は勉強がしたかった。もしかしたら、僕は大学に過剰な期待を持っていたのかも知れない。大学に通えば、今まで知らなかった多くの知識と経験を積むことが出来る。それはある意味で正しいことなのだけれど、多くの知識と経験は大学に通わなくても出来ることは後から分かった。

入学した大学、特に同じ学科では僕のような人を見つけることが出来なかった。僕の高校からはもう1人同じ学科に進んだ同級生がいたのだけれど、彼も僕と同じように感じたのか、4月の下旬には姿を消した。彼とは話したこともなかったけれど、それは僕にとってとても大きな出来事で、4月も終わり、5月の連休に入ったとき、両親に大学を辞めたい、と言った。
このまま大学にいても意味がない。勉強だけなら大学に行かなくても出来る。それならば、大学に行かずに働いた方がましだと思った。
けれど、普段僕に対して何かを言うことのない両親が揃って、その僕の考えと判断に真っ向から反対した。辞める必要はない。もしお金の心配をしているなら気にすることはない。とにかく大学に行き、4年間通い、卒業をしなさい、と言われた。

それは僕が入った大学が両親の母校であることが一番の理由なのだと思うのだけれど、2人にそう言われてしまっては、もう僕には何も言えることはなかった。
大学に通い、卒業をする。
養われている僕にはもう選択の余地はなかった。
特に母にとっては大学での時間は40年以上経っても大切なもので、その時に過ごした時間やその時に出会った友人たちのことを大切にしていて、それを僕が大学に入る前から話していたし、実際に母がパートを始めてからは、母が大学の時に入っていたサークルのメンバーで旅行にも行っていたから、とりわけ、僕がその大学を辞めたいと言ったことはショックだったのかも知れない。

もしかしたら、母にしてみれば、大切な記憶と経験と友人関係を築いた学校で、まさか自分の子どもがそこに通っても意味がなく、そこに通い続けるのならば働いた方がましだと言ってくるとは、自分が大切にしてきたもの、大切にしているものを否定された気持ちになったのかも知れない。
母にとっては大切な時間で、大切な友人が出来た学校だったかも知れないけれど、それは母にとって、ということだけで、僕にとって必ずしも当てはまるとは限らない。
母子だとしても、それぞれに適した環境があるのは当たり前のことだと僕はおもうのだけれど、それを言葉にする力もその時の僕にはなかったし、実際に養われ、身の回りの世話を全面的に両親に依存して生活している僕には何も言うことは出来なかった。

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