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僕はひどく疲れている。23

4月初日、会社で全体会議が開かれた。

そこで発表されたのは、当面の間、基本的に在宅勤務にするということだった。
もし、出勤してくるのならば、上長に許可をもらうこと、また、出勤したとしても、会社にいられる時間も9時から15時までとのことだった。
既に3月から会社に来ていない同僚も何人かいて、多くの人は出勤自体を少なくしていたので、その会議にも来ず、オンラインで出席した同僚たちもいたが、これで完全に管理職を除いては基本的にみんな在宅勤務になった。
が、その「みんな」に僕らは含まれていなかった。この会社では、多くの人たちが所属する部署があり、僕がいる部署は彼らを支える部署でもあり、異なる業務を行っている。その中には郵送物を受け取ることも含まれていたし、電話対応も含まれていた。誰かがいなければならない仕事の、その誰かは僕たちの仕事だった。だから、結局僕はそのまま毎日出勤することになり、発表後も9時から15時までの勤務など出来なかった。そもそもの勤務時間が8時から18時なのだから、突然4時間も削れるわけがない。

けれど、一番問題だったのは、突然のほぼ完全な形での在宅勤務の発表だった。
3月から既に対応していたように、緩やかに在宅勤務が可能な環境に移行させることは難しいことではなかったけれど、その日以降みんなが出勤しないということは、その日の内に僕ら以外の人たちが在宅勤務を可能な環境にしなければならなかった。
そもそも在宅が可能なPCを持っていない人たち用にPCを設定し、配り、使い方を説明した。それに対応出来るのはこの会社では僕しかいなかった。

更に僕の仕事を増やしたのは、突然使用が発表されたウェブツールへの対応だった。
混乱しているのは分かる。けれど、だからこそ、こういうときだからこそ慎重に動かなければならない。冷静になれ、と言っても彼らは聞くことはない。そんなことを言ったところで動き出してしまったら、止めることは出来ない。だから、動き出す前に止めなければならない。

これは会社だけに限らず、複数の人が動くときに、いや、僕だったら1人でもそうしていることなのだけれど、何かをしようとするときには、計画を立てる。
期間、予算、目的達成までの行程。1人だったら、それは曖昧なもので良いと思うのだけれど、複数の人間で行動するときには、それが書面やデータで残るかどうかは別として、まず発案者による企画が出され、それを他の人と共に検討する。
そこで却下されるかもしれないし、そのまま進むかも知れないし、修正しつつ進むかも知れない。
いずれにせよ、何か新しいことを複数の人間ですすめるには、そういった手順というものがある。

しかし、事業計画にもなく、企画書さえ出ていないそのウェブツールを突然使うというとはどういうことなのか。
そのツールを今使うことはあまりにもリスクが大きかった。
そして、そもそも、この会社では様々なツールと環境が整っていた。むしろ、ツールがありすぎて、誰が責任者で誰が全体を把握しているのかも分からない状態だった。僕がこの会社に入ってきたとき、様々なものに手を出しすぎていて、収拾がつかない状態なのを見かねて、上司と絞り込んでいくことを話し合い、実際に、僕はITに関わるものだけでなく、他の様々な業務の整理をしていた。

ツールを減らすのならまだしも、「便利だから」という一言で使いたい、使おうとする人たち。
僕はこの会社に来てまだ3か月経ったばかりだったが、さすがにそのツールを使うことはリスクがありすぎたので、使用をしないように求めた。
使い始めていた人たちは全く知らなかったようだけれど、米国では3月からセキュリティの脆弱性が指摘されていた。そのツールを何故、今使う必要があるのか。確かに使いやすい。しかし、既に様々なツールがある、ありすぎているこの会社に取っては、それを使用することはリスクしかない。
セキュリティ上リスクしかないことを示すために、政府機関が出している報告書を提出し、「絶対に使わないで下さい。もし、使うならば、僕は絶対に関わらないし、責任を持てません。」と上司に伝えた。
上司が理解してくれたこともあり、会社として公式には使用禁止ということになった。

しかし、実態としては、みんな使っていた。また、僕も取引先がそれを使っての打ち合わせを求めてきたので、仕方がなく使用することになった。
何故、その取引先はそのウェブツールを使うのか、こんなに大きな会社で、しかも、その分野で最大手でもある企業がその危険性を知らない訳がない。
不思議に思っていながらオンラインでの打ち合わせに参加したら、実はその大手企業はそのウェブツールの日本での代理店だった。
そりゃ、自社が扱う商品にリスクがあると分かっていても使うわけだ、とただ笑うしかなかった。

4月の全体会議のあとも混乱は続いた。
それは同僚たちがPCやウェブツールを使いこなせないこともあったが、顧客たちへの対応が基本的にオンラインに切り替わったことによる混乱だった。
同僚たちも使いこなせていない様々なウェブツールがある中で、顧客が使い方が分からないのは当然のことだった。沢山ありすぎるのだ。
毎日電話の問い合わせがあり、不具合が起きれば電話で状況を聞きながら、ウェブ上で対応した。

特に4月の中旬になると、全国的にオンライン化が一気に進んだことで、不具合が多く発生していた。
その殆どは技術的な理由でも、PCの不具合でもなく、全国一斉にそれらのツールにアクセスすることを、それを提供する側も予想していなかったから起きた出来事だった。
そんな単純なことでさえ、同僚も理解していなかったし、顧客も理解していなかった。

年度末業務も終わっていない中、また、年度始めの業務を行いながら、それらに対応することは、一口に言って、とても大変だった。
それでなくても、僕はまだこの職場に来て4か月目なのだ。
オオサワさんから説明を受けることさえ出来ずに引き継がなければならない仕事があった。

だからこそ、僕は毎日出勤していた。

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