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僕はひどく疲れている。18

「私はもう決めてますよ。」と締めの一品として彼女が指さしたのは、卵かけご飯だった。

卵かけご飯。確かに美味しそうだったけれど、僕はもうそんなに食べられるような気がしなかった。けれど、その隣に書かれていたオムライスが目に入り、僕はオムライスに決めた。
店員さんに僕はビールとオムライス、彼女は卵かけご飯とワインを頼み、それらが出て来るまで、僕らはまた話を続けた。
話の内容は仕事の話から、家族、あるいは恋愛についての話に変わっていった。
彼女にはパートナーがいなかった。僕もいないのだけれど、僕は疲れすぎていてそういう気持ちに全くなれなかったので、彼女が求めるパートナー像や実際に婚活で知り合った人の話を僕は聞いていた。

「私の仕事の話をすると、みんな引いて行っちゃうんです。」
「どういうこと?」
「どんな仕事をしているのかとか、そういう話をするだけで、引かれちゃうんです。」
「えっ?ごめん、よく分からないんだけど。」
「なんか、私が会う男の人はパートナーにそもそも仕事をして欲しいとか思ってないみたいで。」
「家にいろってこと?」
「そこまでは言いませんけど、なんだかそういうのを感じますし、家のことは女性がやって当然だし、そもそも仕事の話をするだけで引かれるんです。」
「女性に仕事は求めていないってこと?」
「はい。そういうことです。」
「今の話だよね?それ。」
「別に私、年収とか言ってませんよ?私多分この人よりは稼いでるんだろうな、とか思うことはありますけど。そんな話したら余計引かれちゃうし。」

彼女が話している内容はとても僕が生きている同じ世界の出来事とは思えなかった。
女性が自分のしている仕事の話をするだけで避ける男、パートナーの女性が自分よりも稼いでいると知って逃げていく男。

「でも、そんなの気にする奴はそもそもパートナーになれるわけないじゃん。」
「そうなんですけど、そういう人ばかりなんですよ。」
「マジか。」
「みんながみんなまこさんみたいな考えじゃないんです。というか、まこさんみたいな人なんて殆どいませんよ。」
彼女は語気を強めてそう言い、僕はただ「そうなの?」としか言えなかった。

パートナーが仕事をしていて引いてしまう男、パートナーとして仕事はあまりしなくてよいから、とにかく自分よりも収入が低い人を求める男。
彼女の話している内容というか、彼女が会っている男たちは本当に僕と同じ世界で生きているのだろうか。にわかに信じられないことだった。
パートナーが自分の仕事に誇りを持って働いている。そしてそれがお金という物差しで計られ対価を得ている。何が問題なのだろうか。

結局ここでも、自分というものを他人との比較に価値を見出している人たち、嫉妬する人たちが多くいることを知る。
自分は男である。なので、パートナーである女性は仕事をしていても「かまわない」が、あくまでもメインで仕事をするのは「男」である自分であって、パートナーである「女性」には求めていない。
自分よりも稼いでいる「女性」がパートナーになることは、自分の価値を低く感じてしまうことだから、パートナーには自分よりも低い年収であって欲しいという男たち。
「仕事」に誇りややりがいを感じてもらうと困る男たち。

頭がクラクラした。
「いや、それ今のというか、最近の話だよね?」と僕はもう一度言った。
彼女にそう聞いたところで全く意味がないことは分かってはいたが、僕は彼女を通してその向こうにいる男たちに問いかけた。
何故、パートナーである女性に家のこと、つまり家事をすることを当然のように求めるのか。何故、パートナーが誇りを持って働いてはいけないのか。何故、その仕事で多くの収入を得てはいけないのか。
余裕がある方が家事をすれば良いし、パートナーに安定した収入があれば、自分が何か困った状況に陥ったときにも支え合っていける。
むしろ、パートナーがそういう人であるならば、あと数十年このただ生きるということだけでしんどい思いをし、名ばかりの生きる権利が与えられている社会で生きていくことを考えたとき、とても良いことなのではないか。
さらには、いつ自分の仕事がなくなるのか分からない、病気や事故など何らかの理由で働けなくなったとき、相手に仕事があり、安定した収入があることは、生きていくときに頼もしいことなのではないか。

僕には全く理解できない、けれど同じ社会で生きているという、その男たちの様子を彼女は話していた。

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