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石原特殊鎖製作所 21

僕はそうして、大学で教職課程を取り、中学校と高校の教員免許を取った。基本的にはチャプレンになりたかったので、宗教科の免許だけあれば良かったのだけれど、特に取らなければいけない授業が増えるわけでもなかったので、ついでに社会科も取り、結果的には大学院にも進んだので、何故か社会科の一部の免許は専修免許になった。

僕はその後、チャプレンにはなれなかったのだけど――そもそも僕には信仰というものがないのか、あるいは足りないようだ――その時に取った教員免許があったことで、仕事を得ることが出来、少しのお金を稼ぐことが出来た。
そして、これは本当に偶然のことなのだけれど、僕が高校で習ったチャプレンとは1年間だけ一緒に働くことが出来た。
それは東日本大震災が起きた年のことで、チャプレンは色々と思うことがあったようで、司祭を辞め、関東を離れ、東北にある男子中高一貫校の校長になった。
また、これも不思議なことなのだけれど、僕が今働いているトップがそのチャプレンと知り合いで、チャプレンから僕のことを聞いたということで、採用してもらえることになった。

伯父や大学・大学院の指導教授の先生のようにありたいとは思うけれど、僕が出来ているかはまるで分からない。いや、実際にはまるで出来ていない。
誰に対しても敬意を払うこと、自分が教師として、あるいは、何かを教えるという立場で他者と接するとき、または単に年齢が上だということ、男だということによる力関係のようなものを自覚し、行動することは中々難しい。時にそれを忘れて接してしまうことがある。
これは僕が教師になったときに言われたことではなく、誰から言われたのかも忘れてしまったことなのだけれど、男は30歳を過ぎると、それだけで相手を威圧してしまう、実際に力などなくても力を持っているように相手には映ってしまう。だからこそ、どんな人に対しても敬語で話すように、と言われたことがある。

けれど、時々、それは特に若い人と接するとき、会話の中の一コマ、それを忘れて話してしまうことがある。
「ほら、あそこにいるよ。」とか。
それは、本当に相手からしたら、大したことではないのかも知れないけれど、僕は初めて会った人に対してそういう接し方をしてしまうことがある。
特に学校で働いていたときは、自分やあるいはそこにいる大人のことを「先生」と呼ばれたかったり、呼んで欲しいという人たちが沢山いて、ある同僚を生徒が探していたのでその人が目に入ったので、僕が「あのおじさんです。」と言ったら、同僚に「先生でしょ。」と言われたことがある。
その、僕が「あのおじさん」と言った同僚は教員ではなかった。確かに、生徒たちよりも先に生まれている人ではあったけれど、どうしても僕は自分のことを先生と呼ばれることも誰かのことも先生と呼ぶことにも強い抵抗感を抱いてしまう。
もちろん、同僚の教員たちは実際に教師なので先生とは呼ぶが、それを呼ばれ続けたが故なのか、自分が偉いと勘違いし、高慢な態度を取る教員たちを、僕が児童・生徒・学生だったときからも沢山見てきたし、実際に学校で働いていた時から沢山見てきた。

それは生徒たちに対してだけではなくても、僕に対してもそうだった。単に年齢が僕が若いことからそうする人もいたし、僕と同じような年齢という理由からなのか、まるで僕が友だちかのような口ぶりで話してくる同僚もいた。僕は仕事をしに行っているのであって、同僚は一緒に仕事をしているけれど、決して友だちではない。
けれど、教員の少なくない人たちが僕が単に若いから、あるいは同世代だからか、と高慢な態度を取ったり、友だちかのように話して来た。

教師になるとろくな人間にならない。

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